第5話 死への誘い 5 自殺屋の後始末
※3話同時公開 1/3
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「さて、藤ヶ崎さん自身のことはどうでもいい。俺は俺の依頼を果たすだけだ。とにかく自殺屋は休業してくれ」
秋良の本来の目的は彼女のカウンセリングではない。藤ヶ崎紗月の目立つ活動を止めること。
ただの暇つぶし。気まぐれ。興味本位。何となくの好奇心……その行動理由は、解決屋たる鹿島秋良も似たようなものであり、どちらが良い悪いの問題でもない。強いて言うならどちらも悪い。所詮はどんぐりの背比べだ。
命を左右された人々からすれば、とんでもない話ではあるが。
「自殺屋ね……一応言っておくけど、別に無差別に死なせていたわけじゃないわ。基本的には『死にたい』と願っている人たちしか相手にしていない。その心の声を聞いて判断していただけよ……質問を続けるかどうかをね。そもそも、私には直接的に人を殺すような異能はないわ」
「……」
横で話を聞いていた遥香などからすれば、人の心を声を聞き、その心を誘導するような真似は……直接的な暴力よりも
「あんたが自分のルールで好き勝手やるのは自由だ。別にそれ自体に文句はない。ただ、あんたの行いが俺の一線を踏んでいる上に、運営の方から待ったがかかったってだけだ」
被験者。
殺すことができない相手。
秋良からすれば、だからどうしたという思いもある。如何なる理由があろうと、藤ヶ崎紗月は『
……本人の意思を確認するという一点を除いては。
「とりあえず、本人の望み通りなのかも知れないが、今の暇つぶしは止めてくれ。運営なり
「えぇ。別に長く続ける気もなかったわ。今回は、後輩である解決屋さんがどういう人なのかをちょっと見たかっただけ。ほんの気まぐれよ」
そう言って屈託なく無邪気に微笑む。それは、妖艶で思わせぶりな彼女とはまた別の顔。本当に無垢な子供のような
そんな彼女を目の当たりにして、卯月遥香は今日一番の
千年の時を生きる不死の化け物。
死を望む者の心を暴く。追い詰める。
ほんの気まぐれで人の命を
慣れもあるのかも知れないが、別系統の化け物である鹿島秋良よりも……遥香は藤ヶ崎紗月の中にこそ、理解不能なナニかを見た。
「……藤ヶ崎さん。俺はあんたが気に食わない。ある種の同族嫌悪というやつかもな。今回は
「ふふ。なんて恐ろしいことなのかしら」
彼女がその原型というなら、どうやっても殺せない……蘇ることを止められない。実体験を通じて、秋良は嫌というほどに知っている。
紗月や
「……一応聞いておくが、現在進行形でその悪趣味なちょっかいをかけている相手はいるのか? 異能が疑われる事件が何件かあるみたいだが……警察や百束一門に尻尾を掴まれるような真似は?」
藤ヶ崎紗月が〝戦えない〟というのは間違いない。ただ死なないだけの異能者。警察なり百束一門なりに捕まれば、自力で脱することができないのは確実。
「ふふふ。さぁ? どうかしらね?」
「(……面倒くさいが、マスターの本当の依頼はこっちか? 彼女の尻拭いを?)」
自分のことを〝運営〟が放置することはない。紗月は自分の価値を知っている。
好き勝手、気まぐれに振る舞っても、最終的には運営なり管理者なりが後始末……尻拭いをしてくれる。そういう計算ありきだ。
運営側を利用するのは同じだが、ある程度のギブ・アンド・テイクを前提とした秋良とはまた少し違う。
彼女は死ねないことで、いつの頃からか開き直って奔放に生きてきた。これまでもそうだし、これからもそうやって生きていくつもりだ。
今更に変わることなどできないのかも知れない。
「(マスターたち運営でも異能の再現は難しいと聞いていたが、彼女の不死の異能は既に解析済み。その再現すら可能としている。……さて、いつまで勝手が許されるかな?)」
自分の優位を疑わない不死者。
だが、秋良は藤ヶ崎紗月の〝終わり〟を薄っすらと察している。
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……
…………
………………
「……あの藤ヶ崎さんは、秋良さんのルールに反してないんですか?」
日が沈むのを名残惜しむのか、あるいは夜の訪れを待ち望むのか……そんな時間帯。
「さてな。個人的には始末したいが……微妙なところだな。そもそも殺せないというのもあるが、気まぐれとはいえ、彼女は死にたいと願っている者……希望者にしか関わらないと言い張っているからな。それに、警察の話では無差別殺傷の計画を……拡大自殺を企てていた奴が一人で死んでいた。彼女がそう仕向けたんだろう。ま、当人が本当に死にたいと願っていたのかは……確認のしようもないんだがな」
「……」
理不尽を強要する異能者。
秋良は自身のルールを越えた連中に対して容赦しない。短い付き合いではあるが、遥香は嫌というほどに見せられてきた。
百束一門の落ちこぼれ……「持たざる者」だった彼女は、思わず失笑したほどだ。
『この人からすれば、百束一門の人たちと私に差なんてないんだ』
比べるのも
戦うという一点に関しては、隔絶した能力を持つ解決屋。
ただ、遥香からすると彼は細かい。自分の定めたルールに煩い。
明らかに感情的に気に入らない相手であっても、ルールに反しない限り殺さない。相手によっては軽くぶちのめしたりはするが……それでも殺しはしない。
今回の藤ヶ崎紗月もそう。理不尽な存在ではあるが、強要はしていない。希望者の前に現れるというやり方。少なくとも、自殺屋が理不尽を強要しているという確証が得られていない。
「……秋良さんは窮屈じゃないんですか?」
人を殺しても、法制度を逸脱しても、その隠蔽にすら困難さはない。気付かれない。警察や百束一門すら出し抜ける。
なのに、頑なに己に課したルールを遵守している。ルールの中にいる限り、普段の秋良は驚くほどに普通だ。それが遥香の目には奇異に映る。
「……あのなぁ。力があるから何をしても良いというのは、あまりにも幼稚過ぎるだろ? まだまだ遥香はガキだな」
彼女の質問の意図を明確に理解した上で、呆れたように応じる。
「……すみませんね。ガキで……」
「拗ねるな。俺はある意味で安心してるんだ。百束一門での教育を受けた遥香が、その程度にガキなのは……本来は喜ばしいことだ」
「……?」
秋良が思いを馳せるのは、異世界での〝戦士〟たち。
ヒト族同士をはじめ、魔物だったり他種族なりとの戦いが日常だった世界。
魔法を使える者は、幼い頃から戦士としての英才教育を受けて戦いに身を投じる。才ある者なら、十歳ほどで戦場に立つことも珍しくはない。
殺し殺されるのが当たり前の世界。力を持つという意味を嫌でも叩き込まれる。
当初は百束一門の者を、秋良は〝戦士〟だと認識していたが……今は少し違う。戦士もいるが、そうじゃない者の方が多い。
「(……向こうでは感覚が麻痺していたが、子供が子供らしくいられるのは、こっちの世界なら当たり前のことだ。むしろ百束一門の方がこっちの常識としてはおかしい。ま、向こうの戦士養成に比べるとヌルいみたいだが……)」
初対面の、遥香が逃れられない死に直面していた時には、彼女のことを戦士だと勘違いしたが……何のことはない。普通に子供だった。死にたくない。生きたい。普通に暮らしたいと泣く幼子。覚悟を持った戦士などではなかった。
今の秋良にとって、性が合っているのは間違いなく向こうの世界だが……どちらが〝良い世界〟かと問われれば、こっちの世界だと彼は即答する。
力無き者が踏み躙られるのはどちらの世界も同じだが、まだこちらの世界には法制度による救済がある。少なくとも、この日本においては。
子供が戦士として覚悟を持ち……殺し合う日常などはない。
「それで……私がガキなのは良いとして……今回の藤ヶ崎さんはグレーとして見逃すってことですよね? ……じゃあ〝彼女〟はどうするんですか?」
「さて……それが問題だな」
二人がいるのは公園。
ただし、周囲には誰もいない。
鹿島秋良と卯月遥香。
そして、もう一人の異能者がいるだけ。
異能『
とある事件の被害者にして、現在進行系で自殺屋がちょっかいをかけていた相手。
誰も寄せ付けない公園のブランコに座り……静かに眠っている。
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……
…………
………………
宇佐崎紬は一年ほど前に異能に目覚めた。
それは彼女にとっては間違いなく不幸な出来事であり、その過程で心が壊れた。異能『接続』の能力をもって拒絶した。世界を。
が、引き戻される。
『接続』で逃げ込んだ場所は無理矢理に壊され、元の世界に放り出された。
黒いヒトガタの仕業。
結局のところ、彼女はそれから一ヶ月の間、意識は覚醒しているものの、刺激に対して反応がないぼんやりとした状態が続く。心を閉ざしたまま。
現代医療での治療と並行して、百束一門の異能による治療も開始されたが、目立った効果は得られなかった。
ただ、そんな日々の中、彼女は突然に本格的に意識が戻る。外部の刺激に反応を示すようになる。
そのきっかけは皮肉なことに、自分を洗脳して好き勝手にその心と体を
壊れていた心が反応する。目覚める。
以降、表面上は事件のことなどについては『あまり覚えていない』と言いつつも、彼女は日常へと戻っていった。
はじめは腫れ物に触るような扱いを家族からも受けていたが、以前と同じような態度を取る本人に安心してか、次第に周囲も日常へと戻りはじめていた。
彼女は未成年の一般人である上に被害者。その事件の経緯や内容が内容だけに、流石の百束一門も強引にことを進めるような真似はしなかった。
だが、宇佐崎紬は全てを覚えている上に異能を認識していた。
消えてしまいたい。死にたい。眠り続けていたい。
でも……心から私を心配してくれる両親のことを思うと……。
そんな想いを抱えながら、普通のフリをしていた時……彼女は出逢ったのだ。
自殺屋。不死の化け物たる藤ヶ崎紗月に。
……
…………
………………
「迷惑な話だ」
秋良はぼやく。
宇佐崎紬のことは覚えている。忘れるはずもない。理不尽な力に翻弄されていた、まさしく被害者だ。
あの時も運営からの……
壊すしか能のない秋良には、彼女の壊れた心を癒すことなどできず……マスターに泣きつくも『個人の心なり精神に干渉することはできない』とすげなく断られる。
結局、現代医学なり百束一門の異能なりに後を託す結果となったのだが……。
「(まさか自殺屋が彼女と接触していたとはな。しかも、ご丁寧に異能の使い方の指南まで……まったく余計な真似を。彼女が『
鹿島秋良は、自身の引いた
それこそが鹿島秋良の決めごとであり、理性。壊れながらもバランスを保てている理由。
そもそも、時々の感情の向くままに力を振るうような真似をすれば……運営に処分されるだけ。かつての元勇者のように。
「私は詳しく知りませんけど……彼女は異能によって行方不明となっていた子ですよね?」
「あぁ。
宇佐崎紬は眠ったまま。ブランコの上で器用にバランスをとって俯いている。
外部からの接続を断つ……〝拒絶〟することで、無人の公園を作り上げる。
この時間帯に、無人の公園でしばらく過ごすのが彼女の日課なのだという。
紬の『死にたい』という願いを嗅ぎ付け、自殺屋として紗月が不可視の幽体で接触した際、彼女にはあっさりとバレた。紗月の姿を認識して声も聴こえていたのだとか。
紗月はすぐに紬が異能者であることに気付き、興味本位で対話を続け、その間に異能の使い方のコツなどを教示していたとのこと。
その成果が今の無人の公園。
秋良には彼女の〝拒絶〟は通じないため、宇佐崎紬の聖域に無断で踏み込んだという次第。
当然に侵入者のことは彼女とて知っているはずだが……紬は動かない。
「……どうするんですか? このままですか?」
「彼女の日々のルーティーンのようなものなんだろうさ。俺たちの存在には気付いているだろうし、時間が来れば起きるんじゃないか?」
秋良たちは雑談に興じながら待つのみ。
自殺屋である紗月が、直近で関与した事故なり事件なりは複数あったが、そのほとんどが不自然な点がありつつもただの不審死、自殺として処理されていた。
異能の関与が疑われたのは二件。
まず、四十代男性の路地裏での不審死したケース。これは、通り魔的な無差別殺傷を計画していたため、本人だけで死ぬようにと紗月が誘導したらしい。
警察の方も、死亡した当人が自暴自棄になり、無差別の襲撃を企てていたことは突き止めていた。不可解な状況はあるものの、このケースは異能の関与もだが、まずは公安警察へ情報提供がなされたとのこと。
もう一つのケースは、市営住宅での親子二世帯の無理心中……と、それに関連した一連の不審死。こちらは異能の関与が濃厚とされており、異能関連の担当者が密かに捜査を行っている状況。
藤ヶ崎紗月に辿り着く可能性は低いが、秋良はそれとなく推移を見守っている。
こちらのケースに関しても、凄惨な事件ではあるが、紗月曰く『当人たちの同意の上』であり、遺産の管理を狙っていた親族の事故死について不審な点はあるが、それは親族同士の諍いによる〝普通の殺人〟とのこと。
「どうせガキな私からすると……無差別殺傷はともかく、死にたいと願う人たちを死なせるのは……別に良いんじゃないかって思います。実際、私だって死にたいと願っていた側ですし……」
遥香が呟く。ただ、その声に力はない。
それは、自殺屋である藤ヶ崎紗月に出会ってしまったから。彼女が望む人たちを死へと誘うのは、死にたい当人ではなく、彼女自身の気まぐれや好奇心、暇つぶしの類だと知り得てしまったから。
「死にたいなら、周りを巻き込まずに一人で死ね……か」
「はい? ……え、えぇと、死刑になりたくてやったとか、死ぬために人を殺した、誰でも良かったとかいう……犯人への批判ですか?」
「素人のコメンテーターがそういうことを感情的に語り、専門家が『勝手に死ねで終わらせるのではなく、同じような人を出さないためには、犯人の心理や背景を考えなければ……』とか言ってやんわりと諌めるという構図があるだろ?」
「え、えぇ。見たことがあるかも……?」
遥香の独り言のような呟きに秋良が応じる。もっとも、遥香からすると若干のズレを感じる内容。
「人というのは社会を構成するパーツ……歯車だな。その歯車が自分の意志で勝手に壊れられると困る。歯車が減るというのは、社会を維持するための
「は、はぁ……?」
「人は死ねば終わりだ。だが、死んだ当人だけでは済まない。死別反応と言うんだが、遺族や親しい人たちは悲しんだり苦しんだりする。特に自殺者の遺族は病死や事故死よりも強い死別反応があるという。あくまで一般論だがな。……ま、そうなると、死んだ当人以外も歯車としての動きが鈍くなるわけだ」
「……」
秋良は自殺が肯定されない理由を語っている。遥香の呟きを否定している。
「……てっきり、秋良さんは「死にたいなら勝手に死ね派」かと思ってました(割とあっさりと
「今のはあくまで社会を維持するためのシステムとしての話だ。……一応、俺はこうなる前は福祉を学んでいたこともあるからな。まぁ、俺自身は自殺を肯定も否定もしない。異能を用いて、他者に理不尽を強要するなら『
シンプルな論理。己の感情すら判断基準に含まない。
「……じゃあ秋良さんは、死にたいと願う人が死ぬこと自体は否定しない? あと、そのシステムの話だと……元々歯車として機能していない人、死んでも誰も悲しまない人、社会に影響のない人なら……死んでも良いってことですか?」
自分でも少しムキになっているのが分かるが、遥香は秋良に質問をぶつける。
「持たざる者」であった遥香は、双子の弟である桐雄以外には、誰にも必要とされていなかった。両親からも失敗作として辛く当たられた。
力を得たことは秘密なため、表面上は卯月遥香の状況は変わっていない。
ただ、自ら命を絶とうとは思わなくなっただけ。
桐雄がいなくなった今、自分の死が周囲にマイナスの影響を及ぼすとは思えない。悲しんでくれる人は数人はいるかも知れないが、それもその時だけのことだろう。日々の生活や社会活動に支障をきたすほどには引き摺らないはず……。
そんな風に遥香は考えてしまう。
「『この社会に必要のない
「…………そうですか」
超越した異能を持つだけで、鹿島秋良もただの人か。所詮は綺麗事を吐く大人……遥香は若干の失望を覚える。もしかすると、この人は綺麗事以外の答えを持っているんじゃないかと、少し期待してしまっていた。
「……だが、それは一種の冷たい論理としてだ。たぶん、遥香が思うような綺麗事でもない」
「……え?」
「ま、こんな話に興味を持ってくれたのか……それともいつもの時間がきたのか……とりあえず、眠り姫の覚醒だな」
秋良の生気のない瞳が捉えているのはブランコに座る少女。
その瞳がゆっくりと開く。俯いた顔が上げられていく。
真っ直ぐに秋良と遥香を見据えている。
「……できれば、私もその話の続きを聞かせて欲しいです」
異能『接続』を扱う異能者。
宇佐崎紬。
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