多分、良い人なんだろうな。@成宮遥
あそこまで前後不覚になるなんて、初めてのことだった。
お酒…強いんだけどな。
「先日はすみませんでした」
「ああ、気にするな。誰にだって愚痴りたい時くらいある…その、許嫁とは上手く行ってないのか?」
「…ええと…」
上手くいくも何も、全てが空っぽで、嘘の器だ。どうしようもなく自覚している。
後輩である、伊丹さんも心配してくれる。
「原田先輩! 急に言われたら遥先輩困るでしょ…そう言うのは仕事終わった後にしましょう」
「ああ、そ、そうだな。すまん…」
「原田先輩も気にしてたんですよ。私はもちろんですけど、すごい酔い方でしたし」
「ありがとうね。助かりました」
結局言い出せないまま、その日は過ぎていった。
「…でもほんとなんだったんですか…? また教えてくださいね」
「…ただの失恋よ」
「ぅえ!? あ…すみません…ま、また飲みに行きましょうね、愚痴聞きますから!」
「ありがとう」
未来が決まることを恐れて、口に出すことが怖かったけど……なんだ、割と平気だ。
嘘をやめたら無敵、だからかな。
◆
あの手紙を見てから何か変わったのかも知れない。
溜め込んでいたトキくんの気持ちを知れたからかも知れない。
トキくんの見えない思いに希望と期待を持ち続けたから、ここまで拗らせたのかも。
それが知れて晴れたのかな。
あの時からきちんと周りを見ていなかったから、臆病になっていたから、わたしはこんなにも自分で自分を追い込んでいたのだろうか。
よし。無敵無敵。
トキくんの餞別を胸に抱いて、わたしは今を生きて行こう。
実家に頻繁に帰るのは、もう止めよう。
挫けて停滞するのは、もう止めよう。
トキくんの応援があれば、この先きっと大丈夫だ。
それを最後の……嘘にしよう。
さっきのは…原田さんか。
多分良い人なんだろうな。
許嫁なんていないって言わないとね。
◆
「え? 本当か?」
「はい。実は男の人が苦手で。だからそう言ってました」
原田さんに、許嫁のことを話した。
トキくんに設定してたからかな。
ふふ。心が少し軽い。
「しかし、お父さん…成宮社長は…」
「知らないです。だからいつもお見合いを進めてくるので、逃げてました」
「お見合い…今もか?」
「はい。でももう潮時かもって思ってます。今日も夕方にセッティングされまして…」
多分視察なんて嘘だ。嘘じゃないだろうけど、目的は明白だった。しかも平日になんて、何を考えてるんだろう。
お父さん、昔から突っ走るところあるからなぁ…わたしもか…多分良いお相手なんだろうな。
「平日にか…? それ、俺じゃ駄目か?」
「え? 何を…ぁはは。冗談はやめ──」
「真剣に言っている。結婚を前提に…付き合って欲しい」
「え……? あ、いや………わたしは……というか原田さん。お昼とはいえ、仕事中ですよ」
「あ、いや、すまん! いきなりだよな…はは…あ、へ、返事はしなくていいからな! すぐ突っ走ってしまう俺の悪い癖だ…すまない」
「…ぷっ、大丈夫ですよ。違うんです。なんだかお父さんに似てます。ふふ。困った顔が特に」
「そ、そうか…ん? それは喜んで良いのか…?」
「…どうでしょう。でも嬉しかったです。けど、少しずつでいいですか? 例えば今日の夕方とか」
「それって…お見合いは?」
「お見合いはまだ本当に駄目で…昔お父さんと喧嘩したことがあって。一時期は止まっていたのですが…また一方的に…これ受けちゃうと、多分ラッシュですね。それにわたし、こう見えても臆病者なんです。だからお友達からなら。と言っても後輩として誘って下さると…」
「おお! 存分に隠れ蓑にすればいい! なんだったら偽彼氏でもいいぞ!」
「そ、そんな言い方しないでください! あ、声大きい…すみません。ふふっ。お気持ちだけで結構ですよ。あ、でももしもの時には頼りにさせてもらえたら…」
「あ、ああ! 頼ってくれ!」
「はい。ありがとうございます」
お父さんに連絡…したくないけど、しないとね。
返事の…お手紙は…どうしようかな…
渡すだけ渡そうかな…まだ無敵になれそうにないなぁ…
◆
「見てましたよ。良かったですね。いろいろと知れるチャンスですよ! でもお見合いなんてあるんですね。どんな人なんだろ。原田先輩勝てますかねぇ」
「知るか。受けないって言ってるし、頑張るだけだろ。よーし、仕事仕事! 伊丹、ほら行くぞ!」
「ちょ、背中痛い! 叩かないでください! …もう、ほんと単純なんですから…失恋は…言わない方がいいよね…トキくん、って人だろうな……トキくんか……まさかね」
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