風の行方

風の行方




風の行方




ーーー


「それで、いつまで黙っているつもりですか?」

「別に秘密にしているわけではない。どうせ、何も出来ない事なのだから、別に話さなくてもいいだろう」

『それでも知りたいんじゃないの、普通は』

「何故、おまえまで話に入ってる」


突然脇差から出てきた影葵を金秋が睨みをきかせたが、本人は全く気にした様子もなく座布団の上に腰を下ろした。


『それより、僧侶のおじさん。俺の刀、懐刀じゃないのにしてよ』

「なるほど。やはりこの生意気な幽霊は成仏してもらった方がいいですかね。あ、金秋さんに斬ってもらいますか」

『なんでそうなるんだよ!俺だって戦いやすい刀がいい』

「一応私がこの刀に宿らせたのですから、今すぐに祓ってやってもいいんですよ。何やら、今回は相模さんの体を傷つけるぐらい剣術の腕が落ちたみたいなので。本気で祓う事もかんがえましょうか」

『だから、それは脇差だったし、こいつの体が鈍りすぎてたから何だって!もういいよ。次は期待通りの動きをして、認めさせるから』

「そうしていただけると私も嬉しいです」



影葵は諦めなかったのかいじけてしまったのか、頬を膨らませながら視線をふぃっと横にした。


「話しを戻しますと、相模さんの呪いの話ですね。やはり、金秋さんも大体予想はついているのですね」

「ああ。長く生きていればそう言った変わった話しも耳にする。摩訶不思議な話でもあったので覚えていた。あの術は、鬼の仕業であるな」

「そうですね。私も大昔の話で似たような話を文献で読んだ事があります」

「やはり、斎雲も知っておったか。あれは百鬼夜行に出くわした男が鬼に唾を吐きかけられ透明人間になってしまう話だ」

「今昔物語集の載っている話にですね。きっと人間に化けていた鬼に唾をかけられたのでしょう。きっと面白半分に遊んだのでしょう」

「昔のようになって解き方を知っている者もわからん。お主でもわからんだろう」

「術自体は祓えるかと思いますが、それをする事で鬼たちに狙われるのは避けたいので、私はしたくないですね」

「おまえが無理ならば、大体の人間が難しいだろう。だから、黙っているのだ。話だけ聞けば、こいつは鬼と聞けば怖がるだけであろう。ただでさえ、今の状況に戸惑っているのだから」


金秋の自宅に帰ってきた相模は、自宅に戻る事もなく倒れるように寝てしまった。

今のもリビングの座布団を枕にして静かに寝ている。その横には寄り添うように迅も横になっている。そんな姿を見つめながら、自分の判断は間違っていないだろうと思えてならないのだ。


現代に生きると普通の男が、突然透明人間になり、相模自身が決めた事とはいえ、金秋の仕事を手伝うようになったのだ。それだけでも、相模にとってはかなりの負担になっているはずだ。それでいて、鬼という人が恐れるものの術のせいだと知れば、更に不安がるだろう。

もう少しこの術について調べてから、本人に教えたいと思っていた。


「引き続き何かわかったら報告してくれ」

「鬼についてですね。今も調べていますがなかなか尻尾を出してくれないので。もう少し時間をいただければわかると思います。相模さんは、とても有名になられているようなので、すぐに見つかるかと思いますよ」

「……有名だと?どいう事だ」

「それも調べてみて確定してから纏めてお話しします」

「……おまえが黙っているのが怪しすぎるが、まぁいい。頼んだ」


 怪しげに笑う斎雲が何かを隠しているような気がするが、今問い詰めても話しはしないだろうとわかっているので、金秋はそれを素直にあきらめた。


 問題の透明人間になる術。

 いつかは直さなければいけない術である。

透明人間の力がなくなってしまえば、相模は普通の人間として生活出来るようになる。


そうなった時、相模はどうなるのだろうか。

この仕事を続けるだろうか。いや、普通の生活に戻れるならそちらの方がいいのだろう。


そこまで考えて、金秋はその思考を止めた。

まだ先の事を考えても仕方がない。それに、金秋には与えられた仕事が残っているのだから。

余計な事を考えてはいけない。



そんな時、チリンという可愛らしい鈴の音が部屋に響いた。

夕方になると冷たい風と共に、部屋の中に風鈴の音が鳴る。

相模が買ってきたものを窓際につけたのだ。それを先ほどからついつい繰り返し眺めてしまう。その景色は昔とは違う。けれど、風鈴越しに見ると、何故か過去の風景が見えるように思える。



「まだまだ夢は叶えられそうもないみたいです、沖田さん」



すっかり秋らしくなり高くなった青い空を見つめた。

だが、この風鈴はずっと飾るだろう。

この音を聞くたびに、昔の楽しかった記憶を思い出せるのだから。少しぐらいそんな時間も必要だろう。


「あ、金秋さん……」

「目が覚めたか。随分寝ていたな」

「はい。あ、お茶漬け出来てます?」

「起きてすぐにそれか、貴様は……」



だが、この時間も楽しいと思ってしまう。金秋は苦笑しながらも、新しい相棒のためにお茶漬けを作ってやろうと立ち上がる。



今年の夏、風は新たなものを運んでくれたようだ。




(終)

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人斬り金秋と透明人間 蝶野ともえ @chounotomoe

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