君は変わらないな。@浅葉時生

 その日の仕事が終わったのは、17時だった。


 事前に道筋が用意されていたとはいえ、多少の緊張はあった。業務自体はこなせたけど、役に立ったのかは怪しい。


 初回だから仕方ない、とは言われたものの、次は頑張ろうと自然に思った。


 外での社長の人柄は、幼い頃よくしてくれたところは変わらずに、そこにプラスして大きな熱を感じた。


 僕はもう随分と自分の人生に自信を持ってなかったから、純粋にその力の源というか、原点というか、そういった竜巻の中心、渦みたいなものがある人は羨ましいと思った。


 その渦の真ん中である社長を後ろから眺めると、なるほど、父さんが感じたものを僕も不思議と共有できた。


 きっと僕は何者にもなれないだろうけど、社長のために頑張れる人になろうと素直に思えた。


 タイムリミットは、おそらくあるだろうけど、それまでは頑張ろうと思った。





「あの…もしかして浅葉…先輩ですか?」



 社長は少し外すと言って、秘書の橘さんと一緒に出かけた。仕方がないからと一階に併設されていたカフェでコーヒーを飲みながら待つことにした。


 そこに大学時代の知り合い、谷野さんが通りかかった。



「…谷…野さん…? …久しぶりだね。一瞬わからなかったよ」


「やっぱり先輩だ! あーていうか酷〜い。どうせ似合ってないですよぉ〜」



 似合わないと彼女は漏らすけど、それなりにスーツは馴染んでいた。


 彼女の名前は谷野亜矢たにの あや。大学での後輩で、いつも元気いっぱいだったなと少し懐かしく思えた。



「見違えて、だよ。元気だった?」


「はい! ってあれ? 先輩って確か向こうで就職してましたよね? 出張ですか?」


「父さんの介護でね。戻ってきたんだ」



 それにしても声と雰囲気で何とかわかったけど、女の子って変わるんだな。素通りされたらわからないよ。



「そうでしたか…ところで先輩は待ち合わせですか?」


「ああ、うん。今からね。谷野さんはここで働いてるの?」


「そうなんです〜あ、ご一緒してももちろんいいですよね?」



 強引なのは変わらないな…



「ああ、うん」



 待ち合わせが社長と知ったらどう思うだろうか。





 話しながら少しだけ向こうでのことを思い出した。父さんのお世話をしたいと思ってから、随分と思い出してなかったな。



「でも先輩全然連絡取れなかったし酷いです」


「…そんなに頻繁に取ってなかったでしょ。それより時間いいの? 待ち合わせじゃないの?」


「あ〜何というか…私のお節介といいますか…てへへへ…」



 彼女は人を応援することに生きがいを感じているような子だった。人はお節介と言うのだろうけど、そこまで踏み込んではこない子だったからか、特に悪い印象はない。



「なるほど…また応援してるんだ」


「はい! 推しを応援するのって楽しいんですよね〜あ、先輩も推しましょうか?」


「……遠慮するよ」



 たまにこんな風にグイグイ来る時はあったけど、物静かな男子なんかの人気は高かったな。



「…え〜じゃあ連絡先、交換しときましょうよ。こっちじゃあんまり友達いないんですよぉ。あ、嫌がらないでくださいね、なんて牽制しときます」


「…君は変わらないね」


「それ、褒めてくれたんですよね? 絶対そうですよね? でも先輩もですよぉ。すぐわかりましたし」



 僕も変わってないか。心の内は結構変わったと思ってたけど、それもそうか。



「……ところで…古都子先輩とはあれから連絡は?」


「…出来ないよ。するつもりもないよ」



「ま、まあそうですよね…変なこと言って何かすみません」


「…いいよ。もう終わったことだしね」


「…そう、ですか…あ〜と…、あ! もう行かないと! 今度呑みに行きましょうね! 約束、ですよ〜!」



 そう言って彼女は駆けていった。



「……ほんと、変わらないな…」



 僕と関わったのに、変わらないままでいる君が、少しだけありがたかった。



「それにしても懐かしいな…」



 牧古都子まき ことこ。大学時代の元彼女で、その彼女と仲良くしていた後輩が谷野さんだった。


 別れてからあまり良い噂は聞かなかったけど、彼女は元気だろうか。

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