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「その後、気づいたら知らない屋敷に倒れておった。手には妖刀、着物は斬首されたときとは違う、真っ黒な着物に変わっておったな。そして、横には大量の銭とある物が置かれていたんだ」

「あるものですか?」

「新選組第一部隊組長沖田総司の刀だ。俺が憧れ、あの人のために生きると決めた理由。その約束の証である刀だ。新政府軍に奪われてしまい、まずは先にそれを奪取しようとしたが、すでに回収してあったようでな。きっと、あの方が話していた、褒美という事なのだろう」

「……それにしても、話のスケールが大きすぎて、息をするのを忘れるぐらいだったから一気に疲れました」


金秋が話した内容は、相模の想像を遥かに超えるものである。

やはり、金秋は一度死んでおり、以前偶然見てしまった彼の体の傷は拷問の跡であり、首は斬首された時のものだったのだ。そして、妖刀の力で現代まで生きていた。


「そして、その方に陰妖士という名前と、金秋という名をつけていただいたのだ」

「金秋ってやっぱり鍬次郎の鍬からきてるんですか?」

「俺から名前を変えたいと話をしたらあの方が命名してくださった」


ひっそりと影に生きながら、妖刀の力を使い使命を遂行する。それう故の「陰妖士」。

そして、金秋は相模が言ったように鍬次郎の鍬の文字からとっていた。あの方がいうのには、『鍬という字は美しい。2つにしても風情がありよいではないか。おぬしは、今日から金秋である』と、有無を言わせずに決まったのだ。鍬次郎も否定するはずがないのだが。


そうして、明治から現代まで生き続けてきた、金秋。

すぐに任務を遂行したのではなく、自分が捕まっている間になにがあったのかを調べながらも、体を鍛えることを優先した。長い間牢屋に捕らえられていたのだ。体力の衰えがすごかったのだ。これで武士の霊と出会っても、斬る事など出来ないと思ったのだ。

そして、国内最後の内戦は戊辰戦争と呼ばれ、各地で争いの火花が飛び、そして幾人の人々が亡くなった。それを一人一人弔うのはかなりの時間を要すると金秋は思ったが、それでもやり遂げなければいけないのだ。ずっと生き続けるためには。


そう語る、金秋を見て相模は納得する事が。

この男が生き続けなければいけないと願っているのに、武士として死のうとしている者達を誇り、戦いの中で死ねる事を幸せであると思い続けているのには、理由があったのだ。

自分は夢のために、戦を放棄して逃げ出してしまったのだ。本当ならば、新選組として幕府軍として最後まで戦い続けるはずであったのだ。それが正義だと思われて時代である。

けれど、金秋は自分の誇りを捨ててまで、沖田という男の夢を優先したのだ。そう決めて逃走したとしても、迷いが出ないはずがないのだ。

今の今まで、仲間に「裏切者」と言われながら、味方を斬り続けていたのだ。迷いながら。

それでも、金秋という男は迷いながらこれからも生きていくのだろう。それが夢の追求のためであり、使命なのだから。


『どんな理由があったとしても、あんたがやった事は裏切りだ』

「……そうだな。それは変わらぬ事実であるな」

『だから、おまえが変な事をしようとしたら、俺が斬り殺してやるから覚悟しておけ』

「おまえが俺を斬れるはずがなかろうが。もう少し強くなってから言ってくれ。まぁ、強くなったからと言って俺に勝てるわけはないが」

『ほんと、こいつむかつく!おい、透明人間!帰ったら筋トレしろよっ!朝起きて走れ!』

「鍛えるつもりだけど、金秋さんを倒すためと聞くとな……」

『俺が体を乗っ取って勝手にやるからな』


そんな事を言いながら影葵は『さっさと帰ろ。もう疲れたよ』と言いながら姿を消してしまった。どうやら脇差の中に戻ってしまったようだ。


その途端に、急に傷口が痛んだような気がして、相模は顔を顰める。すると、心配そうに迅や犬が近くに寄ってきて甘えた鳴き声を上げながら、相模を見上げていた。「大丈夫だ。手当すれば治るから」と、順番に頭を撫でている。

と、金秋が立ちあがり歩き始めた。それを見て、相模も立ちあがり追いかける。が、すぐに金秋が足を止めて相模の方へと振り返った。



「おまえが、そこまで生きたいと必死になるのは何故なのだ?」


金秋は生きたい理由は、沖田の夢を叶えるため。

そして、同じように死ぬことを極度に嫌がり生きようと必死だった相模の事が気になったのだろう。現代人にとって死ぬことはあまりにもかけ離れたものだ。だからこそ、死を目前になると恐れおののく。だけれど、相模は自ら死のうとする考えをあまりにも嫌うのだ。それは自分でもこだわりすぎていると自覚している。

それが、金秋にも伝わっていたのだ。

自分も訳を話した。だから、おまえの事も教えろというのだろう。金秋が自分の事を聞いてくるなど驚きであるが、それぐらい距離が近くなった証拠なのだろう。そう考えると、相模は嬉しさから体の痛さを忘れて飛び上がりたくなるほどであった。

それをグッと堪えて、相模は口を開いた。


「昔、俺は今よりも無気力で趣味もやりたい事もなくて、ただぼーっとして生きているだけのダメな子どもだったんです。だから、いつ死んでも後悔なんてしない、が口癖だったんです」



それは高校生の頃の話だ。

勉強も嫌い、部活に夢中になることもなく帰宅部ですぐに家に帰るだけの生活。家に帰ってもこれといってやりたい事もなく、呆然としながらリビングで流れているニュースや再放送のドラマを見ながら、母親がつくる夕飯の香りを嗅いでメニューを予想して過ごしていた。今考えても、だらしない生活をしていたと思う。

そんな相模でも仲がいい幼馴染が一人だけいた。その男は相模とは正反対の性格をしており、サッカーが生きがいで朝から晩までボールを追いかけ、体を鍛え上げていた。U-18の日本代表にも選ばれたり、合宿などにも参加しており、将来が約束されている、そんな輝く人生を謳歌していた。


はずだった。

体に病魔が宿っていると知るまでは。

始めは、完治させると治療も頑張っていた。だが、次第に体力が衰え、苦しむ日々が多くなると、その幼馴染はサッカーはもう出来ないと察知した。そこからが絶望であった。サッカーが出来ないならば死んだほうがいいと、処方された薬も飲まず、点滴もすぐに抜いてしまい、終いには病院から抜け出す始末だった。そんな幼馴染を探すのを手伝った時だった。見つけたのは、相模であった。

冷たい雨が降る、春先。学校のグランドの中央で青白い顔の幼馴染は曇天の空を見つめていた。

そこに相模が近づくと、幼馴染は顔を歪ませて、ある言葉を相模に突き刺した。


「おまえ、いつ死んでもいいんだろ?だったら、俺の命と交換してくれよッ!なんでおまえが生きて、俺が死ななきゃいけねーんだよ」


そんな事を言われた。

幼馴染は相当メンタルをやられていたのはわかっていたし、言われても仕方がないなって思った。

病気をうつしてこいつが生きれるならいいか、って思った時。「死ぬのが怖い」って思ってしまったのだ。あんなにこの世界にうんざりして、楽しみもなくただただボーっと生きてきただけなのに。死ぬのは怖かったのだ。


その幼馴染に何も返事が出来ず、救急車で運ばれた幼馴染は、その3日後に死んだ。


「その時から、死ぬのだけはどうしても避けなきゃいけないって思うようになったんです。相変わらずやりたい事とか見つからなかったけど、でも死にたいっては言わないようになったんです。あいつのみたいに生きたいのに生きれな人も沢山いるんだって、わかったから。だから、死ぬことが正義という昔の考えがどうしても納得出来なくて。あの時は、生意気な事を言ってすみませんでした」

「過去を知る事、そして今を知る事は、何事にも必要である。ただそれだけの事だ」

「……そう、ですね」



過去を知れば、その時代に生きた人の気持ちも伝わってくる。その時の環境や人々の考え方は今を生きる人にとっての「あたり前」とは違うのだ。

だけれど、それを全て理解する必要はない。どんな思いがあるのか、知ろうとする事が近づく一歩なのだと知った。


相模が金秋との距離を縮められたように。

きっと、金秋と今でも戦いを続ける霊たちも近づくことが出来るのではないか。

相模はそう思えてならなかった。




その後、金秋と相模、そして迅は犬の墓の前で手を合わせた。そして、もちろん武士の霊と戦った場所でも、長い時間黙祷をした。そうして目を開けると、そこにはすでに犬たちの姿はなくなっていた。


2人1匹が並んでゆっくりと駅に向かって歩いていると、相模のスマホが鳴った。

金秋が持ってきてくれたのを受け取ったばかりだったが、着信画面を見てすぐに通話ボタンを押す。


『電話に出れるということは、無事に解決したんですね』

「斎雲さん。ご心配おかけしてしまい、すみませんでした」

『いえ、金秋さんの呪いを解いてくださってありがとうございました。これで神様に借りを作らずに済んだのでよかったです』

「はぁ」


力を借りに行くという話だったが、神様とどんな契約を結ぼうとしていたのか。斎雲のすごさがこの言葉でひしひしと伝わってくる。


『今から帰るところですか?』

「はい、新幹線で帰る所ですけど」

『ならば、伝えておかなきゃいけないことがあります。相模さん、よく聞いてくださいね』


突然深刻な口調になった斎雲に、相模は驚き、どんな重要な事を伝えられるのか、と身構えながら次の言葉を待った。


『実は、金秋さんは極度の乗り物酔い体質なんです』

「……へ?」

『だから、新幹線などの乗り物に乗る時は絶対に窓側に座って貰ってくださいね。そして、水を買ってあげるといいかと。それと、梅干しも渡すと喜びますよ』

「乗り物酔いをするから、いっつも不機嫌になって寝ていたって事ですか?」


思い返してみれば、タクシーや電車に乗る際の金秋はいつも眉間に皺を寄せて、不機嫌そうにしていた。特に新幹線では話しをせずに目を瞑って寝ている姿が多かった。

斎雲からそれを聞いて、納得してしまい「わかりました!教えていただいた通りにしますね」と通話を切った瞬間、「おい、今の話は斎雲が話したのか?」と低音すぎる声が聞こえてくる。

恐る恐る横を向くと、今すぐに抜刀して斬りかかってきそうなほど怒りを表している金秋が睨みつけていた。


「き、金秋さんが酔いやすいから窓側の席に座るようにアドバイスを貰ったんですよ。あ、あそこにコンビニあるので水と梅干し買ってから駅に行きましょうね」

「斎雲ッ!!今度会った時、かならず首を斬り落としてやるっ!!」


耳を赤くして怒鳴る武士を見るのは初めてで、内心で「あ、照れるんだ」という発見をした相模は、また嬉しくなり微笑んでしまう。


「おまえも笑うな!くそ、さっさと帰るぞ!早く水を買ってこいっと言っても透明人間のおまえに頼むわけにもいかんのか。待っておれ!」

「あ、俺も行きます」

「ワンッ!」


透明人間と武士とニホンオオカミがコンビニで買い物など、この時代は面白いことがあるな、と相模はこれからの生活が楽しみで仕方がなくなった。


明日はどんな事が待っているのか。

生きていれば、そんな風に思える日が、どうやら来るらしい。









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