第24話 教えて!ギャル妹ちゃん
ベッドに押し倒され、ラブホの天井を見上げる俺。
その視界はすぐに、金髪ギャルな
両手首を小さな手で掴まれ拘束されたまま、近付いてくる顔から逃れるようにして、必死に顔を
そうでもしなければ――彼女の瞳に吸い込まれる。そんな錯覚を抱くほどの、キラキラ輝く瞳や美貌だった。
しかしそうした俺の態度が、コーコにとっては不満なようだ。
「ちょっと兄貴。目ぇ逸らさないでよ」
「いや、無理だろ……!」
読者モデルとしてもやっていけそうな、小さく整った顔が至近距離にあって、直視なんてできるはずない。
顔を赤くしつつ、心臓がはち切れそうだが、どうにか呼吸を整え、6秒を数えることだけに集中する。
力任せに押し退けることも、可能ではある。
しかし冷静になろうと意識を集中しすぎて、俺の身体は全く言うこと聞いてくれなかった。ガチガチに固まり、金縛りにでも遭ったかのような状態だ。
「どんだけ緊張してんの? 大丈夫大丈夫。すぐ終わるからさ~」
そしてコーコは俺の上半身の服を脱がそうとし、上着の中へと白い手を侵入させてきた。
「ちょちょちょ! ままま待って! タイム!!」
すると、コーコの手がピタリと止まった。……よし、この隙に説得して――!
――そう思った矢先。
小さな手は侵攻を再開し、俺の脇腹を激しく
「こちょこちょこちょぉ~」
「んなぁぁあああッッ!!」
「あはははははっ! すっごい声~! 兄貴マジで面白すぎっしょー」
バスタオル一枚の格好で馬乗りになったまま、目に涙まで浮かべながら爆笑している。
俺の方は顔だけでなく耳まで真っ赤になり、羞恥の涙を流したいくらいだ。
クソぉ……! どうして、こんな辱めを受けないといけないんだッ……!!
日曜日にギャル&オタクな妹と
「兄貴、昔っから脇腹が弱かったよね~。小学生の頃ふざけてくすぐりまくったらさぁ、本気でキレるんだもん」
「脇腹が強い人間なんて、そっちの方が少数だろ……!」
家族しか知らないはずの、昔のエピソードをサラリと披露するコーコ。
だが今の俺は「
とにかく、今はこの状況から抜け出さないと。
そう思っているのに――小悪魔的な笑みを浮かべるコーコに見下ろされると、どうしても俺は動けなくなってしまう。そんな、魔性を秘めた表情や瞳だった。
「ハイハイ、じゃあ冗談はここら辺で終わりにしといて……。そろそろ、良い?」
何が良いんだ。そう問いかける必要もなく、彼女の
妖艶で、危険な香りがして、それでも男であれば、手を伸ばさずにはいられない――そんな魅惑の雰囲気が、コーコからは漂っていた。
「心配しないで兄貴。絶対、良い思い出にしてアゲルからさ……」
そして俺が動けない理由は、もう一つ。
コーコの身長や体格が、六花とほぼ同じという
先程までベッドの隣に座って、俺と会話していた六花。
そんな彼女が、まるで突然に金髪陽キャギャルへと変身したかのように錯覚してしまい――黒髪なオタク少女が夏休み明けに金髪に染めてギャルデビューして、でも自分への好感度は相変わらず高い、みたいな――そんなありがちなオタク向け作品を思い出してしまい、心臓の鼓動はどんどん加速していた。
順番が逆だったら、きっとそんなことは思わなかっただろう。
だけど、リッカがシャワーを浴びに行った後にコーコに押し倒されると――まるで、コーコとリッカの二人分の魅力が押し寄せてきているかのようだった。
抗うなんて、できるはずない。
「オタクがどうこうとか、アタシは差別しないしさー。それに漫画は普通に好きだし。……どう? アタシ、結構な優良物件だと思うけど?」
自分で自分のことを優良物件と称するだなんて、凄い自信だ。
しかしナルシズムや己惚れなどではなく、そう言い切れるほどに、コーコという少女は誰が見ても魅力的に映るであろう容姿だった。
外見だけでなく優しさや、コミュニケーション能力や、オタク趣味に理解を示してくれる部分も。非の打ちどころが見当たらない。
そんな美少女が俺へと覆い被さり、顔を近づけ、スンスンと鼻を鳴らして、俺の首筋の匂いを嗅いでくるのだから。兄どうこう関係なく、とてもじゃないが冷静ではいられなくなる。
「ちょぉおおっ、待っ、臭いだろ……! 俺まだシャワー浴びてないし……!」
今日一日でアチコチ歩き回って、謎の老人が迫ってくるハプニングもあり、かなり汗をかいたはずだ。
だがコーコは気にすることなく、小さな鼻を限界まで首筋に接近させ、まるで飼い主が大好きな子犬のように、
「ん~? そんなことないけど? むしろ良い匂い。……知ってた? 遺伝子レベルで相性が良い相手だと、体臭も好きになるんだってよ?」
「なッ……」
そして至近距離で見つめてくる。
汗をかいた、シャワーを浴びてもいない身体を『良い匂い』だなんて断言し、遺伝子というワードまで出してくると――俺の心は、いよいよ掻き乱されてしまう。
「へ、変なこと言うなよ……!」
「変なのは兄貴でしょ~? 女の子がここまでノリ気なのに、まさか断るつもりー?」
「だ、だって、一応は、兄妹ってことなんだろ……!?」
未だ確証は得られていないが、もしコーコが本物の陽菜だった場合、大変なことになる。
家族で、兄妹同士で、そんな――。
「じゃあ……。……妹じゃなかったら、OKしてくれるの?」
「えっ……」
不意に。それまで、からかうような表情だったコーコが、真剣な声色と目つきになった。
真面目な表情で問いかけてくる言葉に、俺は彼女の『本気』を感じた。
「妹が相手だとマズイって、兄貴がブレーキをかけているなら……。そうじゃないって言ったら、どうする感じ?」
「そ、それは……」
どういう意味だ。どうして今、こんなタイミングでそんなことを言うんだ。
陽菜なのか? それとも――やはり、俺の妹ではないのか?
だとしたら、何の目的があって『陽菜だ』なんて今まで語っていたんだ?
いい加減、状況に振り回されている場合じゃないのかもしれない。
俺と陽菜の昔のエピソードを知らなかったり、陽菜が絶対にしない言動をしたりして――そんな感じで、一緒に暮らしているうちにボロを出し、陽菜本人を見つけられると思っていた。
だがここで、核心に迫ることができるのなら――。
「コーコ……。一体、どういうことなんだ? 10人のうち、『陽菜』は誰なんだ? コーコは赤の他人なのか? ……もう、教えてくれよ……!」
「んー……。……アタシ個人としては、別に言っても良いんだけどさぁ~……」
そしてコーコが逡巡してから、口を開き――。
「……アタシ達は――」
その瞬間。ポケットに入れていたスマホが、鳴り響いた。
ピタリと止まる、俺とコーコ。
コーコは目線だけで「出て良いよ」と伝え、俺はベッドの上で仰向けになりながら、スマホを取り出して耳に当てた。
「……も、もしもし」
『ピンポンパンポーン』
通話をかけてきたのは
チャイムみたいなメロディを口ずさんできたが、その声には微かな『怒り』が滲んでいた。明らかに、ご機嫌斜めな声色だ。
『本日の夕飯は、コーコちゃんの大好きなカツ丼でーす。でもこんな時間まで、ドコでナニをしているのかな~? これ以上帰るのが遅くなるなら、三人の分は残さずに私と
要するに――「さっさと帰ってこいや」というメッセージだった。
もしかしたら、俺達がラブホにいることも位置情報とかでバレているのか?
「ちょっと、それはナシでしょイツキ! マジ鬼じゃん! エグイって! ……ちょっ、
そして通話から漏れ出る声を聞いたコーコは、瞬時に俺の上から退いて着替え始めた。
呆気にとられる俺を見向きもせず、バスタオル一枚の状態から、この部屋へ入ってきた時と同じ格好へ早戻りした。
「お、お兄ちゃん……。つ、次、良いよ……」
そのタイミングで、シャワーを浴び終えたリッカが戻ってくる。
しっとり濡れた長い髪に、眼鏡をかけてもおらず、完全にただの清楚な黒髪美少女だった。
「帰るよリッカ!」
「
しかしコーコから突然の帰宅宣言をされ、『決意』を秘めた表情は驚愕に染まる。
説明を求めて俺へと視線を向けてくるが、コッチだってビックリしている。
「……疲れた」
貞操の危機を迎え、『真相』に迫りかけ、それでも間一髪で、イツキからの呼び出しによって全てが崩れ去った。
そんな俺は、帰り支度をする気力も湧かず――「何してんの兄貴! 早くしないと夕飯なくなっちゃう!」と急かすコーコの声と、「何がどうなっているでありますか……!? 拙者のドキドキと決心を返してほしいでござる!」と抗議するリッカの声を、天井を見つめつつボンヤリ聞き流すばかりだった。
***
そうして何事もなく、コーコとリッカと共に帰宅し。無事に残されていたカツ丼にありつけた。
コーコはとても幸せそうな表情を浮かべ、リッカも「ゥオォン、人間火力発電所になりますなぁ」と普段のオタク全開な調子に戻っていた。
俺の分のカツ丼をテーブルへと置いてくれる際、イツキが顔を近付けスンスンと鼻を動かし匂いを嗅いでから「……うん」と何かチェックしていたのは、凄く怖かったけど。
……もしイツキと恋人になったり結婚したら、浮気は絶対にできそうにないな。
「――……ん……?」
三人での夕飯を終えて風呂にも入り、後は就寝するだけとなった。
だが私室に戻ると、俺のベッドの布団はこんもり膨らんでいた。
「………………」
ここまで来ると、もはやドキドキよりも作業感の方が勝ってくる。
布団をガバリとめくってみると、そこでは金髪縦ロールヘアーのセブンスが、フリルの付いたドレスのような白い寝間着姿で、ベッドに入っていた。
「しゅぴー……。んむぅう~……」
たぶん「サプライズ成功ですわ~!」とか言って、俺と同衾するつもりだったのだろう。
だが俺の帰宅や風呂上がりをベッドの中で待っている間に、普通に寝てしまった。そんなところか。策士、策に溺れるってやつだ。策士だとは1ミリも思わないけど。
アホそ……幸せそうな寝顔は陽菜そっくりだが、俺の妹は自分をアメリカ人と言い張ったりはしない。
「やれやれ……」
布団を剥がされて寒そうにしているセブンスに、再び布団をかけてやって。
どうにか空いているスペースに身体を滑り込ませ、俺も就寝することにした。
それにしても……どうして、10人の『陽菜』達は俺と一緒に寝ようとするのか。そして『その先』を求めてくるのか。
俺のことが好きだから? だとしても――どこか『義務感』みたいなものも、僅かに感じる。
何がどうなっているのか、一切分からないけど――雛森先生からの宿題すら後回しにしている俺は、日曜日デートで疲れ切った俺の身体は、真実よりも目先の睡眠を強く求めていた。
そうして睡魔に抗うこともせず、セブンスの体温を感じつつ、カーテンの隙間から差し込む淡い月明りを感じつつ、ゆっくりと瞼を閉じた。
見知らぬ10人の妹達が、俺の正妻ポジションを狙っている。 及川シノン@書籍発売中 @oikawachinon
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