エピローグ

 あれから一ヶ月が経った。

 紗綾はまさに今、二人を乗せたヘリが消えていった伊豆の山々を遠く眺めていた。潮風が吹き荒ぶ海上。紗綾は大きくため息をつくと、何かをはらい落とすように首を振った。そこは神津島に向かう船の上。彼女は今美術部の合宿が行われる伊豆諸島のとある島に向かっているところである。その船から伊豆の大きな島影が見えて、ふと紗綾はあの白亜の館での出来事に考えを巡らせていたのだ。その幻が伊豆の山の端に消えていった。紗綾はもう一度潮風に呼吸をすると、それから後の事に思いを巡らせた。

 あの出来事があった後、白亜の館を脱出した舞と紗綾は静岡県警の刑事にあらためて一連の出来事を語った。もちろん自分たちの無謀さを責められたが、それは致し方がないことであった。それに、紗綾はいかに後で警察から叱責されようとも、自分の手で美輝を止めたかったのだ。できれば美輝に自首してほしかった。でも彼女は逃げる道を選んだ。初めから美輝はそのつもりだったのかもしれない。警察がヘリでしか白亜の館に来れないことは、橋が機能しなくなった時点で決まる。それを強奪して逃れようというのも、あの美輝の前では計算済みのように思えたのだ。だから、仮に紗綾が謎を解かず、警察があの場で美輝を捕らえようとしても結末は同じだったのだろう。そう考えて、自分を納得させていた。

 いうまでもなく、強奪されたヘリの追跡は行われた。しかし、発見されたのは富士の樹海に墜落した無残なヘリの残骸だけであった。結局、墜落前に二人が脱出したことがわかっただけで、そこから先の消息はまったくもって不明であった。

 美輝の犯行と逃避行はすぐに学校にも知らされ、八月になるとすぐ、紗綾と舞は担任から聴取を受けた。しかしこれも形式的で、判断は既に決まっていたに違いない。すぐ後に美輝の除籍が決まった。それに伴って、美術部も舞が部長に繰り上がった。もちろん事件を目の当たりにしていない後輩たちや、葉月はたいそう驚いていた。隼は紗綾からのメールである程度予期していたようだが……。しかしこうして実際美輝の存在が消されてゆくのを見ると、なんだか寂しいとは、ついさっき船内のカフェテリアで語っていた。彼は自分の作品を認めてくれる美輝と話す日々が楽しかったそうで、理解者を失った今、ずいぶん気落ちしているようであった。

 でも紗綾にはあんまりその気持ちは分からなかった。それは美輝が言っていたように、自分が作品を観るだけだから、なのだろうか。

「また解説をお願いしますよ」

 美輝が最後に語ったのは、確かにおのれへの挑戦であった。そして、その時が近づいているのではないかという漠然とした不安の中に今彼女はある。

「解説、ねぇ……」

 船が神津島への入港を予告した。彼女たちはここから船を乗り継ぎ、合宿所に向かう。そこで何が起きるか、神ならぬ身の紗綾にはもちろん予想することはできなかった。しかし、彼女の漠然とした不安は残念ながら的中することになるのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Paint Plan 裃 白沙 @HKamishimo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ