第6話 死への誘い 6 与太話と確認作業

※3話同時公開 2/3


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 人のいない公園。異能によってこの場所への〝接続〟が〝拒否〟された状態。空間系の異能。一般人は当然として、生半可な異能者であっても、違和感を抱くことすらできないほどの芸当。


 聞くところによると、自身を中心とした周囲の空間や指定した空間に対しては、高精度の感知能力も有するのだという。藤ヶ崎紗月の幽体を感知したのはそれ。


 彼女が自覚的に異能を扱うようになってまだ半年も経たない。そもそも異能『接続』が桁違いの性能を持つ上に、宇佐崎紬は才ある者。「持つ者」だ。……決して本人が望んだことではなかったが。


「俺の与太話の続きは別にかまわないんだが……この空間を維持し続けるのは良いのか?」

「いつものことだし、大丈夫だと思います。自殺屋さんとは話し込むことも多かったので……」


 あっさりとした答え。紬は自殺屋である紗月ともこの公園で会っていた。不定期の密会場所であり、異能の扱いに関しての教室。


「ま、君がそう言うなら……で、話の続きだったな。『この社会に必要のない歯車はない』ってやつ。遥香はただの綺麗事だと感じただろう? あからさまに興味が失せたみたいだからな」

「……う……は、はい。綺麗事だと思いました」

「あくまでも社会を維持するシステムとしてだ。所謂社会的にハンデを持つ人々、弱者と呼ばれる人々、生産的ではない人々、孤独の中にいる人々……呼び方は何でもいいが、そういう人たちも社会の歯車としての役割はあるって話だ」


 鹿島秋良という男は、普段からくたびれた空気を纏い、その口調も淡々としている。今は更にその傾向が顕著。事務的な報告のようで、進んでしたい話ではないのが明らかなほど。


「役割ですか……?」

「先に言っておくが、遥香や宇佐崎さんが望むような話じゃないからな。要はシステムなりサービスの消費者としての役割は最低限にあるってだけだ。この日本の社会には、子供だろうが中年や年寄りだろうが、男だろうが女だろうが……隙間はあるが、様々な困難を抱えた人たちを助ける制度がある。当然、そのシステムを維持するには資源リソースが必要という話だ。逆説的だがな」

「……は、はぁ?」


 遥香にはよく理解できない。システムの消費者だの逆説的だのと言われても、パッと思いつくものがない。


「つまり『医者という仕事にはまず患者が必要』『消防士には火事が必要』……というような話ですか?」


 宇佐崎紬は腑に落ちた様子。


「そうだ。社会的な弱者という歯車が、弱者を助けるという別の歯車を生み出している。ま、俺はあまり好きじゃない考え方だがな。妙に納得したのは覚えている」

「え? ……よ、ようするに……た、助けられるだけの役割……ってことですか?」

「……もう少し綺麗事を加味して詳しく言えば、寝たきりで意思疎通もできない状態となっても……親だったり、兄弟姉妹に子や孫、恋人なり配偶者、友人知人としての役割を果たしているともいえる。『ただ生きてくれているだけで良いんだ』……というやつだな。そこにいるだけでも、誰かにとっては価値ある存在であり、役割を果たしているとも言える。……そして、そういう存在がいない人であっても、医療や福祉制度、システムなりサービスの消費者として社会に貢献している」


 それはただの詭弁とも言える。この社会を構成する人々を、歯車としての繋ぎ止めるための説明でしかない。


「……死んでしまいたいと願う人には、まるで響かないですよね。少なくとも、かつての私だったら、そんなことを言われても生きようとは思えません……」

「当たり前だ。これはあくまでも社会側の論理だ。日本は宗教という縛りで自殺を抑止するのが難しいからな。あなたには価値がある、役割がある、かけがえのない人なんだ……そういう言葉を何度も伝えて繋ぎ止めるしかないんだろうさ」


 秋良には一線ルールがある。どんな能書きを垂れても、結局のところは自身のルールに従い、暇つぶしに興じて生きる。飽きるまで。


 で人を殺す。


「……ありがとうございます。面白い話でした。があり、消えてしまいたいと望む私に……皆は『そんなことを考えないで』『悲しいこと言わないで』という言葉を投げかけてきましたけど……同じ内容であっても、心に響いたのは両親からの言葉だけでした。たぶん、あれが本当の意味での『生きてくれているだけで良い』……という心境なんだと思います」


 ブランコに座ったまま、紬が口を開く。


 消えたい。でも、両親のことを思うと胸が苦しい。だけど、生きているのも辛い。巡る思考のまま日々を過ごすだけの少女。


「ただの与太話さ。偉そうなことが言える立場でもない。必要のない歯車はない……そのことを理解した上で、俺は平気で歯車を壊す奴だからな。一線を越えたなら君とて壊す」

「……」


 宇佐崎紬は鹿島秋良を具体的には知らない。助けられた当初は、彼は黒いヒトガタの姿であり、彼女は心を閉ざして混乱もしていた。


 今は明確に理解している。異能『接続アクセス』によって、自分が接続している空間のこと、侵入者のことは把握できる。


 黒いヒトガタは鹿島秋良であり、異質な能力を持っていることが……嫌でも分かってしまう。


「自殺屋ははぐらかしていたが……君は自殺屋に力を貸したな? その異能を使っただろ?」

「…………」


 正直なところ、秋良は自殺屋の尻拭い自体はどうでも良かった。途中で宇佐崎紬の関与を知った後は、ただ確認したかっただけだ。


「……はい。自殺屋さんから『協力して欲しい』と言われ、この力を使いました」

「無差別殺傷を計画していた男と二世帯心中だな?」

「……そうです」


 自殺屋である紗月は当人が望んでいるならば、自殺なり心中を誘導することはできる。ただし、物理的に隠蔽するような能力はない。


 二つのケースは、発覚までにかなりの時間を要した。そこに異能の痕跡を秋良は見つけたのだ。


 特定の空間からの人払い。紬の異能の一端。


「君はその現場を目の当たりにして……いや、それはいいか。シンプルな質問だ。命を絶った当人たちは後悔していたか? 自殺屋に強制されていたように思うか?」

「……それは……わ、分かりません。でも……怖かった。人が死ぬということが……私は……あ、あんなに怖いものだったなんて……知りませんでした……」


 ある男は自分の境遇を嘆き、恨み、周囲への憎しみを撒き散らしていた。だが、自殺屋の〝説得〟によって、一人で死ぬことを選んだ。無差別に周囲を傷付ける様を眺めるよりも、自殺屋は別の手を思いついた。


 紬は彼の死に場所が人目に触れないようにと人払いをした。心が壊れたまま、言われるがままに紬は異能を使った。


 ただ、知らなかった。はじめて目撃することになった。人が死ぬ、その一部始終を。


 四十代の男。紬からすれば親世代の……所謂大人だ。


 その男が、泣きじゃくっていた。


『辛い。苦しい。なぜ俺はこんな風になっちまったんだ。戻れるならあの日に戻りたい。やり直したい。親父、母ちゃん……ごめん。こんな俺でごめんなぁ。ああ! 痛ぇ! こんなにも痛いのかよ! お、俺は、こんなことを人にする気だったのか……最低だ……お、俺はクズだ……!』


 何回も躊躇いながら、傷を作りながら、彼はナイフで自分の首を刺した。手首は駄目。首が確実だと自殺屋が囁いた結果だ。ちゃんと死なないと。殺さないと。


 血が溢れ、涙を流し……死ぬことではなく、こんな自分が嫌だったという後悔を抱きながら彼は死んだ。何故か手が血塗れ。


 次は親子二世帯の無理心中。

 世間ではニュースなどでも大々的にそのように報じられているが、実態は違う。紬は知っている。


 心中ではなかった。


 納得の上で死んだ。一人以外は……いや、皆が納得していたはず。心中とはいえど、実行した男は殺人犯としての不名誉を被る。それを依頼人の義父が申し出た。申し出た。逃げた? いや、彼は自ら買って出た。


 紬からすれば祖父と同世代の男。そんな大人も大人な男の人が、泣きながら、詫びながら、包丁を刺し入れた。妻に、息子に、息子の妻に。皆も泣きじゃくりながらそれを受け入れていた。それは自殺屋の囁きもあったが、当人たちは覚悟の上でのこと。覚悟……本当に?


 異様な光景、凄惨な現場。紬はその一部始終を眺めていた。異能を用いて、わんわんと泣き叫ぶ家族の声を遮断していた。周囲からの意識を逸らしていた。どういうわけか手が血塗れ。服も汚れてしまった。


「人の死は怖い。当たり前のことだ。命は取り返しがつかない。死んでしまえば、生きている間に積み重ねたものが全て失われる。怖くないはずがないだろう?」

「……はい」

「ま、そこに至る経緯はどうであれ、君その異能をもって理不尽を強要したわけじゃないなら良い。……君は人の死を間近に見ることで、死を恐れるようになった。死にたい、消えたいと思う気持ちが遠のいたのか?」


 秋良は生気のない瞳で宇佐崎紬を見据える。実際に会って、今の彼女を観察する。確認する。血の匂いを。


「……はい。わ、私は……生きます。まだ苦しいですけど、死にたいと思う気持ちは薄れました。……黒いヒトガタさん。私にも聞かせてください。あなたは……先輩を、勇斗さんを……殺したんですか?」


 紬の質問。既に確信はあるが、彼女も確認だ。早良さわら勇斗ゆうと……宇佐崎紬の想い人だった相手。未だによく分からない感情が込み上げてくる相手。


 入院中に彼女は聞いた。早良勇斗が病死したと。もちろん、病死したということをそのままに信じることはなかった。


 彼女自身にも何故かは分からないが、早良勇斗の死の真相を知りたいと願ったことが、彼女の意識が現実に戻って来るきっかけだった。


「ああ。俺が殺した。引き籠っていた君を無理矢理引き戻したあの日のことだ。あの廃ビルで、俺がこの手で直接に始末した。依頼されたということもあるが、あいつは俺の一線を軽々と越えていたからな」


 否定の余地もない完全な肯定。死について御託を並べた後で、あっさりと殺しを口にする。


「別にあいつのことを擁護する気はないし、殺したことに微塵も後悔はない。俺からすれば、異能によって人の意思を捻じ曲げて好き勝手にするクズな下衆野郎だ。だが、一方で早良勇斗には品行方正で模範的な優等生としての顔があったのも知っている。どちらが演技でどちらが本音という風に、単純化して切り分けることもできないだろうさ。事実、あいつの死を悼む人は大勢いた。本心から悲しんでいる人がな。……俺はそういうこともひっくるめて、無感動に人を殺せる奴だ」


 偽悪的な気取りではなく、ただの事実として秋良は語る。人にいくつもの顔があるのは当たり前。そのいくつもの顔の、たった一つが気に入らないという理由で……彼は殺す。


「……そうですか。私、先輩のことは嫌いです。憎い。だって……私にあんなことをしたんですから……当たり前ですよね? でも、今でも先輩の笑った顔が不意に浮かんでくるんです。一緒に歩いた道。他の子に見つからない様にって、わざわざ隣町のファストフード店に通ったこと。先輩がくれたプレゼントだって……捨てられないままなんです。……おかしいですよね? 私、まだ先輩の異能で操られてるんですか?」


 どこか困ったような、引きつった笑い顔で宇佐崎紬は問う。彼女の心には未だに早良勇斗がチラついている。


「……少なくとも、が君に残っているということはない。今の君の心の動きは俺には分からないし、安易なことは言えないが……人間なんてのは、自分の本心すらままならない生き物だ。早良勇斗にいくつもの顔があったと言ったが、それは君だって同じだろう。勇斗を憎いと思う君もいれば、勇斗の思い出を懐かしむ君もいるのかも知れない……いや、これは踏み込み過ぎだな。すまない。部外者が軽々しく口にするべきじゃなかった」

「……い、いえ……大丈夫です」


 紬の機微を秋良が真に理解することはできない。愛憎入り混じる感情があるのだろう……などということすら、安易に口にはできない。すべきではない。


「……とにかくだ。異能を扱うのであれば、自分なりにルールを見つけるといい。手っ取り早いのは、異能の管理組織である百束一門だな。連中は頼りないところもあるが、君は既に異能者であることがバレている。この世界で暮らしていくなら、百束一門の庇護を受ける方が無難だろう。こっちの卯月遥香も一門衆の一人だ。年も近いし、もし君にその気があるなら彼女に窓口の紹介を頼めばいい」

「う、うぇ? わ、私ですか?」

「……遥香は宗家のお嬢様とも知り合いなんだろう? 別に直接窓口になれとはいっていない。あの宗家のお嬢様なら悪いようにならないんだろ?」

「あ。そ、そうですね。葵さんへの紹介なら……はい。別に問題はないです」


 無人の公園での確認作業。本人からの聞き取りはこうして終わる。


 宇佐崎紬はこれからも心の傷を抱え、己の心の在り様に悩みながら生きていく。もしかすると、またすぐに死を望むようにもなるかも知れない。それは誰にも分からない。


 ただ、鹿島秋良は彼女からの事情聴取で確信したことがある。血の匂いを嗅ぎつけてしまった。


 解決屋は、まだ依頼を終えることができない。



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