第2話 死への誘い 2 当事者の声

※2話同時公開 2/2


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「俺はさ。客観的に見れば確かにどうしようもない奴だとは思う。でも、別にこうなりたくてなったわけじゃない。できるなら、気の合う友達に囲まれた学生時代を送りたかったし、甘酸っぱい恋愛……好きな子とイチャイチャだってしたかった。就職だって、結婚だってそうだ。いつ切られるか分からないような派遣仕事で貯金なんて無理だ。日々の生活でさえままならない状況で出会いなんてないし、そもそも俺なんかを相手にしてくれる女なんていないよ。風俗で遊ぶ金もないしな。でも……周りを見れば、俺と同年代で、結婚して、家を建てて、子供だっている奴らだっている。仕事も順調なんだろうなぁ。『いやぁ働かなきゃならないけど、家族との時間が削られるくらいなら出世なんてしたくないよな』……だとよ。馬鹿にしやがって……ッ!」


 四十代の男。中学時代にイジメが原因で不登校となる。

 ただ、彼は自ら『このままではダメだ』と一念発起して、必死の勉強の末に高校は地元を離れた進学校へと進む。


 新しい生活。『高校から俺はやり直すんだ!』と意気込んでいたのも束の間。同年代の子との距離感を学べなかった彼は、気付けばボッチ。彼の周りに人はいなくなった。


 幸か不幸か、中学時代のような暴力的なイジメはなかったが……とどのつまり、クラスメイトも教師たちも、誰も踏み込んで彼と付き合おうとしなかっただけ。気にもしない。


 和気藹々わきあいあいと、まさしく〝青春〟しているクラスメイトをよそに、彼はただただ気配を消して空気のように過ごす。


 新しい場所に行けば……! そんな期待が叶わないモノだと知って彼は折れた。


 辛うじて高校は卒業したが、成績も振るわず、二浪した末に入学した大学もまともに通わなくなり中退。


 二十代はまだ期間工で稼げた。ただ、二十代の後半ともなると、派遣会社に登録して職を転々とする日々。更に条件は悪くなる一方。


 三十代になり、正社員など遠い夢。私生活では、異性はおろか人との接点など、コンビニやスーパーの店員とのやりとりがほとんど。ただ職場と自宅を行き来するだけの日々。


 鬱屈としたナニかが積もっていく。周囲が虹色に輝いている中で、自分だけがモノクロなのだという感覚に陥る。


 そして、積もり積もったナニかは、自身の内に収まり切らなくなっていく。


『なんで俺ばっかりが!』


 そんな思いが外へ外へ吐き出されていく。攻撃性を増していく。なおのこと周りから人がいなくなる。


 そして四十代の今、仕事を失った。金もない。希望のきの字もない。モノクロの空間が広がる。


「……だから死にたい? でも一人で死ぬのが怖い? 違うの? やり返したい……? 一体誰に? あなたの現状は、全て周りが悪いとでも?」


 不意に声。


 男は驚かない。いや、その声に気付いてもいないのか。


 そもそも男は。誰と会話をするでもなく、ただ黙々と雑踏の中を歩いているだけ。


 すれ違う人々。普通の人々。モノクロじゃない世界に生きている人々。そんな人々への、怒りと羨望がごちゃ混ぜになった感情を男は抱いている。ずっと前から。


 独りよがりの被害妄想だ。

 一見して輝いているように見える人々だって、見えない苦労や苦悩、絶望を抱えて生きているのかも知れないじゃないか。

 甘えるな。辛いのはお前だけじゃないんだぞ。

 自分の努力が足りないのを他人ひと所為せいにするな。


 男の話を聞けば、ワイドショーのなんちゃってコメンテーターがしたり顔でそんなことを言うかも知れない。


 男には聞こえない。何も。既に決意してしまったのだから。


 もう他人に何を言われようが彼には関係ない。世間から指をさされる頃には、彼は死んでいるか病院か……少なくとも自由の身ではない。その身柄は警察なりに拘束されている見込みだ。


 彼は駅のホームへと向かう。

 ホームセンターで購入したアウトドア用の鉈とナイフ、バーベキュー用のステンレス製の串、熊よけスプレー……などなど。登山用のリュックにそんな諸々を入れている。


「(……やってやる。道連れだ。死刑になるために二人以上は確実に殺す。一人じゃ足りない。はは。どうせならハイスコアを狙ってやるか……!)」


 自暴自棄。彼は自身の心に積もり積もったナニかを、最悪の形で発露しようとしている。


 だが、彼が〝ハイスコア〟を記録することはない。


 彼のスコアは一人だけ。それも、殺人罪で起訴されることのない結果としてだ。



 駅にほど近い飲み屋街の路地。

 そこで一人の男が死んでいるのが発見される。

 状況から、自らナイフで首を掻き切っての自害。

 死後数時間が経過していたが、特に争った形跡などはなく、ためらい傷も複数みられたため、警察関係者は不審死としながらも『自殺で決まりだろう』として動いているそうだ。


 ただ、路地とはいえそれなりに人の行き来のある場所で、何故に死後数時間も発見されなかったのか? 登山なりキャンプ用の格好ではあるが、何故に凶器となる物がリュックに満載だったのか? そんな疑問が残る。



 ……

 …………

 ………………



「私、好きな人がいました。先輩。憧れの人ってやつです。だから、その先輩に声をかけられて、思わず舞い上がっちゃって……。でも、先輩は最初から私のことなんて見てなかったんです。ただヤリたかっただけ。あぁ、もしかすると、私みたいな舞い上がったバカを弄んでヤリ捨てるまでが……先輩のゲームだったのかも。どちらにせよ、先輩にとってはただの暇つぶし程度のことだったみたいです。はは。笑えるでしょう? 振り返って考えたら、おかしなことは一杯あったのに……私ったら、なーんにも気付かなかった。何でも、先輩は不思議な力を使ってたらしいけど……その所為で、酷く雑に扱われてたのに……私、喜んでました。先輩に優しくされてる。私は愛されてるんだ! 他の子は先輩に付きまとうだけで触っても貰えないんだ! 私は先輩に選ばれたんだ! ……って、バカみたい。正真正銘のバカか。でもさ、気付いちゃったら……終わり。地獄。気持ち悪くて仕方がなくて……先輩に……アイツに無茶苦茶にされて、私……喜んでたんだ! か、感じちゃってた……ホント、汚らわしい……気持ち悪いよ……」


 少女の告白。死にたい。消えたいと願う声。


 心を操作され、その体を弄ばれた。しかも、自らが望んだことのように刷り込まれていた。当時の彼女はまだ中学生。ほんの子供。下衆の極みたる所業。


 壊れたままの心。寝て起きて食べて寝る。その繰り返し。合間合間に〝正常なフリ〟はするが……少女は疲弊している。


 家族や友人の前では〝元通りのフリ〟。一人になれば、のことが鮮明の甦って来る。フラッシュバック。何度も何度も。


 そもそも、愛しい先輩との蜜月が虚構だったと判明した時に、彼女は生きることを放棄した。


 なのに……頼んでもいないのに、無理矢理引き戻されただけだ。彼女の望みではない。


 以降、大人たちが入れ代わり立ち代わりに訪れる。不思議な力……『異能』を使う者による記憶の改竄を含めた治療も何度も受けた。


 ただ、少女には通じない。あくまでも通じているフリ。


 彼女はそんじょそこらのチンケな『異能』など〝拒絶〟できる。少女もまた異能者。それも稀少レアな一級品の能力ちからを持つ。……彼女にとって、それは決して幸福なことではないが……。


「忘れようとしても忘れられない。だから、死にたいの?」


 不意に声がする。


 少女は驚かない。


「……少し違う。別に死にたいわけじゃない。ただ、生きるのが嫌なだけです」

「? それは同じことでは?」

「よく分からない。でも、お父さんやお母さんのことを考えると『死にたい』っていうのとは違う気がします。ただ、ずっと眠っていたい。あと、先輩とのことは思い出すのも嫌なのに、ふとした時に先輩の……笑った顔が過ぎる……私が好きだったあの表情……頭では分かってるのに……忘れられない」


 少女は不意に聞こえた声と明確に対話している。対話し続けている。



 ……

 …………

 ………………



「あ、私もですけど、本当はあの人たちを連れて行って欲しいんです。もう……疲れました。何故に私だけがこんなに苦しまないと駄目なんでしょうか? ……そりゃ結婚当初は幸せでした。でも、会社が……お義父とうさんが経営する会社が傾いてからは……本当に、あっという間にズルズルと落ちていった気がします。当然に夫も、私も、お義父さんも、お義母かあさんも……皆で必死に働いたんですよ? どうにもなりませんでしたけど。馬鹿な夫婦だと笑われても仕方ないです。だって、そんな苦境の中で妊娠してしまったんですから。あの時の私と夫は、一体何を考えていたんでしょうね? もちろん子供は可愛いですし、愛しています。ただ、会社を経営していた頃の、華やかな癖が抜けない義両親に、未だにタカってくる親族。夫や私が止めても止めても……お金の苦労は絶えませんでした。当然かも知れませんね。そんな家庭で育った娘に、この間ハッキリと言われました。『金もないのに子供なんか作るな!』って……まだ高校生になったばかりなのに……いつの間にか、あの子は身体を売るようになっていました。平然と言ってのけましたよ。『私みたいな中の下程度の見た目でも、女子高生ってブランドがあれば売れる。今の間に金を貯めて……私は自分の人生をやり直すから。お母さんみたいな失敗はしない』……あの子はそんな捨て台詞と共に家を出て行きました。学校には行っているようですが、どこにいるのやら……はは、親としては失格ですよね? だって、あの子に私の人生が失敗だと言われた時……言い返す言葉がなかったんですから……あの子を連れ戻すために動くことができないんですから……」


 疲れた女の心の声を聞く。


 夫婦には娘が一人。夫の両親と同居している。

 最近、これまでの無理が祟ってか、姑が大病を患っての介護生活となっている。

 家のことをしない夫と舅。娘は家を出た。仕事も休めない。

 ただ、夫はまだ仕事に精を出して必死になって働いてくれているから良いのだ。それは女も理解している。だが、舅は何もしない。ただただ時間と金を浪費するだけ。近所の商業施設で過去の栄光にすがった武勇伝を顔見知りに語るだけ。店に迷惑もかけている様子。最近は特に近所の方々からの視線も痛い。


 娘が出て行った後、自身の体調も優れない。姑のこともあり、念のためにと受診したのだが……かなり進行した癌が見つかっただけ。絶望の積み木だ。


 女から漏れたのは笑い声。それは失笑の類か。力のなく笑うことしかできない。もはや笑うしかない。


 そして、笑いの後に来るのは……純然たる絶望。モノクロの世界。


 女はふと思い出す。


 若い頃に流行ったオカルト。『カナシミさん』。


 悲しいこと、辛いことがあった時に呼べば現れるのだという。そして、自身のことを話し……カナシミさんが判定する。


 それが本当に悲しいことなら、カナシミさんはその悲しみを連れて行ってくれる。ただ、偽りのモノであったり、カナシミさんの基準に達しないモノであれば……別の意味で、これ以上悲しまなくて良いようにしてくれるのだという。


 つまりは死。


 それは、形を変えて今に伝えられている『五月様』や『自殺屋』であり、同種のモノ。


 女はそんなカナシミさんを呼んだ。それはモノクロ世界でのちょっとした慰みのつもりだったが、カナシミさんは本当に来た。ただ、女はそれに気付かない。


「悲しいね。辛いね。貴女は夫を愛しているし、その家族である義両親も……本当は嫌いではないのね。だから死んで欲しいと思っている。苦しみからの解放として。ただ、娘は……? ああ、そう。若い彼女には生きる道を残してあげたいの? 体を売らなくて済むようなお金も……」


 カナシミさん、五月様、自殺屋……他にも様々な呼び名を持っている。


 藤ヶ崎紗月という名も、一時の仮初の名に過ぎない。あと十年もすればまた名を変える必要があるだろう。


 彼女は悲しみや絶望を抱く人々の前に現われる。あくまで気まぐれに。


 そして、人々の心の叫びを聞き……気まぐれに命を奪う。


 今日もまた……。



 ある日、とある市営住宅にて無理心中と思われる事件があった。家族四人が死亡。

 四十代の夫婦と七十代の夫婦……夫側の両親が、それぞれに住宅内で死亡しているのが発見された。


 状況から考えるに、七十代の男が各人を包丁でめった刺しにして殺害した後、同じように、自らの腹に包丁を何度も何度も突き刺して死んだ模様。ただ、殺害された三人には、何故か激しく抵抗した形跡はなかったという。


 同居している四十代夫婦の娘は、この日友人宅にいたということで無事だったようだ。


 十代のその娘は保険金等により、それなりの金額を手にすることになる予定だという。まだ実際に金を手にしたわけでもないにも拘らず、家族の葬儀が終わってもいない間から、親族が後見人として財産管理を申し出ていたらしいのだが……その親族も謎の死を遂げた。こちらは県外での事故死として扱われているが、明らかに不審な状況もみられている。管轄違いではあるが、流石に警察側も一連の事件に繋がりを感じている。


 そして、警察関係者が下した判断は……通常の事件や事故としての捜査は行いつつも、特別事案としての処理も進めていくことになった。


 即ち、この件は『異能』の関与が疑われている。



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