赤ん坊が通う喫茶店

ポテろんぐ

第1話

 休日の昼間。

 私は決まって、自宅のマンションから近い喫茶店で本を読む事にしている。

 毎週、決まった時間にお店に入り、コーヒーを頼み、窓から見える近くの大きな公園の深緑に目をやりながら、静かに本を読む。


 平日の喧騒を忘れさせてくれる落ち着く時間である。

 最近は仕事もテキストが多用される様になったと言えど、人付き合いの心労は絶えない。

 元々、大人しく内向的な私にしたら、平日のストレスを癒す貴重な時間だ。


 しかし、ここの喫茶店ではたまに面白い風景を見る事ができる。


 レトロな雰囲気を出すための古い木製のドアが開き、上についていたベルが揺れた。

 新しいお客が来たと私が入り口に目をやると、ギョッとする光景。


 赤ん坊がお店に入ってきた。

 しかも二つの乳母車。どうやら赤ん坊のカップルの様だ。


 デートでもしているのだろうか?


 私はその光景を見て、クスッと笑った。青い乳母車と赤い乳母車。きっと青い方が男の子で赤い女の子の赤ん坊をエスコートしているのだろう。


 しばらく様子を観察していると二人のテーブルにコーヒーとモンブランが二つづつ。

 ここのお店はコーヒーが美味しいとネットのブログでも紹介されていた。普段はインスタントコーヒーしか飲まない私でも味の違いがわかるほどだ。噂を聞きつけた赤ん坊がたびたびこの店には来店してくる。


 まだオシメも取れない初々しいカップルの観察にも飽きて来たところで、私はまた視線を本に落とした。


 すると、静かなお店中に響き渡る大声で赤ん坊が泣き出した。

 せっかく集中して本の世界に没頭していたのに、興醒めした私は顔を上げてさっきの赤ん坊のテーブルを見た。


 私の席から顔が確認できる青い乳母車の男の子は、何事もなかったようにキョロキョロとあたりを観察している様子だ。

 という事は泣いているのは、私の席からでは背中になっている赤い乳母車の女の子方のようだ。


──ちゃんとエスコートしなさいよ。女を泣かせる男なんてサイテーよ──


 私は青い乳母車の赤ん坊を見て念じると、まるで言葉が届いたように彼が私の方を見た。


 そして目が合うや、その愛くるしい笑顔でこちらに微笑みかけてきた。


 カワイイ顔だ。

 きっと私が他人とコミュニケーションを取るのが好きな性格だったら、今頃、あれくらいの子供の一人もいたかもしれない。


 私は彼に向かって、ニコッと微笑みかけて手を振った。


 すると彼も私の笑顔に反応して、嬉しそうに手を叩いた。

 私が「バイバイ」とお別れで手を振ったとも気づいていない様子で。


 赤い赤ん坊の女の子は空中に浮かんだ状態でも相変わらず泣き止みそうにない。

 甲高く喚き散らす声に流石にストレスが溜まってきた。


「赤い乳母車の女の子と青い乳母車の男の子をミュートにして」


 私は目にかけていたゴーグルに命令を出した。

 途端、あれだけ騒がしかった喫茶店の中から二人の赤ん坊が消えた。


 シーンとなった私だけの世界。


 私はまた読書に耽る事にした。


 するとまた入り口のドアが開き、鈴の音が鳴り響いた。

 姿は見えず、透明人間が二人、私の向かいの席に腰をかけた。


 暫くするとシュートケーキとモンブランとコーヒーが二つ、四機のUFOが厨房から飛んで来て、テーブルの上に着陸した。


 多分、先週、別れ話をしていたのでミュートにしたカップルの二人だ。あれだけ騒いでいた癖に寄りを戻したようで、少し腹が立った。


 まさか、注文で誰だかわかってしまうなんて。

 だけど、コーヒーとケーキをミュートにする事はできない。

 

 ここのコーヒーとケーキはとても美味しいのだから。


 暫くしたら、この二人の赤ん坊が一人乳母車でこのお店にやってくるかもしれないな。と、私は小さくため息をついた。



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赤ん坊が通う喫茶店 ポテろんぐ @gahatan

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