第12話 初デート


 翌日、私は気合の入ったメイド達によって、素敵なドレスを着せられ、丁寧に髪を結われ化粧を施され、恐ろしく高価そうなアクセサリーを身に付けられていた。


 居候の身でここまでしてもらうと、申し訳なくなる。


「あの、気合が入りすぎでは……?」

「ラルフ様との初デートと伺いましたから、当然です」

「初デート」


 今からのお出掛けは、なんとデートらしい。


 メイド達は口々に「世界一お美しいです」「ラルフ様もきっとお喜びになりますわ」なんて言い、やがて現れたラルフもまた、恥ずかしくなるくらい褒めてくれた。


「本当に綺麗です。やはり、その色がよく似合います」

「ありがとう。もしかしてラルフが選んでくれたの?」

「はい。リゼット様をイメージしてオーダーしました」

「オーダー……?」


 オーダードレスならば間違いなく、昨日今日に頼んで完成するものではない。一体、いつから用意していたのだろう。


 気になったものの、私はこの屋敷に来てから身につけた「深く考えないようにする」という技を使った。


 一方、ラルフは質のいいジャケットをしっかりと着こなしており、普段以上に輝いて見えた。こんなにも美しい人間がいるのかと、感心してしまったくらいだ。


「では、行きましょうか」

「うん」


 差し出された彼の手を取り、馬車に乗り込む。きっと今日は楽しい一日になる。そんな気がした。



 ◇◇◇



「お、美味しい……!」

「良かった。リゼット様はどんな姿も可愛いですね」


 まともに王都の街中に来たのは8年ぶりだったけれど、思っていた以上に変わっていた。当時よりも街並みは更に活気付いており、人も店もかなり増えている。


 素敵なお店も、美味しい物も沢山あった。ラルフはまるで私の好みを知り尽くしているかのように、私が喜ぶ場所へと連れて行ってくれる。


 今も食べ歩きを楽しんでいる私を見て、ラルフは私以上に幸せそうな表情を浮かべていた。


「これらも全て買いましょうか」

「待って、本当にそんなに必要ないよ」


 そして何でも買おうとしてくれるラルフに、私は焦りっぱなしだった。彼は金銭感覚もズレているらしい。


「僕は既に、使い果たせないくらい稼いでいるんです。リゼット様は気になさらないでください」

「流石に気にするわ」

「僕の欲しいものを買っているだけですから」


 眩しい無邪気な笑顔を向けられ、ちくりと胸の奥が痛んだ。私はラルフに、こうして甘やかしてもらうに値する人間なのだろうか。


 そんな私を見て、ラルフは眉尻を下げた。


「……もしかして、迷惑でしたか?」

「ううん、そんなことない。本当はこうして普通の女の子みたいに過ごすことにも、憧れていたんだと思う」


 正直にそう答えれば、ラルフは私の片手を掬い上げ、柔らかく瞳を細めて微笑んだ。


「今後は沢山、リゼット様の好きなことをしましょう」

「……私の、好きなこと?」

「はい。リゼット様は辛い思いをしてきた分、もっと我儘になっていいんです。僕が全て叶えてみせますから」


 そんなラルフの言葉に、視界が揺れた。悲しくもないのに泣きたくなってしまう。


「実はこの近くに、リゼット様の好きそうなお店があるんです。行きましょうか」

「……うん、ありがとう」


 一緒に出掛けるのは初めてだというのに、私の好きそうな店が何故わかるのだろうか。そんなことを思いながらも、思わず口元に笑みが浮かんでしまう。


 そうして、彼と共に再び歩き出した時だった。



「──リゼット様!」



 一瞬にしてラルフの腕が私の身体に周り、思い切り後ろに引き寄せられる。


 同時に、目と鼻の先を何かが通り過ぎていく。


 何が起きたのかわからず彼の腕の中で固まっていた私は、自身が立って居たはずの場所に、無数の氷の塊が突き刺さっていることに気が付いた。


 それも、顔があった辺りに集中している。こんな物が突き刺さっていたら、間違いなく即死していただろう。


 先程までの楽しい気分は一瞬にして吹き飛び、心臓は痛いくらいに早鐘を打っている。


「…………っ」

「リゼット様、大丈夫ですか!?」


 ラルフの手にはいつの間にか、聖域の森で見た時のものと同じ大剣が握られている。


 やがて氷の塊が飛んできた方向へと視線を向ければ、そこには一人の長身の男性が立っていた。


「……どういうつもりだ、メルヴィン」

「はあ? それはこっちのセリフだろうが」


 今しがた私を殺そうとした人物はなんと、ラルフの知人らしい。メルヴィンと呼ばれた真っ赤な髪が印象的な男は、再び氷の塊を作り出した。


 思わず身構える私に、ラルフは「大丈夫ですよ、僕がついていますから」と優しく声をかけてくれる。


 そんな様子を見てか、男は眉を顰めた。


「だから、勇者であるお前がなんでそんな化物といるのかって聞いてるんだけど?」

「ば……?」

 

 初対面で殺そうとしたにもかかわらず、化物扱いだなんて失礼にも程がある。一体、何なのだろう。


 私を庇うように立っていたラルフは、剣先をまっすぐ男へと向けた。その目は、氷のように冷え切っている。


「それ以上余計なことを言うなら、お前でも殺す」

「ラルフ、お前マジでどうしちゃったわけ? 平和ボケして頭でもおかしくなったのかよ」


 そして探るような目で私の頭から爪先までを見た後、呆れたような表情を浮かべ、再び口を開いた。


「──その女、魔物だろ」

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