【あとがき――という名の簡単な解説】



 はじめましての方ははじめまして、そうではない方はいつもお世話になっております。

 吹井賢です。


 この『理想のコイビト』は「5分で読書」短編小説コンテスト2022の為に書かれた作品なのですが、友人に「こういう作品を応募しようと思ってるんだよねー」と話したところ、「……それは小中学生が読む作品じゃなくないか?」とツッコまれた掌編です。

 そして、案の定、落ちました。

 でも、『世にも奇妙な物語』でありそうで、良いと思うんだけどなあ。……だからこそ「ありきたりで駄目」なのかもしれないけれど。


 さて、解説兼備忘録です。

 この作品は、「君だけの白馬の王子様≒『理想の恋人』なんて何処にもいないんだよ!」という、乙女の希望をぶち壊すものです。そういったわけで、「『現実』と『虚構』」がテーマになっているのですが、僕としては、「『虚構』の中の『現実』」も同時に取り扱っているつもりです。

 一見すると、「理想の恋人なんてお前の妄想の中にしかいねえ!現実へ帰れ!」と言っているだけに見えると思うのですが、その妄想≒虚構の中の現実も重視したつもりです。


 やや小難しい話になりますが、「私が、私の創り出した存在に救われたなら、それは虚無なのだろうか?」という問いがあって、例を挙げるとネタバレになっちゃうのですが、吹井賢が好きなあの作品とかも、その「虚無的とも言える救いの構造」になっています。

 ただ吹井賢は、この手の作品を「虚無的だ」と断罪する気には全くなれなくて、例えば幼児は意思を持たないぬいぐるみ(意思を持っているとすれば、それは幼児側が設定した感情)との交流によって心を育みますし、親が子に教えられることなんて有り触れていますし、というか、自分自身に励まされることだってあると思います。ほら、タイムカプセルに入れた未来への手紙とか、過去の決意を書いた日記とか、そんなやつ。

 書き記したのは自分であって、時間軸は違えど“自分”でしかないはずなのに、綴られた言葉に救われることは間違いなくあるんです。それは存外、僕達が意識する“自分”が連続的な存在ではない――大切な願いや想いを忘れてしまう、愚かしい生き物だからでしょう。


 閑話休題。

 主人公であるユウは、終盤、『理想のコイビト』であるアイが、自身の空想上の存在でしかないことに気が付きます。重要なのは、「ユウは自分自身で『アイ君は自分の想像の中の存在だ』と気付いた」という点です。誰に指摘されるわけでもなく、自らで理解したのです。それが、この掌編の最も重要な部分です。

 ……というか、他人が介入して気付いた場合、それはホラーであって、それこそ『世にも奇妙な物語』です。

 主人公・ユウは、空想上の男の子と恋人ごっこを楽しむ、夢見がちで内向的な少女ではありますが、それでも、誰かに説教をされたわけでもないのに、「殻の中に閉じこもるのではなく、現実を一生懸命生きないといけない」と思える、強くて、格好の良い少女だった。

 だからこそ、空想上の恋人であるアイは、「君は素敵な人だ」「僕の理想の恋人だった」とエールを送り、消え去っていく。そして、その言葉を受けてユウは、「たとえ全てが空想上のものだとしても、助けられたことは事実」とし、「彼が言ってくれた『理想の恋人』≒素敵な人間として、恥ずかしくないよう生きていこう」と決意するのです。


 そもそも、『アイ』が「ユウの無意識が創り出した存在」とするならば、アイが「それとなく周囲と関わることを勧める」というのも変な話です。だって、二人は理想の恋人同士で、関係性が完結しているわけですから。第三者なんて必要ありません。

 では、なんでアイはそんな言動をしたのか。そこにはユウの深層心理にある、「空想の中で遊んでるだけじゃ駄目なんだ」という強い想いが反映されている。

 しかも、彼女は「他人に興味はない」という態度こそ一貫していますが、他人を悪く言っていない。「アイ君、クラスの皆が冷たいんだよー」というような愚痴は絶対言わない。クラスメイトと自分の距離については、お互い様だと分かっているから。自分が一歩踏み出さなければ、関係性は変わらないことを理解しているからです。

 彼女は最初から、強くて格好の良い女の子だったのです。


 誰だって現実が辛くなることはあります。空想に逃げ込むこと、虚構で生きることを、僕は否定しません。

 マンガを読んで、「こんな恋人がいたらいいなあ!」と思うことは罪でしょうか。ラノベを読んで、「こんな風に周囲から認められたいなあ!」と思うことは罪でしょうか。僕はそうは思いません。

 マンガもラノベも、あなたの空想も、全ては虚構ですが、その虚構は“あなた”という現実に接する瞬間、現実性を帯びるのです。あなたを変え得る現実になるのです。それはとても不思議で、興味深く、あるいは感動的でさえあると思います。


 最後に小ネタの紹介を。

 言うまでもなく、主人公の名前・ユウは“You(あなた)”からです。恋人であるアイは、“I(わたし)”からです。「あなたを変えられるのは自分だけ」と言うと、気取り過ぎでしょうか?

 なお、こんな作品ではありますが、一応、吹井賢はミステリ作家ということになっているので、「アイ君が存在しない」という伏線は色々と張ったつもりです。それについては純粋に楽しかったです。

 またこういう、「実は○○は××の空想上の存在」というネタも使えればと思います。


 この作品が、皆様の一時の楽しみになれば、それが作者にとって最高の喜びです。

 それでは、吹井賢でした。


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『理想のコイビト』 吹井賢(ふくいけん) @sohe-1010

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