多分、良い人なんだろうな。@成宮遥

 あそこまで前後不覚になるなんて、初めてのことだった。


 お酒…強いんだけどな。



「先日はすみませんでした」


「ああ、気にするな。誰にだって愚痴りたい時くらいある…その、許嫁とは上手く行ってないのか?」


「…ええと…」



 上手くいくも何も、全てが空っぽで、嘘の器だ。どうしようもなく自覚している。


 後輩である、伊丹さんも心配してくれる。



「原田先輩! 急に言われたら遥先輩困るでしょ…そう言うのは仕事終わった後にしましょう」


「ああ、そ、そうだな。すまん…」


「原田先輩も気にしてたんですよ。私はもちろんですけど、すごい酔い方でしたし」


「ありがとうね。助かりました」



 結局言い出せないまま、その日は過ぎていった。



「…でもほんとなんだったんですか…? また教えてくださいね」


「…ただの失恋よ」


「ぅえ!? あ…すみません…ま、また飲みに行きましょうね、愚痴聞きますから!」


「ありがとう」



 未来が決まることを恐れて、口に出すことが怖かったけど……なんだ、割と平気だ。


 嘘をやめたら無敵、だからかな。





 あの手紙を見てから何か変わったのかも知れない。


 溜め込んでいたトキくんの気持ちを知れたからかも知れない。


 トキくんの見えない思いに希望と期待を持ち続けたから、ここまで拗らせたのかも。


 それが知れて晴れたのかな。


 あの時からきちんと周りを見ていなかったから、臆病になっていたから、わたしはこんなにも自分で自分を追い込んでいたのだろうか。


 よし。無敵無敵。


 トキくんの餞別を胸に抱いて、わたしは今を生きて行こう。


 実家に頻繁に帰るのは、もう止めよう。


 挫けて停滞するのは、もう止めよう。


 トキくんの応援があれば、この先きっと大丈夫だ。


 それを最後の……嘘にしよう。


 さっきのは…原田さんか。


 多分良い人なんだろうな。


 許嫁なんていないって言わないとね。





「え? 本当か?」


「はい。実は男の人が苦手で。だからそう言ってました」



 原田さんに、許嫁のことを話した。


 トキくんに設定してたからかな。


 ふふ。心が少し軽い。



「しかし、お父さん…成宮社長は…」


「知らないです。だからいつもお見合いを進めてくるので、逃げてました」



「お見合い…今もか?」


「はい。でももう潮時かもって思ってます。今日も夕方にセッティングされまして…」



 多分視察なんて嘘だ。嘘じゃないだろうけど、目的は明白だった。しかも平日になんて、何を考えてるんだろう。


 お父さん、昔から突っ走るところあるからなぁ…わたしもか…多分良いお相手なんだろうな。



「平日にか…? それ、俺じゃ駄目か?」


「え? 何を…ぁはは。冗談はやめ──」



「真剣に言っている。結婚を前提に…付き合って欲しい」


「え……? あ、いや………わたしは……というか原田さん。お昼とはいえ、仕事中ですよ」



「あ、いや、すまん! いきなりだよな…はは…あ、へ、返事はしなくていいからな! すぐ突っ走ってしまう俺の悪い癖だ…すまない」


「…ぷっ、大丈夫ですよ。違うんです。なんだかお父さんに似てます。ふふ。困った顔が特に」



「そ、そうか…ん? それは喜んで良いのか…?」


「…どうでしょう。でも嬉しかったです。けど、少しずつでいいですか? 例えば今日の夕方とか」



「それって…お見合いは?」


「お見合いはまだ本当に駄目で…昔お父さんと喧嘩したことがあって。一時期は止まっていたのですが…また一方的に…これ受けちゃうと、多分ラッシュですね。それにわたし、こう見えても臆病者なんです。だからお友達からなら。と言っても後輩として誘って下さると…」


「おお! 存分に隠れ蓑にすればいい! なんだったら偽彼氏でもいいぞ!」

 

「そ、そんな言い方しないでください! あ、声大きい…すみません。ふふっ。お気持ちだけで結構ですよ。あ、でももしもの時には頼りにさせてもらえたら…」



「あ、ああ! 頼ってくれ!」


「はい。ありがとうございます」



 お父さんに連絡…したくないけど、しないとね。


 返事の…お手紙は…どうしようかな…


 渡すだけ渡そうかな…まだ無敵になれそうにないなぁ…





「見てましたよ。良かったですね。いろいろと知れるチャンスですよ! でもお見合いなんてあるんですね。どんな人なんだろ。原田先輩勝てますかねぇ」


「知るか。受けないって言ってるし、頑張るだけだろ。よーし、仕事仕事! 伊丹、ほら行くぞ!」


「ちょ、背中痛い! 叩かないでください! …もう、ほんと単純なんですから…失恋は…言わない方がいいよね…トキくん、って人だろうな……トキくんか……まさかね」

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