第3話 死への誘い 3 同類

※2話同時公開 1/2


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 藤ヶ崎ふじがさき紗月さつき


 戸籍上では二十六歳。女性。

 故郷の両親は既に故人であり、兄弟姉妹もいない。父側も母側も親戚付き合いはなく、今となっては天涯孤独の身だという。


 今はとある高級クラブでホステスとして働いているが、客はおろか店のママや他のホステスとのプライベートな交流などはなく、その私生活は謎。


 時折同伴として店の外で会おうとする客もいるが、彼女はその一切をお断りしている。それが元で客とトラブルになることもあるのだとか。


 ただ、そのようなことになれば、彼女はあっさりと店を辞める。引き止められても素知らぬ顔。あちこちで様々な店を転々としている模様。


 十代の学生時代に多相市に住んでいたこともあったという情報もあるが、真偽は不明。そもそも、彼女が本当に「藤ヶ崎紗月」であるかすら定かではない。


 黛エージェンシーの調査によれば、かつて「藤ヶ崎紗月」だった女性と、現在の彼女は別人の可能性があるというところまで調べがついた。もっとも、あくまで証明のしようがない未確定の情報ではあるが。


 とにかく、彼女が本格的に多相市に戻ってきたのは二年前。


 かつて『五月様』の噂が盛んだった時期とは少しズレているが、『自殺屋』の噂とは一致している。


 ただ、そもそも『五月様』は全国区の都市伝説だっため、彼女が住んでいた地域などは関係がないのかも知れない。


「ありがとうございます。詳細な情報、毎度毎度すみませんね」

「いえ。お構いなく。むしろ、以前のお礼としては全然足りていないと感じていますので……」


 黛エージェンシーの応接室にて鹿島秋良と黛香織が向き合っていた。二人の間のデスクには、藤ヶ崎紗月に関しての調査報告書とタブレットが広げられている。


 隠し撮りをした写真と映像を確認しつつ、香織が補足説明を行っていた。

 ちなみに、秋良からの依頼で黛エージェンシーの人員を動かしているが、調査料等は黛香織の自腹だったりする。あくまで秋良への恩は個人的なモノだという線引き。


「ま、ありがたいのは間違いないのですが……この写真、彼女の働くクラブにまで行きましたね? 頼んでおいてなんですが、あまり刺激するような真似は止めた方が良いと言っておいたでしょうに……」

「ええ。違和感があれば引いても良いとお聞きしていました。その上で彼女にはがなかったので、少し接触した次第です」

「……はは。黛さん、それは甘い考えですよ。既に彼女は接触した男性の調査員のことも、黛エージェンシーのことも、貴女個人のことも知ったようですよ?」

「まさか……?」


 ぼんやりとした、秋良の生気のない瞳が香織を捉える。いや、違う。彼が〝視ている〟のは彼女の後ろ。そこに佇むナニかへ視線を向けたのだ。


 秋良と香織。応接室には二人しかいなかった。だが、今は違う。三人いると表現したら良いのか、二人と一体と表現するべきなのか……とにかく、半透明の「藤ヶ崎紗月」がそこにいた。


『やはり私が視えているようですね』

「そりゃね。ここまで分かり易くアピールされると、気付かない方がおかしい」

「……鹿島さん。ここに彼女が?」


 香織にはその姿を見ることはできない。声も聞こえない。


 しかし、明らかに鹿島秋良はナニかに話しかけている。それを一人芝居だとか、幻覚幻聴だと断じるほど、香織は世の不思議を知らないわけでもない。


 彼女は異能という超常の現象を知っている。


「……こんなにあっさりと出てくるのなら、勿体つけずにさっさと出てきて欲しかったな」

『それはごめんなさいね。でも、どうせあなたも〝運営〟の手先なのでしょう?』


 何らかの異能。それも秋良では瞬時には見破れない……つまりは異世界由来の魔法とは別系統の能力ちから


「さてね。……あぁ、ちょっかいを出したのはこっちが先だが……黛さんや黛エージェンシーの方々に危害を加えるなら容赦はしない。殺すのは無理らしいが……やりようはありそうだからな」


 秋良は既に臨戦態勢。マナを体内に巡らせつつ、幽霊のような彼女を捉えている。その繋がりのある本体……実在する「藤ヶ崎紗月」の大体の方向と距離程度は把握した。


『……今回の〝運営〟の手先はえらく物騒なのね。私は非力で戦う力なんてないから……落ち着いてくれるかしら?』

「ご心配なくだ。俺は今も落ち着いている。落ち着いたままにあんたを壊せる。何が非力で戦う力がないだ。今は実体のない生霊みたいなモノなんだろうが、それでもあんたからは〝血の匂い〟がする。数えるのも億劫なほどに殺してるだろ? そんな『クズ』を壊すのが俺の暇つぶしなんでね」

『……』


 淡々と物騒なことを口にする秋良。

 香織には紗月の声が聞こえていないが、秋良が語る言葉からは、近所のカフェ紹介などの平和的な雑談だとはとても思えない。


『……本気みたいね……『解決屋』なんて面白そうなことをしてるから、一体どんな人なのかと思ってたんだけど……ここまで物騒な追手は初めてよ。いいわ。ここは引き下がります。話がしたかったら、次は貴方が直接会いに来て頂戴』

「心配しなくとも、すぐに会いに行くさ」


 秋良の返答を待つ間もなく、紗月は消える。いきなり、時間と空間を切り取ったかのような消え方。秋良には思い当たる類似の魔法はいくつかあるが、そもそも魔力マナの気配がない。異世界の術理とはまた違うモノというのが確定している。


「……か、鹿島さん?」

「引き下がると言って消えました。ま、しばらくは身辺には気を付けて下さい。俺はとっとと本人と〝話し合って〟きますよ」


 黛香織は秋良の〝話し合い〟はスルーしておく。どう考えても平和的な匂いがしないが、彼女は探偵業の倫理として『依頼人が調査結果をどのように扱うかは関与しない』という一線を引いている。


 香織たちの仕事は、その調査結果によっては人死にが出ることさえあるのだ。己を律しないと、ズルズルとだらしなくなってしまう。金やコネにと傾けば、あっという間に外道の仲間入りだ。もちろん、他者からすれば現時点でも『コソコソと人の後を尾行つけまわすドブネズミ』だの『薄汚い情報屋』などと罵られることさえある。


 一線を引く。それは良く言えば職務上の美学であり、悪し様に言えば自分たちへの言い訳に過ぎない。


 ただ、秋良はそんな黛エージェンシーの在り方を好ましく思っている。


 彼の一線……その暇つぶしに比べれば、彼女たちは余程に健全なのだから。


「……それでは、今回の調査はここまでということで?」

「ええ。もし何らかの異常があれば教えて下さい。元はと言えば、依頼した俺の所為でもありますからね」

「分かりました。ですが、鹿島さんの忠告を聞かなかった点については謝罪します」


 香織は静かに頭を下げる。

 調査対象者である「藤ヶ崎紗月」を侮っていたのは事実だ。彼女が『異能者』だとしても、どこぞの『解決屋』とまではいかないだろうと……感覚が少し麻痺していた。


「黛さんもご存知のように、異能を持つ連中のほとんどは〝普通〟ですし、常識というブレーキを備えている。ただ、一部にはブレーキが壊れているか、そもそもない奴も混じっています。……今回の「藤ヶ崎紗月」は、残念ながら俺と同類だったようですね」

「……」


『解決屋』も『自殺屋』も……〝一般人〟が相手取るには不味い相手だったということ。



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 ……

 …………

 ………………



「……私も行かないと駄目なんですか? 今回は不味い相手とか言ってませんでした?」

「特別な実地研修だ。今回の相手は俺が知る術理からは若干外れているが、命の危険はないと判断した」


 くたびれた三十路過ぎの男と十代の女の子とのセット。

 明らかに血縁ではないだろうその見た目と距離感のバランスから、若干いかがわしい香りがしている。


 鹿島秋良と卯月うづき遥香はるか


 異世界帰りの男と『異能』を受け継ぎ命を繋いだ子供。


「……もしものときでも、私は役に立てませんよ? 未だに『吸命』の初歩すら覚束おぼつかない落ちこぼれですし……」


 自虐的に嗤う。陰のあるその様は、同年代の女子がする表情かおではないのは確か。


 彼女はとある事情により、異質で稀少レアな『異能』を他者から引き継ぎ、その能力ちからでボロボロだった身体を癒やして何とか命を繋いだという経緯がある。


 受け継いだ異能は強力なもので、先代は一般人からすれば、まさに物語の化け物のような領域に達していたが……元々異能なり『気』なりの素養が薄い遥香は、自身の身体を健康に保つのが精一杯というところ。まだまだよちよち歩きなレベル。


「元より期待しちゃいない。ただ見学してれば良い。当時は必死で、あまり深く考えていなかっただろうが……結果として君は力を持つに至ったからな。毎回言ってるが、これから様々な事例に接して自分なりのルールを作って行く必要がある。法や制度で縛られない力を持った以上、自分で自分を律しなければ……君が望む〝普通〟にはなれない」

「……でも、道を外れたら、秋良さんが私を始末するんでしょ? そんな状況で自分なりのルールを作れと言われてもね……」


 遥香はまだ実感がない。彼女からすれば『普通の体』を得られただけで十分過ぎる。


 このまま異能を隠したまま、異能集団である百束の一門衆として数年を過ごした後、引退して普通の生活を……というのが彼女の願いだ。


 別に『吸命』の扱いが今のままでも問題はない。また、ある意味では命の恩人であり、別の意味では死神でもある鹿島秋良がいる。


 彼が存在する以上、許可なく異能を使用する気も起きない。


「俺もそんな風に思っていた時期がある。師匠がいるから道を間違えようもないってな。何しろ、間違えれば始末されるだけだ。……だが、いつかは別れる。俺は暇ではあるが、別に君にべったり付いて見張る気もない。誰とも共有できないモノを持つ以上、やはり自分の中に一線を引く必要がある。不本意かも知れないが、それが「持つ者」の義務だ。ま、あくまでこれは俺の勝手なルール考えだがな」

「……」


 遥香はまだほんの少ししか接してはいない。だが、それでも分かる。


 鹿島秋良が語る内容だけを聞けば、確かにそうかも知れないとは思う。


 ただし、そのルールは単純ではあるがかなり異質だ。


 彼が『クズ』と判定した相手は始末が基本であり、理不尽を押し付けられている……抑圧され強要されている人々の頼みを聞くことが多い。


 ただ、人殺しを躊躇せずに実行するという時点で、現代社会においては間違いなく悪。犯罪者に過ぎない。


 遥香が道を外れる……つまりは秋良のルールを破れば死ぬ。殺される。


 理不尽な抑圧から人々を気まぐれに助けてはいるが、鹿島秋良の方が圧倒的に理不尽な存在ともいえる。


 そんな男の語る言葉をまともに受取って良いのだろうか? ……という疑問が、遥香にはずっとついてまわる。


「(秋良さんの判断基準は単純だけど、私に真似ができるわけもないし……自分のルールなんて別に要らないのに……)」


 遥香は今回のように、急に呼び出されて連れ回されることがある。


 異能絡みのケースはともかくとして、まるで異能には関係のない〝一般人〟からの依頼のケースでも呼ばれることがあった。そして、その殆どがついて回るだけ。


 最初の頃などは『このままホテルにでも連れ込まれるのでは……』と、遥香はある種の覚悟もしていたのだが、そんな気配はない。今ではもう心配もしていない。秋良にとっては、自分は本当にただの子供でしかないのだと理解した。


 そうして連れ回される中で、様々なケースでの鹿島秋良の一線……ルールを見せられる。


 卯月遥香はまだ気付かない。子供ではないが大人でもない。「持たざる者」として長く過ごしたためか、まだまだ「持つ者」としての自覚もないまま。


 特殊な環境に翻弄されて育った哀れな彼女を、秋良は本音としては始末したくない。


 卯月遥香が自分の足で立って歩いていくことを彼は望んでいる。


 彼女が〝普通〟に過ごせるようになれるのか……それとも死神に始末されるが先か……それはまだ誰にも分からない。



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