わたしはまた間違えた。@成宮遥

 仕事中、もう後一時間もすれば定時というタイミングで父が職場に来た。


 一応というか、きちんと仕事で来たのだろうけど、絶対に見合いの件なのは間違いない。


 こうやって仕事でしか来れない父に少しの苛立ちを感じる。


 仕方ないことだろうし、家に帰ってないから自業自得なのはわかっているけど、ようやく立ち直ろうと決意したところに水を差さないで欲しい。


 しかも、橘さんを通して応接室に呼ばれてしまった。彼は昔から知っていたし、お世話にもなっていた。わたしの馬鹿な行いも多少は知っている人だから気まずいのに。


 相変わらずだ。


 全然わたしのことなんて、考えてない。



「社長。何かご用でしょうか」


「…遥、今日だけは付き合ってくれないか?」


「…今日は約束がありますので」


「先に約束したのは私だ。それにお前にとってもとても、ああ、とても大事な話だ」



 またこれだ。それが嫌で家を離れたって何でわからないの。


 それだけじゃないけど…。



「約束っていつも一方的じゃない!」


「…今回だけだ。もう今後一切言わない」


「嘘! もう放っておいて! …わたし良い人が出来たんです。今日は彼とお食事に出掛ける約束なんです!」


「……そうか。ならばその彼を紹介しなさい」


「…ハラスメントです」


「はぁ…本当にどこでも聞くなぁ。そんな言葉ばかりで嫌になる。だいたい職場結婚が無くなったら婚姻率も出生率も下がるに決まってるだろうに……まあいい。それは嘘じゃないんだな?」



 そう言って、わたしの瞳をジィッと見つめてくる。


 いつの頃からか苦手になった見透かしたような瞳。


 大丈夫。わたしは無敵だ。


 笑顔で答えるんだ。



「はい」


「…わかった。橘君、行こうか」


「社長、宜しいのですか?」


「こういうのはやはり苦手だよ。ああ、遥。家のことで無理をさせてきたな。今まで悪かった」



 そう言って、振り返らずに謝ってくる。


 嘘…お父さんがそんな事言うなんて…じゃあ本当に良いの…? 信じて…いいの?


 トキくんの言う通り、わたし無敵かも。



「お前には自由に生きて欲しかったのは嘘じゃない。彼と一緒になるなら私は嬉しかったのだが…もういいな?」


「……?」



 彼ってトキくん…?


 なんでトキくんが…それにもういいなって何…?



「ふー…一番最初はお前をと思っていたんだが良い人が居るなら仕方ない。これからお前は好きに生きなさい。まあ、結婚する時くらいは教えてくれ」



 父は背中を見せたまま独白のように話すからどんな表情でこんなことを言っているのかわからない。



「何…お父さんは何の話をしてるの……?」


「彼との見合いだ」



 お見合いって…トキくんと? 嘘…トキくんが来るの? だいたい勝手に決めて、トキくんだって嫌に決まってるし、都合も…待って待って待って。


 トキくんはわたしって知ってるの…? 


 知ってて来るの…?


 無敵じゃない…。


 トキくんにはわたし無敵じゃないよ。



「そんなの…尚更行けないよ…」



 今日のこの格好だって、髪だって全然整えてないのに…爪だって、肌だってカサカサしてる。こんな姿なんかで会えない。いつだって彼には一番星を見せていたい。



「…ああ、そうか。それが遥の気持ちだな。よくわかった。お前のその言葉で私はようやく決心がついたよ」


「…? 決心…?」


「こんなことは言いたくはないが、おそらく誠司はそう長くない。そうなると彼は天涯孤独の身となる。そして会社を辞めて何処か遠くにでも行くかもしれない」



 また遠くに…? トキくんが…?


 嘘…いや…それは嘘じゃないかもしれない。



「だから私は時生君を養子にする。今度からはお前の兄として接しなさい」


「……え?」



 いま、なんて…いったの?



「前々から考えていたことではあるんだ。誠司にも言ってある。私は彼を息子のように思っているし、愛しているからね」



 ──遥、お前と同じくらいに。


 父はそう言って、橘さんと出て行った。

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僕はこの目で嘘をつく 墨色 @Barmoral

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