第13話 見え始めた真実
「その女、魔物だろ」
そんな信じられない言葉に、私の口からは間の抜けた声が漏れた。
「……ラルフの知り合いは冗談が好き、なの?」
「…………」
「ラルフ……?」
目の前のラルフにそう声をかけても、彼は何故か困ったような顔をして私を見つめるばかりで、返事はない。
予想外の反応に、嫌な予感がしてしまう。
「へえ、ちゃんと喋れるんだな。人間の姿をした魔物は初めて見たわ。ラルフに魅了かなんか使ってんのか?」
「だから、私は魔物なんかじゃ──」
「とぼけんな、お前から濃い魔物の気配がするんだよ」
「……えっ?」
そう言った男は、嘘をついているとは思えないくらい真剣な表情をしていた。心臓が、嫌な音を立てていく。
「彼女は、魔物じゃない」
やがてラルフがはっきりとそう言ってくれたことで、私はほっと胸を撫で下ろしたけれど。
「お前、マジで平和ボケしたわけ? このレベルの気配を感知できないとか、勇者失格だろ」
「……確かに彼女から魔物の気配はするが、彼女自体は魔物じゃない。俺が保証する」
──私から、魔物の気配がする?
訳もわからずラルフを見上げれば、彼は今にも泣き出しそうな表情を浮かべていて。
笑えない嘘や冗談だと思いたいのに、そんな顔をされてしまってはもう、無理だった。
「すみません、リゼット様。もう少し落ち着いた後に、話をしようと思っていたんです」
「ほ、本当に私から、魔物の気配が……?」
「はい。申し訳ありません」
「……うそ、でしょう」
動揺を隠せずにいる私に対して、ラルフは再び「申し訳ありません」と呟いた。間違いなく彼が謝る必要はないのだけれど、私はもうそれどころじゃなかった。
私の身に、一体何が起きているのだろう。
何度も魔物に食われては転生していることに、関係しているのだろうか。自分が自分ではないような気がして、気分が悪くなってくる。
「ちなみにあの男は魔王討伐の際に一緒にパーティを組んでいた、この国一番の魔道士です」
「……そんな」
「僕の方が強いので、安心してください」
そんなラルフの言葉に、メルヴィンという男は「うっざ」と舌打ちをした。否定しないあたり、事実らしい。
ラルフは私を完全に背中に隠すと、男に向き直った。
「ビヴァリーが戻ってきたら、彼女を見てもらう約束をしている。お前は手を出すな」
「へえ? それまでにお前、そいつに殺されたりしてな」
「それ以上言うなら、まずは右手を切り落とす」
「おー、こわ。ま、俺は忠告したからな」
それだけ言うと、メルヴィンと呼ばれた男はこちらへと背を向け、ひらひらと片手を振って去って行った。
姿が見えなくなり、一気に緊張が解けたことでへたり込みそうになった私を、慌ててラルフが支えてくれる。
彼はやはり泣きそうな顔をして、私を見つめていた。
「……本当に、すみません」
「なんでラルフが謝るの? 助けてくれたのに」
「僕は貴女に隠し事をしていたんです。その上、こんな形で知らせてしまうことになったんですから」
「幻滅しましたか」「嫌いになりましたか」と不安そうな顔をして尋ねてくるラルフを、責められるはずなんてない。
「ラルフは私のために黙ってくれていたんでしょう? 謝る必要なんてないわ、ありがとう」
そう告げると彼はやはり謝罪の言葉を口にして、長い睫毛を伏せた。
「とにかく、話を聞いてもいい?」
「はい、もちろんです」
すぐに頷いてくれたラルフと共に、私は近くに待たせていた馬車に乗り込み、侯爵家に戻ることにした。
こうしてラルフとの初めてのお出掛けは、散々なものになってしまったのだった。
◇◇◇
候爵家へと戻ってきた後、ラルフの部屋で私達は向かい合って座っていた。
彼の部屋に入るのは初めてだったけれど、私の大きな絵が一枚飾られている以外は普通の部屋だった。
リラックス効果があるという温かいお茶を一口飲むと、ほんの少しだけ気分が落ち着いていく気がする。
「……リゼット様から魔物の気配がすることには、再会した時に気付いていました。いつお話しようか悩んでいたのですが、倒れられた直後は避けようと思っていて」
もちろん信じたくはなかったけれど、再会した時のラルフの様子にも納得がいく。
魔物の気配に気付いたからこそ、彼は敵意や殺意を含む視線を私へ向けていたのだろう。
初めて会った子供の頃には、まだ勇者としての力が目覚めていなかった為、気付かなかったのだという。
「その、魔物の気配がするっていうのは、どういう……?」
「僕も感じるだけで、詳しくはわからないんです。元パーティメンバーでもある聖女に、リゼット様を見てもらうよう頼んでおきました。近々隣国から戻ってくるようなので、会いに行きましょう」
「聖女様に……? ありがとう、お願いします」
「はい、お任せください。彼女の目は特別ですから、色々と分かることもあると思います」
聖女様に見てもらうなんて、ラルフがいなければ絶対に無理だっただろう。いくらお金を積んだところで、会えるような方ではない。
私が過去数度の人生を掛けても分からなかった真実に、少しずつ近づいていくような気がした。一方で、真実を知るのが怖いと思ってしまった自分がいる。
そんな気持ちを見透かしたように、ラルフは「リゼット様」とひどく優しい声色で、私の名を読んだ。
「大丈夫ですよ、僕がついています」
「ありがとう」
知り合って間もないような彼の言葉に、こんなにも救われた気持ちになってしまうのは何故だろう。
やはり彼が勇者だから、なのだろうか。戸惑う私の手を取ると、ラルフは柔らかな笑みを浮かべた。
「──今世こそは絶対、貴女を守りますから」
私を好きすぎる勇者様を利用して、今世こそ長生きするつもりだったのに(多分、また失敗した) 琴子 @kotokoto25640
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