自分で自分が嫌になる。@牧古都子
薄暗くなった夕暮れ、ネオンの灯りが夜に咲き出す時間の中、一組の男女がラブホテルに入ろうとしていた。
私はそのカップルの後ろをそろりと尾け、パネルを押したタイミングでついに声を掛けた。
男の方、その瞬間まで彼氏だったものに、声を掛けたのだ。
「っ、古都子…な、これは、あれだ、違うんだ…」
女は声もなく呆気にとられていた。つまり私の時と同じだ。
「何が違うって言うのよ! もういいわよ! さよなら!」
「ま、待ってくれ!」
「待たない! 尾いてくるな!」
大きな声のせいか、ガヤガヤと周りから見られるけど、気にしてなんかいられない。今日は彼氏に、いや元彼氏になった男に引導を渡しに来たのだ。
浮気相手との密会場所を探し出しついに見つけて叫んでやったのだ。
「お幸せに! このクズ! 好きにパコってろ! 死ね!」
呆気にとられた男は、その場で立ち止まった。それはそうだろう。そんな激昂する姿なんて、今まで見せてなかったもの。
そうして、彼氏と別れて夜の繁華街を彷徨い歩き出した。
「はぁ…またこのパターンか……」
本当、嫌になる。
◆
地元の大学を出て数年経った。
海と山に挟まれた小さな地方都市。生まれ育ったこの街で就職した私は、仕事帰りに彼氏と別れたところだ。
通算何人目になるかわからないけど、どれもこれも長続きなんかしなかった。だいたいは身体の関係になってから恋愛がスタートしていた。
あんなに毛嫌いしていたスタートの切り方に、いつの間にか慣れていた。
会社ではコンプラが煩くて出会えないし、マチアプくらいしかないし、仕方ないじゃない。
そしてだいたいが浮気されるパターンか私が浮気相手だったパターン。そうじゃなかったのは初めての彼氏の時だけ。
「何してんだろ…」
こんな風に浮気彼氏に引導を渡し、別れた直後に思い出すのは、なぜか初めての彼氏のことだった。
『魅力ないなら魅力ないって言えばいいじゃない! 馬鹿にして!』
私にとって初めて出来た彼氏。その彼に拒絶されてからおかしくなった。
「いや…私からか…」
それから私はタガが外れたかのようにして男と付き合ってきた。容姿やスタイルには気を配ってきたからこっちから誘えば簡単にデレデレしてきた。
大学生になってから素敵な恋人を作ってなんて理想に、私自身が振り回されていたのかな… ううん、彼は拒絶なんかしなかった。私が勝手に勘違いして裏切っただけだ。
結局のところ、いい男ってのは顔じゃないし色気でもない。誠実であるべしなんて悟った頃にはもう遅かった。
「なんであんなこと言ったかなぁ…はぁ…」
それにしても、別れたばかりなのに、初めての彼氏の事が浮かんでくるのはいかがなものか。
自分で自分が嫌になる。
「何が古都子先輩も素直になりましょう、よ。…素直に求めて…素直か…あんたみたいに素直だったら今頃結婚してるのかな…」
あの小煩かった後輩ですら結婚したって言うのに…
今更素直になれるわけないでしょ…
初恋なんて、呪いでしょう…
そう思って、浅葉くんの働くビルを遠く眺めてため息を吐いた。
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