第4話 死への誘い 4 不死の苦悩
※2話同時公開 2/2
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ごく普通の一軒家。多相市の郊外に位置しており、周囲は田んぼと山という環境。
ただ、周辺の古くからある日本家屋的な造りと違い、断熱がしっかりとされた、窓が少なめな倉庫のような外観。今風の戸建て。
市街に住んでいる者からすればかなりの広さだが、ここらでは普通の範疇だろう。
藤ヶ崎紗月は、そんな家に一人で暮らしいる。もう既に二年が経過しているが、田舎気質の周囲の住民からの好奇の目は未だに収まってはいない。
ただ、嫌悪ではなく、むしろ好意的なものだ。
明らかに夜の仕事をする風であり、自宅に戻ってくるのは三日に一度程度。
しかし、会って立ち話をすれば気さくで特に気取ったところもない。若い女が新築の戸建てに一人暮らしというだけでも、やれ愛人契約だのと言われているが、男の出入りは一切ない。それどころか、町内の細々とした集まりやゴミ当番には欠かさずに出ており、普段の暮らしは堅実で質素な様子も窺える。
田舎の……地域の暗黙の了解についても理解しており、特に出しゃばることもなく、さりとて周りを無視するような素振りもない。そっと静かに地域に溶け込んでいる。
謎に満ちた隣人への興味が、周辺の人たちのちょっとしたトピックだったりする。
そして、ついに彼女の家に訪問者が。
何があるというわけでもない。彼女にも私生活で付き合いのある友人もいるだろうし、仕事の関係者もいるはず。
それでも、近隣の人たちの興味は尽きない。
……
…………
「……悪趣味なことだな」
近所で噂となっている家。
そのリビングに通された訪問者の一人……鹿島秋良が溢す。
部屋の調度品などはシンプルながらにも質の良い物が使われており、まるでモデルルームのような統一感が保たれている。
彼が語る趣味の悪さとは、当然ながら、室内の調度品やレイアウトなどではない。
良くも悪くも、まだまだ田舎の香りが残る場所で、わざわざ謎を振りまくような行動をすることに対してだ。周囲の混乱や好奇の目を楽しんでいるようにしか思えない。
「ふふ。一体何のことかしら?」
白々しく受け流すのは家の主人たる藤ヶ崎紗月本人。
明るめの黒系統でまとめた、シックな装いの女性。若い女に間違いはないが、どこか年齢不詳で妖艶な雰囲気を醸し出している。
秋良の添え物として同行している卯月遥香などは、同性ながらその姿に見惚れた。顔やスタイルも整っているが……彼女の纏うその空気感に、思わず心を奪われてしまうほど。
ただ、秋良はそんな紗月の見た目にも雰囲気にも……感じ入るようなことはない。むしろ、原色系なカラフルさを持つ毒蛙だったり、毒々しい昆虫を想起していた。あるいは、人工的な誘蛾灯か。
「……遥香。よく見ておくといい。まだ君には理解できないだろうが、数をこなせば何となく分かるようになる。この女はそのサンプルとしては分かり易い方だ」
「……え? は、はぁ……あ、秋良さん、一体何のサンプルなんですか?」
本人を前にして、あまりにも不躾な引率者の言動にドキドキしながら遥香は問う。その答えが碌でもないことを承知の上でだ。
案の定……
「人殺しのだ。それも怨みつらみや損得勘定ではなく、遊びや暇つぶしでソレができる奴のサンプルとしてだな。……なぁ、そうだろ?」
遠慮のない秋良。ただ、直球をぶつけられた、当の藤ヶ崎紗月もあっさりとしたもの。
「ええ。その一点についての異論はありません。ただ、あなたに言われたくないんだけれど?」
「ま、個人の感想ってやつだ。その分、俺のことを何と評しても文句はないさ」
「……」
遥香には詳しい事情は分からない。ただ、目の前の二人には、何らかの共有するものがあるのだと理解した。それを知りたいとも思わない……そんなナニかを持つ〝壊れた〟二人。
「……それで? 結局、あなたは運営なり
「あんたが何をやってるのか、具体的なことは何も聞いていない。ただ『目立ち過ぎだから自殺屋を止めろ』ってだけだ。逆にこっちが聞きたいね。あんたは何をやって運営に目を付けられたんだ? 直接的な暴力とかじゃないのは分かるが……自殺屋の噂通りに希望者を死なせているのか?」
黛エージェンシーの調査結果。その中には、直接の関与はもちろん不明としながらも……ここ最近の不審死や警察が異能を疑う事件などがピックアップされていた。
秋良は伝手のある警察の異能担当にも軽く確認したが……何件かに異能の痕跡はあるが、どんな能力が使われたのかまでは不明のままだという。
いつもなら現地の確認くらいはする秋良だったが、今回は別。何せ張本人の居場所が分かったのだから。本人に聞く方が手っ取り早いとなり……今に至っている。
「まず、解決屋さんは……〝普通〟の被験者ね? 別の場所で何年かを過ごしたんじゃないの? で、戻ってきた。違う?」
「……あぁ、その通りだ。そういえば、あんたは〝現地の協力者〟だとか〝この世界のバグ〟とか言われていたな。あと、俺とは別口の被験者だとも……」
「ふふふ。世界のバグ……言い得て妙というところね」
秋良の添え物であり、ただの置き物となっている遥香には、二人が何の話をしているのかが分からない。意味が分からないということではない。認識が阻害されているため。それは
この世界の成り立ちについては、被験者以外に伝わることはない。如何に異能者であろうと、それらの情報についてはシステムから遮断される。もっとも、何事にも例外はあるが……卯月遥香がアクセスできる情報ではないということ。
遥香は遥香で、秋良と行動を共にする中で、このようなことが度々あるため、今ではいちいち混乱することもない。『あぁまたコレか』と割り切っている。
「気付いているだろうけど、私はあなたのような直接的に暴力を行使するような異能者じゃない。あと、こっちは知りようもないだろうけど、私はこの世界において千年以上の時を……百束一門が集団としてまとまり始めた時代から生きている。いえ、あなたには〝死んでも
秋良の脳裏に浮かぶのは〝アキ〟として過ごした記憶。異世界での日々。そして……
「……なるほど。向こうで俺に植え付けられたあのえげつない
「らしいわ。ただ、私も詳しいことは分からない。私は元々〝こう〟だったから。年は取るし、お腹も空くし、排泄だってする。子供を産んだことだってあるし、その子や孫を見送ったこともある。ただ……死なない。死んでも蘇る。私を担当していた管理者は『それが貴女の異能なのだろう』と言っていたけど……さてどうなのかしらね?」
さらりととんでもない情報を出す紗月。〝死なない〟という異能を持つ者。
「それが本当なら、確かにマスターが言っていたように始末できないな。向こうでは俺も大概散々な目に遭ってきたが……魔法なんていうトンデモパワーがありながらも、俺を殺しきったり、蘇らないように封印することは誰にもできなかった。……どうでも良い話なんだが、俺は向こうでは老いについては不可逆的だったんだが、あんたは違うのか?」
「私にも老いはある。ただ、死んだ時に任意の年頃で蘇ることができるのよ。赤ん坊からやり直すことも、八十代九十代の姿になることもね。あぁ、後は幽体離脱的なこともできるわ。でも……それだけよ。他はただの一般人と変わりはしないわ」
「……それでも十分過ぎるほどに異質な特性だな。あぁ、一つ抜けてるだろ? あんたは他者に自殺を強要できるんじゃないのか?」
「……」
秋良はマスターが言っていた〝バグ〟の意味を理解した。運営側が手を加えていない……自然発生でありながら異様な個体。彼女が被験者として選ばれたのも納得だ。ただ、今本人が言った能力だけのはずもない。意図的にせよ無意識的にせよ、隠している能力の一つや二つはあるだろうと秋良は見ている。
「ふふ。別に自殺を強要できるわけじゃないわ。ただ、幽体離脱の真似事をしている時に人に触れると、その人の心の声が聴こえるのよ。そして、私は問う。何故そんな風に思っているの? ってね。自殺なんかは、あくまでその結果よ」
「……えげつないことを……。人の心なんぞ、問いを繰り返していけば極論に行きつくだろうに」
「私はただ知りたいのよ。何故に人は死にたがるのかをね。私には理解できないものだから……」
千年の時を生きても、紗月はただの人でしかない。特殊な力なり特性なりを持つが、分からないことは分からないまま。死ねないからこそ、本当に死んでみたいとは思うが……どうしても実感がないのだ。だからこそ、死にたいと願う他人の心の声を聞く。問いかける。
「あんたの死と蘇りが、異世界で俺が経験したのと同じなら……確かに地獄だな。狂いたくても狂えない。死ねば精神もリセットされてしまう。だから積み重ねがない。……理解できないのか……自分の心も、他者の死にたいという思いも……」
秋良は一足飛びに結論へと至った。納得した。恐らく、紗月には理解できないだろうということを。
「遥香。聞いているか?」
「……え? は、はい。聞いてますよ?」
「
「はい? ええと……彼女が……藤ヶ崎さんが、死なない異能者だっていうのは……聞き取れましたけど……幽体離脱で人の心が読めるとか何とかって……」
「そうか。なら良い」
「?」
秋良と紗月の会話は、運営に関与しない遥香には認識阻害がかかっている。それを改めて確認する。不死の話については、別に聞かせても良いと運営が判断しているということ。
「なぁ、藤ヶ崎さん。俺はあんたの気持ちを多少は理解できる。もっとも、残念ながら、あんたの疑問が解決しないのがハッキリ分かったってだけだがな」
「……解決屋さんには私が理解できるのかしら? 私の疑問に応えられるの? なら、是非に教えてもらいたいんだけど?」
「……いや、だから無理なんだ。あんたは自分自身の深い部分を理解できない。俺も同じ状況を経験して、〝元に戻った〟からこそ分かる」
哀れだ。
それが秋良の感想。
死と蘇りの螺旋。どうあっても生きるしかないという状況。それは定命の存在が耐えられるモノではなかった。
少なくとも、秋良は精神の均衡を保つために擦り切れてしまった。人として壊れた。それは生まれつきとはいえ、人という生物の括りにある以上、藤ヶ崎紗月も同じだろう。壊れている。
だが、秋良はこの世界に戻ってきた。不死なる存在から定命のか弱き存在に。
壊れた大部分は元に戻ることはなく、未だに壊れたままではあるが……死と蘇りによるリセットはなくなった。少しずつ積み重ねていく。彼はこの世界に戻ってきてから、更に深く考えるようになった。その結果が、鹿島秋良の一線でありルール。
「当時は擦り切れて壊れていただけで、俺もよく分かっていなかったんだが……こっちに戻ってきてから、リセットされない日々を過ごす中で思うこともあった。たぶん、藤ヶ崎さんにはソレがない。できないんだろう。さっきも言ったが、ニンゲンなんて生き物は、深く考えればシンプルな極論に行きつく傾向があるんだろうさ。だが、不死たる者の思考や感情はそこまで辿り着かない。同じところをグルグルと回り続ける。ま、詳しい理屈は分からないが……それが生物として死なないことの弊害なのかもな。もし〝今〟の俺が再び不死たる存在になったとすれば……間違いなく狂う。更に壊れる。……そうならないように、何らかのリミッターが働いている状態が……今の藤ヶ崎さんなのかも知れない」
他者への共感が薄い。
自身の心を深く理解できない。
悩み続けても結論が出ない。
それらは不死であることに対しての、生命体としての防衛反応のようなものなのだろうか。あくまで秋良の経験からの思い付きのような仮説に過ぎないが、彼は藤ヶ崎紗月をそのように評する。
「……私はいつまでもこのままということ?」
「真相は知らない。だがそう思う。少なくともかつての俺はそうだった。もっとも、当時の俺は同じ時間を共有できる愛する人がいたがな。どうだい? 藤ヶ崎さんもそうじゃないのか? 愛する者と過ごす日々の中では、不意に死にたくなる、いっそ狂いたくなるという衝動はあっても、虚無感に引きずられた今ほどではなかったはずだ」
「……」
人はか弱く愚かな生き物。それは誰もが知っている。ただ、現金なもので、心が満たされていると途端に鈍感にもなる。
自身を取り巻く環境は変わらず、問題が何一つ解決していなくても……愛する人が傍にいるだけで安心してしまう図太さがある。
「……ふふ。言われてみればそうかもね。私が他人に興味を向けるのは、確かに傍に誰もいない時期と重なっているのかも知れない。暇を持て余して気まぐれに動いているってことね……」
「その点については俺も人のことは言えない」
秋良は、ふと横に座る遥香を見る。
彼女は「持たざる者」として、緩やかに生きることを諦めていた側。しかし、「健康な体」という望みが叶った時に……生きることを、生き続けることを渇望した。絶望の淵で見た希望に……必死で縋ったという経緯がある。
「……な、何ですか?」
「いや、何でもない。君は俺や彼女と違って〝ちゃんと生きている〟よ」
「は、はぁ……?」
生気のない瞳が、改めて壊れた同類に向けられる。
「……藤ヶ崎さん。人ってのは自分勝手で都合の良い生き物だ。満たされた状態のままで死にたいと願う者もいれば、絶望に囚われて死を望む者もいる。何かのきっかけで衝動的に死に直結する行動を起こしてしまう者もいるだろうさ。異能だの魔法だので心の声を聞いたところで、それが当人の本心かどうかなんて分かるはずもない。何せ自分にだって自分の心が分かっちゃいないんだからな。人ってのは、か弱く図太く、説明できない意味不明な矛盾を抱えた生き物なんだと思う。悪いが、藤ヶ崎さんの行動は無意味だ。何をどうしようとも、他者が死にたいと願う本当の理由なんてのを知ることはできない。もし仮に知り得たとしても、本心から共感することもできないだろうさ」
千年の時を死ねずに生きる世界の〝バグ〟。
彼女とて、人の世を
「私自身に制限がかけられている……か。そんな風に考えたことはなかった。単に学びが足りない、事例が足りない……としか思ってなかったわ。いつか必ず答えに辿り着くことができると……信じたままだった。ふふ。自覚した上で振り返ると、確かに幼稚な考えね。私は、同じところをグルグル回っているだけなんだ……」
「ま、あくまで個人の感想ってやつだ。今の話が正解かを確認する術もない。マスターに聞いたところで、答えてくれるはずもないだろうしな」
カナシミさん、五月様、自殺屋……彼女の活動が実を結ぶことはなかった。
それは不死たる者が持つ制限であり苦悩。
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