私、行くわ。@牧古都子

 さっきまでの私は捨てる。


 そうやって今までやってきたんだ。


 大学を出てから何度目だろう。こんな時、浅葉君を思い出して後悔をし、次の瞬間にはそう思う事に勝手にしていた。


 そして一人やけ酒をしようと居酒屋を物色していたら、友達に出会った。


 ついてない。



「あれ、古都子じゃん。お久〜…?」


「……」



 中学高校大学と同じところに進んだ腐れ縁である、堤夏美と出会った。


 ほんとついてない。



「そのひっどい顔…もしかしてまた別れたの?」



 そうなんだ。彼女は簡単に見抜くから嫌なんだ。別の理由もあるけど…



「…そうよ。あんた今日は付き合いなさいよ。どうせ暇でしょ」


「うわ…荒れてんね〜まあいいけどさ。てかさ、どうせ暇とか酷いと思うんだけど?」


「…ごめんなさい」


「もー冗談じゃん。飲も飲も」


「ありがと…」


「まぁ? おっしゃる通り? どーせわたし暇だしー? 聞いてあげるよ。ふふっ」


「ごめんって」



 こんな日は、彼女とはあまり会いたくなかったけど、今日だけは助かったのかも知れない。





「だあからぁ! なんで男はあんなクズばっかなのよ!」

 

「…今回はまた一段と酷い話ね……それにしてもあの古都子がこんな風になるとはね〜」


「…何がよ」


「初彼の時の惚気っぷりを聞かされ続けたわたしにそんな態度取るんだ」


「は、はぁ? そんなの…覚えてないわよ…」


「ほほう。そーかそーか。しらばっくれますか。ならこれはどうじゃ! 恥ずかし悶えるがいい!」



 夏美のスマホには大学時代の飲み会の時の様子が写っていた。肌が泡立つのがわかる。酔いも覚めるのがわかる。


 やっぱりそこには彼氏にデレデレとしている私が写っていた。この時はまだ酔ってないのにこれだ。


 これお迎えに来てもらってたやつ!?


 まるで勘違い女じゃない!



「な、何でまだこれ持ってんのよ!」



 私は全部消したのに!



「えー? んー面白いから? けど懐かしいよね〜ってババアみたいなこと言うけどさー。…あんたさーこの頃が一番素直で可愛かったよ?」



 スマホの中の私は、私じゃないみたいにアタフタしてる。今じゃ考えられない。


 拒否される怖さと打算から、今ではつい高圧的になってしまう事があるというのに、こんなに可愛い時があったなんて…



「…自分でもそう思うわよ…」


「にしたって浮気は駄目だけどね。流石に擁護出来なかったし」


「だって! …だって…知らなかったのよ…男の人の…繊細さなんて…」



 それは三人目の彼氏から聞いて知った事実だった。


『その子、絶対トラウマ持ちだよ。友達から聞いたんだけど、そいつは彼女の浮気現場に遭遇してからずっとだってさ。そういう行為にどこか罪悪感を感じるんだって』


 初彼の事だとは言わなかったけど、そんな事を言われて落ち込んだ。思い当たる節が多すぎる。


 結局わたしが馬鹿やって知られて、逆ギレして…それきりで…



「ならいい加減ちゃんとしなって。あの頃みたいにさ〜」


「…うん…今どうしてるかな…」


「え、何? はぁ…まーわかるけどさぁ。古都子、ほんとに惚れてたもんね。馬鹿だけど」


「うるさい…」


「だからわたし言ったじゃん。もう少し待ってあげたらって」



 経験豊富な夏美にはずっと相談していたのに、肝心なことは言わなかった。そりゃあその時そんな知識なかったから言われても信じたかわからなかったけどさぁ。


 夏美に会いたくなかったのはこの事を思い出すから嫌なのだ。


 イヤでも罪を思い出してしまう。



「うるさい。それ何回言うのよ…でも確か夏美の会社の近くじゃなかった?」


「あーでももういないよ」


「え?」


「浅葉君とこの部長さん、うちによく来るんだけど、聞いたらお父さんの介護で地元に戻ったってさ」


「…それ…」


「ほらあの後輩、あー名前が出てこないー。早くに結婚した子。その子の地元らへん」


「……決めた」


「え? 何を?」


「移動の話が出てたの。彼氏…クズの事でどうしようかって引き伸ばしてたけど」



 ずっと謝りたいと心の底では思っていた。でも今更なんて言えばいいのか、会ってくれるのか、会えるとは思ってないけど、彼のどこか寂しそうな笑顔はまだ心に残ってる。


 うん、だから、そうしよう。



「私、行くわ」

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