第7話 死への誘い 7 ルールを守る者
※3話同時公開 3/3
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物静かな店内。妖しい空気感を持つ、カウンター席だけの小さなバー。
外の喧騒とは切り離された空間。抑えめにスムースジャズが流れている。
いつものように客は一人だけ。
店内の調度品のように店に溶け込むマスターが、そっとウイスキーの水割りを差し出す。
「ありがとうございます。今回の依頼も無事に果たしてくれたようですね」
「はは。まさか……これで終わりですか? マスターとはそれなりにいい関係が築けていると思っていたんですけど?」
いつもの客。異世界帰りの男が嗤う。枯れながらも獰猛な笑顔。生気のない瞳と相まって、どこか異界の魔物を思わせる。いや、そこにいるのは間違いなく〝アキ〟。異世界の戦士たる者。
「ふふ。どうやらかなり荒ぶっているようですね。今回の依頼は……お気に召しませんでしたか? 申し訳ございませんが、私も所詮は中間管理職に過ぎませんので……」
「はッ! まったくもって白々しいことで。……まぁ今さらですし、別に良いんですけどね。さて……とりあえず〝
「確かにそうですが……一体誰のどのような
〝
運営なり
「はは。決まっているでしょう? カナシミさん、五月様。自殺屋……あぁ、あと
「さてさて……彼女の記録となれば膨大な量になりますが……ふふ。秋良さんが望むのは、当然に例の件についての記録ですね?」
「……はぁ。マスター。中途半端にとぼけるくらいなら、はじめからいつも素直に用件を聴き入れてもらいたいんだけどな。どうせ全てお見通しでしょうに……」
秋良は宇佐崎紬に会って本人に事情を確認した。その結果として彼は確信はしているが、ただそれだけで終わらせる気はない。確実な証拠となる
ルールに従う。それは彼が暇つぶしを行う場合の指針だ。感情で判断するような真似もしない。客観的な情報から確証を得るまで調べる。
死は取り返しがつかない。そのことを、鹿島秋良は十分に理解している。
「しかし困りましたね……藤ヶ崎紗月さんは我々にとっても稀有な被験者でして……それに、彼女が秋良さんの一線を越えていたとしても殺すことは不可能ですよ? それは秋良さんも重々承知しておられるのでは?」
「……くくく。よく言うよ。今回、俺を差し向けたのは……〝そのため〟だったんでしょうに……」
「さて? 一体何のことでしょう?」
怪しくも妖しい二人。
世界の管理者とその被験体。
二人の要望が一致する時……それは血が流れる予感しかない。
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……
…………
………………
「遥香。一体どうしてあなたが、その……宇佐崎紬さんと?」
「きっかけは本当にたまたまです。ちょっと街をぶらぶらしていたら、異能の気配を感じたんです。それで、気になって足を向けた公園で彼女と出逢いました。話をする中で、彼女が例の行方不明事件の子だって気付いて……」
百束一門の道場にて遥香は葵と面談していた。あれからしばらくして、宇佐崎紬は百束を頼ることを決め、遥香を通じての紹介を受け入れた。
ただ、これまでに沈黙を貫いてきた紬の申し出に百束一門側でちょっとした混乱があったのも事実。一般家庭の中学生を、異能者だからといって一門の子と同じように扱うわけもいかず、如何にして彼女を一門に引き入れるかを苦慮していた。両親には打診していたが、結局は本人の意思で……とやんわりとお断りされていたのだという。
しかも、彼女を連れて来たのは、少し前の事件で十三家からの欠番、事実上のお家取り潰しとなった卯月家の者。再興を狙って何やら動いているのかと……穿った目で見る者もいた。
もっとも、卯月遥香は卯月家の中でも下っ端も下っ端。一門衆として選定の儀をギリギリで通過した程度の落ちこぼれ。宗家のお嬢様たる桃塚葵の口添えもあり、裏がないことも確認された。……とある解決屋の認識阻害が効いているため、彼女を調べても、妖しい人外との関係を一門が知ることはできなかったというべきか。
結局、年も近く話しやすかったのだという、宇佐崎紬の言がそのまま通ることになった。
「遥香からすれば、そんな気はなかったのかも知れないけど……お手柄だよ。私も宇佐崎紬さんのことは気になってたから……」
「え? ……あぁ、確か葵さんも現場にいたんでしたっけ?」
「……うん。一応、内緒ってことになってるけど……あの廃ビルで、私は黒いヒトガタをはじめて確認したんだ。……これも内緒だけど、まるで歯が立たなかったよ。班員全員でかかっても子供扱い以下だった……」
「へ、へぇ……そ、そんなことがあったんですか……(あ、秋良さん……そんなことをしてたんだ……どうりで葵さんのことを知ってたわけだ)」
ぎこちなく笑いつつ、遥香は当時のことを聞いた。
曰く、葵の一刀を白刃取りした。指で掴まれたことも。
曰く、葵の全力の掌打をまともに受けたのにまるでダメージがなかった。
曰く、健吾の体術もまるで通用しなかった。演舞組手よりも綺麗に流された。
曰く、一門衆の精鋭中の精鋭である〝懐刀〟すら殺してみせた。
「悔しいけど私が数年の努力で追いつける相手じゃなかった。……それで、その黒いヒトガタが言ってたんだ。『宇佐崎紬の異能は百束にとっても有用だから、助けられるなら助けてやってくれ。心のケアをしてくれ』ってさ。何であいつが彼女を助けようとしたのか、その本当の理由はよく分からないけど……ま、そういうこともあって、宇佐崎さんのことも気になってたんだ」
「は、はぁ。そ、そういう事情だったんですか……。ま、まぁ、私はその辺りの深い事情なんかは知らないですけど……とにかく、紬ちゃんは〝普通の子〟ですから。それだけはちゃんと上層部にも伝えてください」
「うん。分かってるよ。彼女に対して行き過ぎた異能の実験だとか……変な真似は絶対にさせない。彼女は歳も近いし、私の班での預かりになると思う。あと、別に一門の御役目を宇佐崎さんに押し付けることもないから……安心して欲しい」
葵は真っ直ぐだ。百束一門という超常の異能集団。要は秘密の組織。その宗家のご令嬢であり、当然に組織の汚い部分のことも彼女はある程度は知っている。組織の必要性もだ。
その上で、桃塚葵は胸を張って陽の当たる道を歩こうとしている。それは若さ故の使命感なのか……。
「(……葵さんだったら、本当に百束一門の暗部の風通しすら良くしていくかも……それはそれで頑張って欲しいな)」
葵の頑張りでは卯月遥香は救われなかった。ただ、その不満なりを葵にぶつける気はない。仕方のないことだったのだと割り切っている。むしろ、彼女の前で自分を偽っていることに罪悪感を覚えるほどだ。
「(もし、百束一門と秋良さんが決定的に対立するとき……私はどうすれば良いんだろう? いや、そもそも秋良さんに助太刀なんて要らないだろうし、邪魔になるだけか。かといって一門の側についたら……あの人は私でも容赦なくぶちのめしてくるだろうし……。知らないフリをして、どっちつかずで逃げ回っているのが正解かも……)」
有り得る未来の選択をぼんやりと考えつつ、遥香は葵とのやり取りを続ける。
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……
…………
………………
ある日、地方都市の多相市においても郊外となる田舎地域において、とある事件が起きた。
二年ほど前に越してきた若い女性が行方不明となったこと。
ただ、別に事件性があるわけでもなく、普通にいなくなった……つまりは引っ越しただけなのだが、近隣の人々は驚いた。
何せ、今時の若い者には珍しいほどに彼女は近所付き合いを大事にしていたのだ。挨拶もなしに引っ越すなんて彼女らしくない。もしかすると、何らかのトラブルで急に……? などと、皆が口々に囁き合ったほどだ。
そんな近隣の人たちの疑問に応える者はおらず、本人の姿もないままに引っ越し業者のトラックがどこぞに走り去ったのみ。
数日後には、売家の看板が立てられていた。
彼女……藤ヶ崎紗月はどこへ行ったのか。
近隣の人たちの中でそれを知る者はいない。
彼女の行方を知る者は……果たして?
……
…………
………………
「……酷い男ね。いきなり女性を殴るなんて。思わず死んじゃったじゃない……解決屋さん。あなた、こんなことをしてタダで済むと思ってるのかしら?」
「さてな。俺は言ったはずだ。『
解決屋と自殺屋。
異世界帰りの男とこの世界が生み出したバグの女。
共にこの世界を運営する管理者たちの被験者。
「何のことかしらね? 私も言ったはずよ。私は確かに気まぐれで自殺屋なんてやってたけれど、希望者しか相手にしていないと」
死と蘇り。それは本当のことだった。秋良は改めて彼女の異能を確認した。軽く殴っただけで死んだ。そして蘇る。かつてのアキと同じ。
藤ヶ崎紗月は秋良の一線を越えた。越えていた。
「はは。流石に長生きだけはある。面の皮がどうしようもなく厚いようだな。悪いがもうあんたに聞くことはないんだ。全て知っている」
「ふふ。さぁどうかしら? あなたごときが、私の全てを知っているですって?」
拳で胸に大穴を開けられての絶命。あっという間に蘇り……肉体が再生されるが、血痕と破れた服はそのまま。その見た目からも妖しい人外の気配が漂う。
一線を越えた『鬼』。
彼女も不死の異能により翻弄された被害者なのかも知れないが……秋良は考慮しない。
「あんたは迷いのある者も死へ誘っていた。あの無差別殺傷を企てていた男……彼はそもそもあんなことを考える人じゃなかった。何が『解決屋への興味』だ。あんたは、この街へ戻ってくるずっと前から彼を誘導していたんだろ? 会社で暴れさせてクビにしたのもあんたの仕業だ。それに、二世帯心中の実行犯である男。彼に対しても色々と弄っていたな? 彼は一人で逃げ出そうとしていたんだろ?」
「うふふ。一体何の話かしら? 私は希望者からの相談に乗ってあげただけよ? あの彼は間違いなく世の中への恨みつらみの発散を望んでいたわ。それを形にできるようにアドバイスしてあげただけよ。無理心中の件だって、依頼人の義父は家族の連帯を放り投げて逃げようとした。そんなの許せないでしょう?」
妖艶であり無垢という、意味不明な歪さを纏う自殺屋。嗤う。嗤う。
「何より、あんたは宇佐崎紬を弄った。理不尽を強要した。
怒りはある。ただ、秋良はあくまでも淡々としたもの。目の前の自殺屋には、感情をぶつけても意味がないことを理解している。通じない。無駄。
自殺屋は不安定な宇佐崎紬を誘導していた。死にたいけど怖い。生きたくないけど死にたくもない……そんな想いを抱く異能者たる紬を見つけた時……自殺屋は一つの〝ショー〟を思い付いた。もっとも、秋良に言わせれば趣味の悪さ極まるショーだ。
「……ふ、ふふふ。〝
無差別襲撃でのセンセーショナルさよりも、自殺屋は一人の少女に付きまとって長く観察することを選んだだけ。少女には便利な異能がある。もしかすると、色々と楽しいショーが可能になるかも知れない……という暇つぶし。
だが、終わる。
「くく。あんたはやり過ぎたみたいだ。それも長い間な。俺は〝運営〟からの指示でここへ来ている。運営はそろそろあんたを始末したい。俺は一線を越えたあんたが気に入らない。ま、利害の一致というやつだ」
「ふふ。まぁそういうんなら仕方ないわね。さぁ、とっとともう一度殺しなさいよ。二度三度とやればいいわ。どうせ何度やっても同じことなんだから……あはは! 結局は誰も私を殺せないんだからさぁッ!」
嗤う。別にこれまでと同じ。閉じ込められて繰り返し死を与えられても、彼女は動じることはない。何故なら、既に壊れきっている。
これまでにも、時の権力者や有力者に捕らえられたことがないと思うのか?
拷問を受けたことがないとでも?
死と蘇りによって、時間は私の味方でしかない。何を恐れるものか。
解決屋などとぬかす若造の生み出す修羅場など、ただのぬるま湯に過ぎない。
そんな思いを巡らせ、自殺屋は嗤う。
「はは。まったくおめでたい奴だよ。それとも長く生き過ぎてボケたのか? 俺の分はさっきぶん殴ったので終わりだ。ここから先は〝運営〟が相手をするんだとよ」
「……はあ?」
ただ、彼女は知らない。あくまでもこの世界の
「あぁ、あんたが〝向こう〟でどうなるかは知らないが……もしユラという名のハイエルフに会ったらよろしく伝えておいてくれ。俺には案内人兼パートナーがいたが……〝向こう〟は〝こっち〟と違って、ただ死なないだけの一般人がまともに生きていける所じゃないんでな。精々独学で魔法を学ぶがいいさ。あ、そうそう、あんたの場合は言葉も通じない仕様らしいから、まずは言葉を学ぶ方が先か。人里に出れば良いんだがな」
「な、何を言っているの……? 向こう? エ、エルフ?」
運営の決断は簡潔。この世界において消せないなら、他所にやれば良いだけ。こちらでは既に解析済みではあるが、他所の管轄では新たにデータ収集も
「あばよ『
「だから! い、一体なんの話……あッ!?」
……
…………
………………
彼女の行方を知る者はいない。その姿を見た者はいない。
少なくともこの世界においては。
ただ、とある異世界の魔物が跋扈する魔境にて、ヒト族の女が出口を求めて延々と彷徨っている……そんな怪談話があるとかないとか。
:-:-:-:-:-:-:-:
その男、異世界帰りにつき なるのるな @natumouhimari
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