6章 嫌いの向こう側…②
「お前は死んでるからそんな偉そうなことが言えるんだよ。いいや、生きたことがないから言えるんだ」
「じゃあ死者になんの意味がある」
「……」
「僕たちの役割は、お前らが生きやすいように自由に存在を捻じ曲げて”使って貰う”ことに意味があるんだよ」
「意味が分からない」
「死者は言ってしまえば生きている人間が、信条だったり心の支えにするために使われている存在だって言いたいんだよ」
「おかしいだろそれ、死んだ人間にはその人らしさも与えられないってことかよ!?」
そう怒ってくれるだけでも、まだいいと思えた。大抵の生きている人間、そんなこと考えちゃいないのだ。
「じゃあ歴史上の偉人の情報は何のためにある?その人が生きた証なんて言うけれど、大抵娯楽と一種の宗教のためだろう。もしくは教育のため。功績、発言、それらは全部発信者にとって”いいよう”に脚色されるだけのフリー素材だ。結局死者は生きている人間の都合のいいように使われるためにあるんだよ。僕だってそうだ。実際ここにいるのに、両親には天国で見守ってるなんて思われているんだろうし。どいつもこいつも死んだ人間のことなんてハナから考えちゃいないよ。だって反論してこないからね」
「……」
「キミだって、死んだ父親の気持ちなんてこれっぽっちも考えずに、怒りのサンドバッグにしているだろ」
そういうと彼は随分とばつの悪そうな顔をした。本当にただ素直なだけの子供なのだ。
「まあ、それにいい悪いを言うつもりはないよ。だってそうでもしないと僕たちは忘れられてしまうから。忘れられると存在は無になって還るんだ。それが僕たち産まれられなかった子供にとっては10歳の誕生日なのかもしれないね」
それはそれでせいせいするのだ。両親には産まれられなかった子供のことよりも、いま生きている人間の方を大事にしてほしいし、それに苦しめるだけならいないほうが良い。0へと還ることができるというのであれば、僕個人としては願ったり叶ったりなのだ。
「死んだら、そんなに割り切れるようになんの」
「さぁ?まあ僕は怨霊とか絶対なりたくないからね」
生きてようが死んでいようが、僕は多分人にそこまで興味がなかったのかもしれない。こうやって会話をすることは楽しいと思うけれど、それとこれとは少し別だ。
「僕という死者の最期の役割はキミに説法を施すことだ。はは参ったか」
「うざ……」
「ウザくて結構。僕はここで言葉を失ったら、もうキミのサンドバッグなんだからね」
「……まあ喋れるうちは喋ってなよ」
「ああ、そうさせてもらうよ」
僕という存在は本当にそろそろもの言わぬ道具になり果てるのだろう。そして両親にも忘れ去られ、僕という存在は本当にいなくなる。そもそも覚えてられる人間の方が少ないし、名前が残ったところで結局生きた人間の道具でしかないのだから、いなくなることができるということはある種幸運だろう。ある程度使われて、ある程度の形は守られるのだから。それにその前に偶然とは言えども人と話すことができたのは良かったと思う。自分だって、思うところはあるのだ。ただ、思ってもどうしようもないだけで。自分には体も声もないのだから。
「お前さ、最初から全部なかったのと、産まれてこれなかったのと、どっちがよかった?」
赤い瞳がこっちを見ていた。
「何もなかったより、プラスでもマイナスでもまだある方がいいかな」
同じ色の空が、広がっていた。
次の朝日は、僕は見れない。
*
半端なものがあるくらいなら、最初からないほうが幸せだと思った。
0か1に縋った方が、楽だと思った。
「そうは言ってもなぁ」
どうか、キミがいつかまた1となれる日が、来ますように。
それを幸福とするか、不幸とするかを、また君が決めればいい。
「お前と一日だけ話せて、まあよかったと思うことにするよ」
もう、彼はここにはいない。
彼岸羊水 籾ヶ谷榴萩 @ruhagi_momi
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