第11話 もうひとつの再会


 とんでもない場所に迷い込んでしまった後、ふらふらとあてがわれた部屋に戻った私は、ぐったりとしていた。


 やはりラルフが私に向けている感情は、あまりにも重すぎる。本人は懸想している、だなんて言っていたけれど、あれは絶対に恋とか愛ではない。別の何かだ。


 けれどその分、彼は全力で守ってくれるに違いない。生き延びる為には、心を鬼にして彼を利用する気持ちでいなければ。そう思いながら、再びベッドに横になった時だった。


 不意にノック音が部屋に響き、身体を起こした私はすぐに「どうぞ」と声を掛ける。


「リゼット様……!」


 するとバァン! と大きな音を立ててドアが開き、とんでもない美少女が涙を流しながら部屋へと入って来たのだ。


 一体誰だろうと思ったけれど、美しい銀髪や整いすぎた顔立ちには見覚えがありすぎる。彼女はまっすぐに私の元へとやって来て跪くと、そっと私の手を取った。


「ああ、本物のリゼット様だわ……! ずっと、ずっとお会いしたかったです……!」

「……ええと、ラルフの妹さん、ですよね?」


 私がそう尋ねると彼女は何度も頷きながら、大きな瞳からぽろぽろと真珠のような涙を溢した。


「はい、私はナディアと申します。あの日、貴女に命を救っていただいた者です」

「元気なお姿を見られることができて、嬉しいです」

「っありがとうございます……!」


 あの日、道端で死にかけていた少女とは思えないくらい、彼女は健やかに美しく成長していた。


 話がしたいという誘いを受ければ、彼女はすぐにメイドにお茶を用意するよう指示した。あっという間にお茶会かというくらいの準備がなされ、テーブルを挟んで向かい合う。


 こうして改めて見ても、恐ろしいほどの美少女だ。流石、あのラルフと同じ血が流れているだけある。


「それにしてもお兄様ったら、リゼット様と再会しておきながらずっと隠していたなんて……! 許せません」


 どうやらラルフは、彼女に私と再会したことを隠していたらしい。そして私が運び込まれてきたことを知ったのが、ついさっきだったのだという。


「その、ナディア様は」

「ナディアと呼んでください、リゼット様」


 覚えのあるやり取りだと思いつつ、私はそれを受け入れることにした。頷けば、彼女は花のような笑みを浮かべた。


「今後はこの屋敷に滞在されると聞きました」

「はい、お世話になります」

「リゼット様と一緒に暮らせるなんて、夢のようです。今後は貴女様の為に、尽くし生きていきたいと思っております」

「ええ……」


 何やら彼女からもまた、ラルフから感じるような熱量を感じる。本当に待って欲しい。そこまでしなくても、と声をかければ、彼女は首を左右に振った。


「あの日、私はあのまま死んでいくのだと思っていました。痛くて苦しくて、無力で、どうしようもなくて」

「……ナディア」

「そんな中、突然現れ私達を救ってくださった貴女は、まさに天使のようでした。温かくて優しくて、綺麗で眩しくて。当時は声ひとつ出せませんでしたが、あんな姿の私を撫でてくださったこと、本当に、本当に嬉しかったんです」


 はらはらと涙を流し続ける彼女のそんな言葉に、私もまた目頭が熱くなっていた。


 ──二人が私へと向ける感情の大きさは、当時彼らが感じていた辛さや悲しみと比例しているのかもしれない。そう思うと、ひどく胸が痛んだ。


「でも、これからはずっと、一緒にいられるんですね」


 鈴を転がしたような声でそう言うと、彼女はラルフによく似た笑顔を浮かべたのだった。




 ◇◇◇




 その日の夜、私はラルフとナディアと共に夕食をとっていた。侯爵夫妻は現在領地にいるらしく、近々王都にやって来る予定だという。


 既に私のことは話してあるようで、何も心配しなくて良いと二人は言ってくれた。


 それにしても、流石侯爵家だと私は感動し続けていた。夕食が豪華すぎる上に、ほっぺたが落ちそうなくらいに美味しいのだ。そして何より、デザートで出てきた果物のひとつに私はかなり驚いていた。


「私、この果物が好きなの。珍しいね」

「喜んでいただけて良かったです」

「お兄様も、昔から好きですものね」


 貴族の食卓には不釣り合いなこの真っ赤な果物を、今世で食べるのは初めてだった。一部の田舎でよく採れるそれは、甘さよりも酸っぱさが強いものの、私は大好きで。


 ナディアは「リゼット様がお好きなら……」と、一口食べてみていたけれど、やはり口に合わないようだった。一方、ラルフは笑顔で食べ続けており、本当に好きらしい。


「リゼット様、僕は基本この屋敷にいるので、何かあればすぐに声をかけてくださいね」

「うん、ありがとう」

「お兄様ばかりずるいです。私ももっとリゼット様と一緒にいたいのに、明日からまた学園なんて……」

「学園?」

「はい。私は今、魔法学園の4年生なんです」


 ラルフのひとつ歳下だという彼女は、現在王都にある魔法学園に通っており、学園トップの成績を修めているという。


「二人は本当にすごいね」

「いえ。リゼット様は、魔法に興味がおありで?」

「私は使えないから、羨ましいなと思って」


 そう、は魔法が使えない。


 私も一度目の人生では、回復魔法のようなものが使えたのだ。使い方を教えてくれる人もおらず、適当に使っていただけだったけれど、大抵の怪我は治せていたように思う。


 そして二度目の人生では、少しだけ同じ力が使えた。けれど三度目や今世ではさっぱり使えなくなっており、とても便利だった分、残念に思っていたのだ。


 そんなことを考えていると、ラルフがじっとこちらを見ていることに気が付いた。


「よろしければ明日、一緒に出掛けませんか?」

「大丈夫だけど、どこに行くの?」

「王都も久しぶりでしょうし、リゼット様に必要なものを買いに行くついでに、色々と見て回れたらと思いまして」


 そんな申し出に、私はすぐに首を縦に振った。こうして街中に買い物にいくなんて、何時ぶりだろうか。


「ありがとうございます、楽しみにしていますね」

「こちらこそ、ありがとう」


 ずっと田舎にいた私に、気を遣ってくれているのだろう。やはり、ラルフはとても優しい。そんな彼に対し、ナディアはずるいと頬を膨らませている。


 ──そして明日、とんでもない事実を知ることになるとは知らず、私は久しぶりの外出に胸を弾ませた。

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