マフラー&シャドウ:えりまきとかげ

小石原淳

襟巻きと影

 いわゆる暴走族のOBからなる「羽志狼矢はしろうや」は、なるべく健全に爆走することを目指す会として知られる。気だけは若くて身体がついてこない年齢に達した男ばかりで構成され、速度超過や信号無視などを全くしないとまでは言わないが、一般市民がついやってしまうのと同程度には押さえ込んでいる。なので、風当たりは他の暴走族に比べればずっと柔らかいのだが、昨今の高齢者ドライバーによる事故がクロースアップされる流れにより、交通違反以上に年齢の面で問題視されることも増えてきていた。

 そのため、かつては硬派を気取っていた一部メンバーも、徐々にではあるが柔らかくならざるを得ないご時世のようで。

 しょうがないので野外活動の回数を減らし、代わりに通常時の連絡を密に取り合おうということになり、会にLINEのグループのシステムを導入した。が、間もなくして、会では最年少になる四十九の奴が、バイクに乗りながらスマホを操作するという馬鹿をやって、自損事故を起こした。

 世間の声を気にして、そしてそれ以上に仲間の事故や怪我を防ぐという名目で、LINEの使用はお預けにし、時代に逆行するがパソコンでしかつながらない新たな場――レンタルのチャットルームと掲示板――を使用し始める。

 次の会合の日にちの決定・連絡や、他愛ないおしゃべり、あるいは熱い議論もたまに交わしつつ、順調に活動を続けていたのだが。


>情けねえ。マフラー盗まれちまった。何の因果かマフラーだけ。

>羽志狼矢会長ともあろうこの自分がよ。


 ある日の昼前、会長の藤武洋正ふじたけひろまさがこんな書き込みをした。

 齢六十を越え、妻には病で先立たれてやもめ暮らしが長かった彼だが、会の野外活動を控えめにし始めた頃に知り合った女性、江畑えばたるみと付き合うようになった。タイミングが、いかにも女と付き合うために活動を縮小したのではと言われそうで、メンバーには一切打ち明けずに同棲を始めていた。尤も、同じ市内に住むメンバー、野原快彦のはらよしひこにはじきにばれて、口止めしてある。

 それはさておき、泥棒となるとちょっとした事件だ。素早く――と言っても一時間以内という意味だが――反応したのは四人だった。掲示板に書き込んだのが三名、メールをくれたのが一名だ。



木林宜也きばやしたかや

>そりゃご愁傷様としか言い様がない

>大昔、経験があるがマフラーぐらいじゃ警察は動かんからなあ


若島わかじまみつる

>今頃、中古屋に売り飛ばされてんじゃないの?


高田一伸たかたかずのぶ

>鍵壊されるか、ガラス割られるかしたんですか?



 ここまでが掲示板で、それらを読むと、ついつい苦笑がこぼれた。自分で書き込んだ直後に気付いたのだ、簡潔すぎて誤解されやすい文になったんじゃないかと。そして実際、勘違いされるのを見て、補足の書き込みをすべきか迷う。このままもうしばらく見ていたい気もした。

 次いで、メールの方に目を通す。

 メールで反応したのは野原で、「どっちを盗まれたんでしょうか」という意味の質問が書いてあった。

「どっちがって。そうか、野原なら俺に彼女がいると知っているから、当然か。バースデープレゼントにもらった話もさせられたことだし」

 思わず独り言が出た藤武はすぐさま返信の文章を作ろうとしたが、はたと引っかかりを覚え、手が止まる。

 おかしい……掲示板の方を読み直し、不自然さが気になり始めた。

 掲示板の書き込みはその後も増え続け、「修理代にいくら掛かりそうですか」「今度のツーリングに間に合う?」「ガレージに防犯カメラ設置したと言ってたような」「他の部分を盗られなかったのは不可解」といった内容ばかりだ。

 やはり、一人だけ不自然さが際立つ。

 藤武はしばし考え、高田一伸に連絡を取った。一時間後、駅前の古びた喫茶店で落ち合うことに決まった。


「どうしたんです、急に」

 現れた高田は風の冷たい季節なのに、ライダースーツ姿ではなかった。聞けば、バイクではなく電車に乗って最寄り駅に着き、店までは歩きで来たという。

「ん。ちと尋ねたいことができたんでな」

「メールでいいのに」

「そうも行かん。結構、重要な話だと思うからこそ、来てもらったんだ」

 高田の注文したコーヒーが届く。藤武は本題に入った。

「そういや、心配してくれる言葉がなかったが」

「あ? ああ、そうでしたね。びっくりしましたよ、あの書き込み。盗難だなんて、警察はやはり動いてくれそうにないですか」

「型通りというか、最低限の書類を作るだけで、あとは適当だったな。それよりも高田さん。あんたはあの書き込みのあと、掲示板は見てないのかな」

「うん? そういえば見てないな。何かありましたか」

「ああ。新たに何人かが、俺のこと心配してくれる内容だった」

「でしょうねえ。それで、聞きたいことっていうのは何なんです?」

「そうだな。まず、高田さんは江畑さんとは元から知り合いだったかな?」

「え、江畑さんて、江畑るみ子さん? そうでしたね。何年か前に、会合のときに連れてきた、まあ古くからの知り合いですな」

「付き合ってるんじゃないよな。あんたには奥さんもいることだし」

「もちろん。何を言い出すかと思ったら」

「俺は今、江畑さんと同棲してる」

「――へ~? それはそれは、おめでとうございますと言っていいのかな」

 高田は拍手の格好だけした。

「で、聞きたいのは、何で高田さんは、ガラスを割られたんですかというようなことを書いたのかってことだよ」

「話のつながりが見えませんが、泥棒に遭ったと聞いてガラスを割られたんじゃないかと心配するのは当然ではないですか」

「どうして」

「どうしてって、マフラーを盗られたってことは衣装ダンスか何かを荒らされた、つまりは家の中に上がり込まれたことになるじゃあないですか」

「ふむ。では何故、あんたは俺が襟巻きを盗られたと思った?」

「はい?」

「バイク乗りのさがなのか、あんた以外のみんなは俺が盗られたのは、バイクのマフラーだと思い込んでいるんだよ。そりゃそうだ。バイク乗りじゃなくったって、変に思うはずさ。布のマフラーだけを盗んだって、いくらの金にもなりゃしない。そう考えるのが大人の道理ってもんだ。なのに一人だけ、あんただけは襟巻きの方のマフラーだという想定で書き込みをしている」

「そ、それは……」

 急に落ち着きがなくなった高田。視線をさまよわせ、やがて答を見付けたのか、明るい調子で言った。

「以前、あなたが身につけてきたのを見たからですよ、武藤さん」

「いいや。俺は襟巻きをして会合に出たことは一度もない。断言できる」

「何で言い切れるんですか。マフラーの一つや二つ、いくら硬派なあなたでもお持ちでしょうが」

「ああ、ある。一本だけだがな。だからこそ身に付けて会合に出たことはないと言えるんだ。何故ならその襟巻きをくれたのは江畑さんだからだ。彼女の手編みなんだよ。俺は彼女と付き合い始めたことをひた隠しにしてきた。当然、会合にも手編みの襟巻きを持って行きやしない」

「……これは詰みということですかね」

「こっちが聞きたい。襟巻きを盗んだのはあんたなのか?」

 高田は黙したまま、頭を垂れた。その反応に舌打ちした藤武は周囲を気にしつつ、重ねて聞いた。

「ったく。たいだい想像は付くが、何で襟巻きだけを持って行ったんだ?」

「……藤武さん、あんたが江畑さんと付き合うようになっていたのは、家内から聞いてとうに知っていた。彼女は家内と仲がよくてさ、時折おしゃべりでお互いのことを伝え合っていたようなんだ。そのときから嫉妬が芽生えてたんだが、手編みのマフラーを贈ったという話を耳にしてから、もうどこかたがが外れたみたいに、嫉妬が際限なく膨らんでしまったんだ。彼女の手編みのマフラーが会長のところにあるなんて許せん!となって、それで昨晩、ほとんど衝動的に……」

「しょうがねえなあ」

 冷めたコーヒーを呷った藤武を、高田が喧嘩に負けた犬のような目で見上げてきた。

「あの、藤武さん。自分はどうしたら」

 涙声になっている相手に、藤武は嘆息混じりに吐き捨てた。

「ふん。俺は二人乗りにけつはしねえ主義だ。けつは持ってやれん。てめえで考えろ」

 そんなに好いていたなら何で江畑さんを会合に連れて行こうなんて考えたんだよ、とまで口から出掛けたが、思いとどまった。

(連れて来る気になってなかったら俺は彼女と巡り合わなかったろう。だから、その点だけはこいつに感謝だな)


 終

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マフラー&シャドウ:えりまきとかげ 小石原淳 @koIshiara-Jun

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