第9話

 翌日、僕は相沢さんに連れられ、秀介さんは弥生さんと共に相沢さんの研究所に来た。

 僕は抗ガン剤の副作用で怠さを感じていたが、相沢さんの手を借りて装置に横たわった。秀介さんも横になると、高村さんが扉を閉めて装置を稼働させる。

 初めて装置を使用した時と同じように、暖かくなり、次第に僕は怠さがなくなっていった。装置が止まると、高村さんが扉を開けた。僕は普通に身体を動かせた。怠さも痛みもなく、爪もピンク色に戻っていた。

 一方、秀介さんは辛そうだった。相沢さんと弥生さんの手を借りて起き上がっている。

「先輩、病院へお連れします。早瀬君は身体の具合、大丈夫かい?」

「はい。問題ないです」

 僕達は再び病院へ戻り、秀介さんは検査を受けることとなった。


 一週間後、僕は再検査で異常なしとなり、退院日が二日後に決まった。父さんは驚き、祖母ちゃんと兄貴は喜び、母は安心したのか泣いていた。秀介さんは胃ガンが見つかり、再度入院。今後、手術日を検討することになったようだ。

 僕が本を読んでいると、兄貴が見舞いに来た。

「晶には本当に驚かされるな。胃ガンかと思ったら今度は異常なしって! まぁ、手術する必要がなくなって良かったけどさ。抗ガン剤が効いていたんだな」

「そうだと思う」

「とりあえずホッとしたよ。これから自分のやりたいこと、探せるな」

「うん」

 まだ具体的ではないけど、僕はアルバイトをしながら資格を取ろうかと考えている。それが次に進むための第一歩となるように。


 私は先輩の病室を訪れていた。

「やっぱり、しんどいね。今まで元気でいられた分、身体が重く感じる。でも、家族と過ごせる時間が持てて良かった」

 先輩は天井を見ながら呟いた。それから私を見た。

「ちゃんと治して、早瀬君にお礼をしないとな」

「そうですね」

 話していると、病室の扉が開いた。奥さんと夕実ちゃんだった。

「こんにちは」

 夕実ちゃんは奥さんの脚にぴったりくっつきながら、じっと私を見て挨拶をした。

「こんにちは。今日は夕実ちゃんもパパに会いに来たんだね」

 夕実ちゃんは頷き、先輩のもとに駆け寄った。奥さんは私に尋ねてきた。

「いつも主人のお見舞い、ありがとうございます。早瀬さんはどうですか?」

「元気でしたよ。退院日も決まったそうです。今日もこの後、様子を見に行こうと思っています」

「そうですか。私も落ち着いたら伺います」

「俺も早瀬君に会いたいな。今度は入学式の写真を見せないと」

 夕実ちゃんの頭を撫でながら先輩が笑う姿を見て、私は安堵した。病気を交換する前よりも先輩が明るくなったような気がするのは、私のエゴだろうか。


 相沢さんが僕の病室を来た。

「先輩もまた手術までの間、抗ガン剤を使うようだ。さっき、様子を見に行ったんだけど、やっぱりしんどいみたいで。それでも前を向いているのは感じたから、少し安心した。先輩も奥さんも君に感謝していたよ」

「僕も感謝しています。僕自身も前を向くきっかけになりました。退院したら、お見舞いに行きます」

「先輩も君に会いたがっている。今度は入学式の写真を見せたいそうだ」

 相沢さんは笑顔を引っ込め、真剣な表情で言った。

「先輩にも伝えたんだけど、あの装置は壊すことにしたよ」

「えっ!?」

「あれをまた誰かに使ってしまったら、その人も先輩が一度思ったように、もう戻りたくないと感じてしまうだろう。そして元々、関係のない人が他人の病気を背負うことになってしまうから」

「……そうですね」

 自分のことは、自分が向き合っていくしかない。病気にしても、自分の将来にしても。自分の進む道が見えたら、報告しに行こう。

 窓の外を見ると、一羽のツバメが羽ばたいて飛んでいくのが見えた。



ー終ー

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胡蝶の夢 望月 栞 @harry731

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