65話 ユージンは、大魔獣と相対する


 カーン……カーン……カーン……カーン……


 帝都中に物々しい鐘の音が響き渡る。

 道行く人々は皆大きな荷物を背負って、帝都の南側へと移動している。


 数日前に皇帝陛下が直々にお達しを出した、『大魔獣の再封印に関する軍事』のためである。


 帝都の民や諸外国に対しては、あくまで訓練日として通達されている。

 避難場所は、帝都の中に数多くある避難用の公園兼広場。


 そこでは豪勢な炊き出しが振る舞われるということで、民に取ってはピクニックのようなものだ。

 皆の表情は明るい。


 そして、彼らとは反対方向。

 北門に向かう馬車に乗っているのは、俺とスミレとサラだ。

 

 今回の作戦の要『囮役』の俺に対しては、家まで帝国軍の馬車が迎えに来てくれた。

 防音魔法に加え、浮遊魔法で揺れない馬車の中は静かだ。

 いつもならスミレとサラが騒がしいのだけど、今日に限っては借りてきた猫のように大人しい。


「…………」

「…………」

 二人とも赤い顔をして俯いたり、窓の外を見たりと俺と目を合わせてくれない。

 もっとも俺も昨晩の……ことを思い出すと落ち着かない気持ちになる。


 が、無言に耐えかねて俺は二人に話しかけてみた。


「なぁ、スミレ」

「わ、わー! いい天気! だね!」

 あからさまに目と話題を逸らされた。

 ちなみに空は曇っている。


「あのさ、サラ」

「た、大変! 聖女様への報告書を書かなきゃ!」

 サラが突然思い出したかのように、紙とペンを取り出した。

 が、筆はまったく進んでいない。


 二人の顔はますます赤くなる。

 ……これは雑談は無理そうだ。


 なぜ、こんなに二人が動揺しているかというと昨日サラが使った『魅了のお香』とやらのせいだ。

 俺に仕掛けるはずが、仕掛け人のスミレとサラにかかってしまったらしい。


 おかげでスミレとサラは普段からは想像がつかないほど…………積極的だった。

 ふたりとも初めてだったはずなのに。

 俺は結界魔法のおかげで影響がなかった。


 朝起きて我に返った二人は、俺と顔を合わせられないというわけだ。

 二人が冷静になるまでしばらく待つかしか無いか、と思っていると。




(ゆうべはお楽しみだったわね)




 冷めた声が脳内に響く。

 もちろん魔王エリーだ。


(そ、そういうのってわかるんだっけ?)

(そうよー。『躰の契約』を結んだ場合、わかっちゃうの。あーあ、ユージンが私以外の女とも『躰の契約』結んじゃったー。あーあ)

(…………)

 エリーとは恋人同士というわけではない……はずだが。

 どうも後ろめたい気持ちは拭いきれない。


(そ、そういえば契約って複数人と結んでもいいんだっけ……?)

 話題を逸らすために念話で尋ねる。

 微妙に逸らせてない気もするが。


(南の大陸だと『躰の契約』は複数と締結可能ね。運命の女神イリア様がその辺に寛容だから)

(ん? てことは、他の女神様だと違うのか?)


(西の大陸じゃ、『躰の契約』は一人までって教えになってるわ。実際、二人目には効果がほぼ無いみたいだし。西の大陸を担当している運命の女神が若くて頭の固い女神だから。ユージンは南の大陸でヨカッタワネー)

(そ、そうか)

 エリーの声がどこまでも冷たい。

 こっちも会話し辛いなぁ。


 はやく到着してくれー、と願っていると。


「ユージン殿! サラ殿! スミレ殿! 大魔獣ハーゲンティの縄張りに到着いたました! ここからは徒歩となります」

 馬車の護衛に呼ばれる。

 俺たちは馬車を降りて、目的地へと向かった。


 俺たちは、黒騎士たちに護衛されながらだだっ広いクリュセ平原を進む。


 風は生ぬるい。

 天気が曇っているから……だけが理由ではなさそうだ。


 空中の魔力マナが淀んでいる。 

 おそらく瘴気が混ざっているのだろう。


 息苦しい。

 ちらっとスミレとサラを振り返る。


「大丈夫? スミレちゃん」

「……う、うん。まだ平気」

「ほら、私と手をつないで。運命の女神様の加護で、瘴気を防げるから」

「ありがとう、サラちゃん」

 瘴気に慣れていないスミレの体調が心配だが、サラが面倒を見ているので俺は出しゃばらないことにした。


 しばらく進むと、遠くに見えていた大魔獣の影が徐々にはっきりとしてくる。

 昔から見慣れた光景……のはずが、今日は明らかに違っていた。


「ね、ねぇ……ユージンくん」

「あれが……大魔獣。聞いてた話と随分違うわ……」

 スミレとサラの声が震えている。


「大魔獣が……な」

 幼い頃から何度か見たことがある黒い山。

 

 しかし、今はその山が獣の形をしていた。


 その獣は、どんな魔物にも似ていないが……、強いて言えば『巨大な猪』だろうか。


 足の数は、正面からではよくわからない。

 巨体から無数の棘のような突起物が出ている。


 そして、何よりも異様なのは見開かれた巨大な三つの眼だ。

 大魔獣が眼を開いているのを、俺は初めて見た。


(あれと……本当に戦うのか……?)

 そう思うと、否応なしに緊張感が増す。 


 しばらく歩いたところに、簡易な拠点が作られてあった。


 簡易と言っても、幾重もの壁と結界で守られた強固な拠点だ。

 おそらくここが最前線なのだろう。 


 巨大な天幕が張られており、中には大勢の人々が待機している。

 

 エカテリーナ宰相閣下。

 帝国軍のトップである元帥閣下。

 帝の剣――うちの親父の姿も見える。


 剣の勇者エドワード様を始めとする、帝国最高戦力の天騎士や黄金騎士団長たちも揃っている。

 もちろん幼馴染アイリの姿もあった。


 アイリがこちらを心配そうに見つめている。

 俺は「心配ないよ」という代わりに、アイリに笑顔を向けた。

 アイリから「はぁ……」と呆れた顔を返される。


(それにしても……軍の関係者だけでなく、貴族のお歴々まで揃っているな)

 何でだろうと疑問に思ったが、拠点の最奥にいる人物を見てすぐに合点がいった。

 身分の高い人々の中でもひときわに目立つ人物は。



「こ、皇帝陛下……?」

 まさかの御方がそこにいた。

 なぜ、これから大魔獣との戦闘の場になるこんな危険な場所へ?

 

 俺の表情から察したのか、皇帝陛下が口を開いた。

 俺は慌てて跪く。


「よくきたな、ユージン」

「はっ!」

 俺は短く答えた。


「…………」

「…………?」

 皇帝陛下が俺をじっと見ている。 

 こちらから何かを言うわけにもいかず、俺はしばらく待ち。


「すまぬな」

「え?」

 一体、何を謝られたのか。

 俺が眼を白黒させていると。


「アレを持て」

 皇帝陛下が命じると、なにやら大仰な木箱に入った重そうなものが運ばれてきた。

 黒鉄騎士が五人がかりで運んでいる。


 見ると、その中に見覚えのある第三席の同期の顔があった。

 マッシオは、何か言いたげだったが何も言わなかった。

 

 ドスン! と大きな音を立てて木箱が眼の前に置かれた。


「ユージン、それを開いてみよ」

「は、はい」

 わけが分からぬまま俺はその黒い木箱を開く。

 そこに入っていたのは……。


「これは……刀、ですか?」

 鮮やかな黄橙色の波紋を持つ刀だった。

 五人がかりで持っていたとは思えない普通の大きさの刀だ。


「ユージン殿。その刀を手に取っていただけますか?」

 ニッコリと微笑むのは、エカテリーナ宰相閣下だ。

 

「えっと……」

「ほら、早くしろユージン。とりあえず、ものは試しだ」

 戸惑う俺を親父が急かす。

 よくわからぬまま、俺はその刀を手に取った。


 柄を握ると、指に吸い付くように馴染む。

 ゆっくりと刀を持ち上げた。


 重くも軽くない。

 ちょうどよい重みだ。


 ……おぉ


 なぜか、周りがざわめいている。


「ユウ……凄い」

 幼馴染みの声が、僅かに耳に届いた。

 なんで、刀を持ち上げただけでそんなに驚くんだ?


「そのはな。帝国で手にすることができたのが、剣の勇者と帝の剣だけだ」

「……剣の勇者様と親父だけ?」

「他の者では、重すぎて持ち上げることすらできなかった」

 皇帝陛下の言葉に首をかしげる。

 それに神刀ってなんだ?


「ユージン殿。その刀の素材は神鉄オリハルコン。芯にの牙を使っております。素晴らしい神器なのですが、扱えるのが帝国内で二人しかいない状態でして……。天騎士や聖剣の使い手ですら持てなかったのです」

 宰相閣下が悲しそうにつぶやいた。

 つまりは幼馴染やベルトルド将軍も、扱えなかった刀ということか。


 この刀の素材が、冥府の番犬の牙……。

 俺がまじまじと見つめていると。




 ――あの時の少年か! 待ちわびたぞ!!



 

 という神々しい声が突如聞こえた。

 びっくりして、周りを見回す。


 が、誰も気付いてない。

 俺だけに聞こえた声のようだ。


 次の瞬間、俺の持っている刀が一瞬だけ七色に輝きを放った。

 まばゆい光がその場を照らす。


 …………おぉ!!!


 とざわめきが、最高潮になる。

 

「ふむ、俺の時でもああはならなかったな」

「あれは刀がユージンを認めたということか」

「それはそうでしょう。神獣様の試練に打ち勝ったのが、ユージン殿なのですから」

 剣の勇者様と親父、そして宰相閣下の会話が聞こえてきた。


「その刀をユージンに授けよう」

「自分に……ですか?」

 皇帝陛下の声に、俺は聞き返す。


「皇帝陛下からのはなむけです。大魔獣との戦いに役立ててくださいね」

 宰相閣下からの言葉で、俺は改めて神鉄と神獣の牙でできているという黄橙色の刀を眺める。


「ありがとうございます、皇帝陛下! ではこちらの刀をし必ずや大魔獣を……」

「間違っているぞ、ユージン。授けると言っただろう。神刀それはお前のものだ」

「え?」

 いや、しかし。

 こんな貴重なものを本当にもらってしまっていいのか。


。死ねば、没収だ。必ず生きてもどれ」 

 そう言って皇帝陛下は言葉を打ち切った。


 その言葉で悟った。 

 陛下より激励を賜ったのだと。


「必ずや、生きて戻ります」

 俺は力強く返事をした。



「さて、ではここから作戦の全容を確認いたしましょう」



 透き通った声が、拠点内に響く。


 カツン、カツンと歩く音すら心地よい音楽のようだ。

 天上から舞い降りた天女様とすら噂される聖国カルディアの若い聖女。




 ――『運命の巫女』オリアンヌ・イリア・カルディア様




 てっきり帝国軍の参謀部が仕切るものだと思っていたが、運命の巫女様から作戦の説明があるようだ。

 皇帝陛下は気にしてないようで黙って聞いている。



「これから三時間後、封印が壊れ大魔獣が解き放たれます」

 運命の巫女様の言葉に、場が静まる。



「そのため、数日前より古い封印を取り囲むように結界魔法を展開できるよう準備している。そうですね、皇帝陛下?」

「ええ、その通りです。オリアンヌ様」

 返事をしたのはエカテリーナ宰相閣下だった。


「そして、その結界魔法だけでは大魔獣を封じることはできない。そのために『囮役』が必要です」

 オリアンヌ様が、まっくすぐこちらを見つめた。


 人間離れした美貌と澄んだ瞳に見つめられ俺は気圧されたが、小さく息を吸い声を上げた。


「自分がその囮役です」

「はい。よろしくお願いしますね、ユージン・サンタフィールド様。昨晩は我が国の聖女候補であるサラとより関係となられたようで喜ばしい限りです」

「…………!」

 後ろにいたサラがびくりと震えるのがわかった。

 この人はどこまで把握をしているのだろう?


(なーんか、胡散臭いわね。この女)

 魔王の声が聞こえた。

 そんなこと言うのはやめなさい。


「ただしユージン様だけでは囮役としては不足しています。大量の魔力を炎の神人族であるスミレ様から。大魔獣が嫌っている聖神族の魔力をサラから受け取る必要があります。お二人とも準備はよろしいですか?」

「はい、オリアンヌ様!」

「大丈夫ですー、聖女様!」

 後ろのサラとスミレが緊張気味に返事をする。


 運命の巫女様は、にっこりと慈愛に満ちた表情で微笑んだ。


「よい返事ですね。では、二人から魔力を受け取ったユージン様がやるべきことは二つ。可能な限り、大魔獣ハーゲンティの注意を引いてください。と言っても、炎の神人族スミレ様と聖女候補サラの魔力を受け取ったユージン様は『必ず』大魔獣から狙われるでしょう。とにかく、死なないように立ち回ってください」

「……わかりました」

 

 先ほど見た、巨大な山の如き巨獣。

 あれから俺は生き延びねばならない。


「そしてもう一つ。これは『できれば』ですが……、大魔獣の三つの眼のうち、額にある第三の眼。あれこそが大魔獣ハーゲンティの心臓部ともいえる『コア』です。別名で『賢者の石』とも呼ばれているものです。コアを砕くことで、大魔獣を一時的に滅ぼすことができます。もっともこれは、大魔獣に近接しなければならず、非常に危険をともないます。あくまで余力があれば、挑戦してください」


「…………はい」

 俺は静かに頷いた。

 

 大魔獣の第三の眼を砕くことができれば、帝国の民が大魔獣に怯えることがなくなる。

 が、果たしてそれができるだろうか。

 今の時点では、何も断言できない。


「ユージン様。何か質問はありますか?」

 運命の巫女様のまっすぐな視線を俺は受け止めた。


 単純な作戦だ。

 疑問はない。

 つまり、これは覚悟を問われているわけで。


「問題ありません」

 俺は端的に答えた。


「良い目ですね。……ふふ、まるで千年前に世界を救った救世主様のようです」

「そんな……恐れ多い」

 かつて全世界を恐怖で支配したという伝説の大魔王を倒した大勇者様と比べられるとは。


(は? あんなのより、ユージンのほうがずっといい男なんですけど?)

 脳内に魔王エリーの不機嫌な声が響く。


(エリーは大勇者アベル様と戦ったのか?)

 そういえば千年前はエリーが現役の魔王なんだった。

 しかし、エリーは千年前の話をあまりしたがらない。


(…………秘密よ)

 やはりはぐらかされた。


「では、作戦を開始しましょう」

 運命の巫女オリアンヌ様が、ポンと手を叩いて仰った。


 俺が魔王エリーと無駄話をしている間にも状況は進んでいく。



「ユージンくん。こっちに来て」

「わかった」

 スミレが俺の真正面で向き合った。

 まずは炎の神人族スミレから大量の魔力を借り受けないといけない。


 俺が彼女の手を握ろうとするその前に、スミレが俺に抱きついた。

 そして、唇を塞がれる。


(熱っ!)

 火傷するかのような魔力が俺の身体を満たす。


 最終迷宮の探索で何度も行っていた魔力連結。

 しかし今までのそれとはまったく異なっていた。


「契約による魔力連結の強化。そして、染まりやすい純粋な白魔力のみを持つユージンくん。ふふふ、なるほどこうなるのですね」

 楽しげに言葉を発するのは、運命の巫女様だ。


 長い魔力連結キスが終わった。


「はぁ……♡」

 スミレが艶っぽいため息を吐いた。

 身体中に燃え上がるような魔力が満ちている。


「お、おい。ユージン、その髪色」

 親父の声で気づく。


 髪色が赤く変色していた。

 以前も一度、大量の魔力を受け取った時に起きた現象だ。

 

 つまり、魔力連結は成功した。


「ユージンくん……気をつけて。絶対無事に帰ってきてね」

 スミレは周りのことなど一切気にならないかのように、瞳を潤ませて俺を見上げる。


「ああ、ありがとう。スミレ」

 余計なことをごちゃごちゃ考えている俺より、ずっとわかりやすい。

 俺は改めてスミレを抱きしめようとして。


「こら。二人の世界に入りすぎよ」

 こん、と頭を軽く小突かれる。

 半眼で俺たちを睨むのはサラだ。


「ほら、次は私の番よ、どいてスミレちゃん」

「はいはい」

 スミレはさっと俺から離れ、代わりにサラが俺の正面に立った。


 スミレと比べると、サラは周りの目が気になるようだ。

 そういう意味では俺と似ているのかもしれない。


「えっと、サラ」

 俺が彼女の手を握ろうとすると、ギロリと睨まれた。


「まさかスミレちゃんとキスしておいて、私とはできないなんて言わないでしょうね」

「わ、わかってるよ」

 有無を言わさない迫力だった。

 

「はい」

 サラが目を閉じて、上を向く。

 スミレとは違い俺から、ということだろう。


 ちらっと周りを確認すると、なんとなく面白くなさそうな顔のスミレと、その奥にめちゃ不機嫌な顔の幼馴染の顔が見えた。


 いったん、周りのことを忘れて俺はサラに口づけをした。

 と同時に、サラが俺に抱きついた。


 先程とはちがう、暖かな魔力が身体に流れ込む。

 今までならスミレの魔力と、サラの魔力が反発してうまく魔力連結できなかった。 


 しかし、今回はまったくそれがない。

 二つの魔力が反発することなく、俺の身体に流れ込んでくる。


 数分はその状態が続いただろうか。


「ふぅ……♡」

 頬を桃色にしたサラが、唇を離した。

 俺の方を見つめ、目を丸くした。


「どうかした? サラ」

「ユージン、その背中のって……」

「背中……え?」

 後ろを振り返り、俺も目を見開いた。


 俺の背中から大きな白い翼が生えていた。

 ただし、翼は片方のみ。

 

「おお……」

「なんと神々しい」

「聖女候補の魔力によってあのようなことになるのか」

 拠点内の人々から、様々な反応が見られる。

 もっとも、この翼が生えた理由は……。


(多分、ライラ先輩の影響じゃない?) 

(やっぱ母さんのせいだよなー)

 エリーの言葉に、俺は同意した。


 きっと俺が半分天使の血を引いている影響だ。

 しかし、それを説明するわけにはいかない。

 拠点内はざわめいている。


「まるで片翼の天使ですね、ユージン様」

 唯一、驚いていないのは運命の巫女様だ。


 おそらくこの状況も、巫女様にはわかっていたのだろう。

 どうせなら結果も事前に教えて欲しいが……、巫女様は意味ありげに俺の眼をみた。


 多分、考えていることは見通されている。

 だから、俺がこれからすべきは……。


「では、大魔獣の囮役へ向かいますね」

 拠点内の人々に、俺は告げた。

 大魔獣までの距離は遠く、俺は飛行魔法は使えない。


 しかし、背中の翼が教えてくれた。


 まるで生まれた時から飛行魔法が使えたかのように、俺の身体が自然に宙へ浮いた。


 これなら大魔獣のところへすぐに到着するだろう。

 その時、誰かから急に抱きつかれた。


「ユージンくん!」

「ユージン!」

 二人の声が、少しだけ泣いているような声だった。

 

「行ってくるよ。スミレ、サラ」

「頑張って! ユージンくん」

「無茶しないでね、ユージン」

 俺は二人に笑いかけ、一気に上空へ加速した。


 ぐんぐんと風を切って、空へと上がる。


 足元に広がる黒い山。

 しかし、それは今や小さく動いている。

 


 ――ォ……ォォ……ォォ……ォォォ……ォォ……ォォ……



 風の音に混じって、低い獣の唸り声が響く。


 俺は黒い山を見下ろす。


 いや、山ではなくゆっくりと獣の形へと姿を変えている――大魔獣ハーゲンティ。


 ギロリと。

 大魔獣の眼が俺の方を向いた気がした。


 ……こうして俺は、二百年に渡り帝国を悩ませる生きる災害と相対することとなった。

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攻撃力ゼロから始める剣聖譚 ~幼馴染の皇女に捨てられ魔法学園に入学したら、魔王と契約することになった~ 大崎 アイル @osaki_ail

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