処刑台

 朝、月ちゃんは、何やら妹と話す事があるからと地元駅で別れた。弁当箱はくれなかった。


 先に電車に乗り、流星に遭遇しないようにと願いながらいつもの道を歩き、学校へ登校した。


 上履きに履き替えるために下駄箱に手を伸ばし…いや、これ伸ばせないな。



「ヒタヒタ…か」



 上履きにはそれはもういっぱいのカミソリの刃だった。柄と言ってもいい。そもそもカミソリの刃ってそんなに需要あるのか? いつもの銘柄か…良かったな、メーカーさん。


 そこに陰鬱な一番星さんが来た。



「おはよ…」


「おはよう、星崎…さん」



 白パンツ以来か。会うの。


 少し背筋を伸ばしてしまう。


 だけど、他の生徒もいる。


 流石に殴るまい。


 しかし、元気ないな。どうやらまだ元の星崎さんじゃない。ダラダラと上履きに履き替えている。


 え? この人まだ落ち込んでるのか? あれだけ僕を踏んだのに? 嘘だろ?



「何…?」


「いや、何もない」



 しまった。いらないことを考えるんじゃなかった。



「嘘、あんでしょ? 何よ、言ってみなさいよ。そっちで聞いてあげるから」



 顎で指した先は薄暗い階段の裏…カツアゲか…今更か。お金で解決出来るならそれでいいが、今の僕の財布にはお金が無い。愚妹が。

 

 いや、お金があろうと無かろうとこれはきっと怪我をする。でもこれは言ってはいけない。着いていってもいけない。


 死神を前にした人は、いったい何を言うのだろうか。何を思うのだろうか。長年の疑問だった。


 大半の奴は震えるのみで、一言も言えず首をはねられ、物言わぬモノに成り下がる。


 そうか。ただ黙って現実を受け入れるしかなかったのか。


 なんで死神を前にした大半のモブが逃げないのか不思議に思っていた。早く逃げろ逃げろと思っていたが、理由はあったのだ。


 足がすくむ。コワイ。


 だが文雄。断れ、断るんだ。



「…いや、着いていきたいのは微塵も無いんだけど、上履きが…」


「? ミジン? あー、こんなのこうすれば良いの」


「え、あ…」



 この人、横の人の上履きにそのまま入れやがった。あ、あ、こぼれてるこぼれてる。


 雑だな…この人。


 まあまあヒドイな。


 というか、横の人に悪いだろ……橋下くんか…ならいいか。いや、良くない。職員室が僕を待ってる。



「ほら、行くよ。何? 文句あんの?」


「随分と荒れてるね。僕は床が硬いとこは着いていかない」



「殴らないわよ。多分」


「…僕がいつまでもやられっぱなしの男だと思うなょ…痛い、痛い、いやいや、星崎さん、いい握力してるよね。痛い。前から思っていたんだ」



 また手首キメてきた。これ、ナチュラルなのか…ほら、他の人見てるからやめて。僕の心情は連行だけど、他の人は違うから。


 ただ、次の瞬間彼女の放つ一言で、僕の足はピタリと足が止まった。



「ありがと。ちょっと来なさいってば。わたしも悪かったから謝っておこ…何よ」


「僕が知ってる星崎さんじゃない。星崎さんのコマンドには殴るしか痛っ」


「るっさい。いいから来い」


「はい…」



 手首捻ってきた。ヒドイ。周りの目もヒドイ。違うから。これ処刑台バージンロードだから。最初で最後だから。失ったら二度と回復しないやつだから。


 失恋ってこんなに変えるんだな。いや、元々か。ヒドイ。


 そこにメシアが現れた。



「お待ちになって」


「向日葵ちゃん。…何?」



 カミソリ女か。いらないな。

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