太陽ちゃん

 日向向日葵。太陽ちゃん。まあ可愛らしい名前で、可愛らしいあだ名だ。


 字面だけで想像するなら、いつも花丸元気印の童顔アスリート系女子など浮かぶのではなかろうか。


 だが、オナ中が聞けば、特に被害者が聞けば、その言葉を冠する彼女の存在に震え上がるだろう。


 なぜなら彼女は災害だ。



「言ったでしょう? 彼は私の彼氏だってぇ」


 何言ってんだ。例え彼氏だったとしても、普通彼氏にカミソリの刃は仕込まない。つまり自分で墓穴を掘ったのだ。



「彼氏って…そうなの?」



 何でだよ。カミソリのくだりこないだやっただろ。踏みながらこいつがラブレターって言ってただろ。他人のいうことを信じるのか信じないのかどっちなんだ。僕を信じて欲しい。具体的には殴らないで。



「いや、違うが」


「何? 遊び? 柊も?」



 おっとぉ? 何か嫌な予感がするぞ? いや、手首の力、強くなってる。今現在物理で実感してる。ヒドイ。



「違うが。 月ち……柊も…違うが」



 くそ、微妙に否定しづらい。だがキスはしていない! あれ? …そういえば…月ちゃんが…もしチクれば…一発アウトのカード…僕もしかして不味いんじゃないか? 月と星が組むとまずいんじゃないか? 超新星じゃないか?

 


「あら、私はお遊びでも火遊びでも弄びでも良いのですよぉ? ただ恋焦がすだけですしぃ。恋に灼け焦げるだけですしぃ」


「向日葵ちゃん、そんなだっけ? じゃあ付き合ってないじゃん」


「リリカさんも本当の恋をすればわかりますよぉ。女の子は狂ってしまうものなんですぅ」


「ちょっと今その話題はやめよう」



 狂ってるのは知ってる。だがそこじゃない。本当の、が非常に不味い。恋を、が不味い。そしてギャラリーの視線が不味い。僕の手首もマズい。



「もう! えいっ。ああ、胸の内を焼き尽くし真っ黒に焦がすような恋! 体の芯まで熱く溶かし尽くすような指! 欲しいところに手が届くぅ…」


「お前もか。黙れ。そして腕にしがみつくな。もちもちして暑い。離れろ」


「指? 手? 何もないじゃない。…割と綺麗にしてるのね…意外」


「ああ、黙って欲しければ、放課後付き合ったいただけますよねぇ? 一年猶予は与えましたよ? 何でバリアーでもバリケードでも用意しないんですかぁ? もちろん備えてましたよねぇ? 隣のクラスだからって油断してませんか? 私、これでも災害ですよぉ?」


「……それ悪口だからな」


「災害…?」



 何気に入ってんだ。というかやめろ。昔そんなんじゃなかっただろ。お淑やかお嬢様だっただろ。


「…それに…あの月蝕だけだなんて、ズルいですよぉ? それはもう煽ってきましたよぉ? ただ……日向の人間が、煽られて何もしないなんてぇ。あってはならないのですぅ。なのでラブレターをいっぱい打ち込めちゃいましたぁ」



 それは橋下くんに星がリレーした。ほら、下駄箱前でワナワナしてるじゃん。月と太陽どっち選ぶか背中が葛藤してるじゃん。背信者となるか、せめぎ合ってる。


 仕方ないか。



「……わかっ──」


「向日葵ちゃん。放課後、こいつ連れてくから。明日にしてくれない?」



 知らない話だけど、連れてく先が現世ならいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

運命のヒトはきっと僕じゃない 墨色 @Barmoral

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ