3話

自分の鍵で、自分の城の扉を開ける。目覚ましの音はうるさいが、気分はいい。部屋に入ると薄い壁を通して目覚ましの音がハッキリと聞こえる。六畳ほどのワンルームである。がらんとしている分、音が響く。

学校に苦情を入れた者はいないのだろうか…

横田らとりあえず荷物を置いて床に座り込んだ。ざらついている。鞄に雑巾が入っていることを思い出した。今朝、母親が半ば無理やり鞄に入れたものである。息子にとって新生活は希望なのに、母親にしてみれば新生活は雑巾らしい。

横田は部屋中の床を拭くことにした。動き出すと、不思議と隣の目覚ましの音も気にならなくなる。気が紛れるので、横田はサッシ戸の溝まで拭き始めた。

宅急便で新しい布団が届けられる午後7時までまだ1時間ほどあった。横田は雑巾のお礼に実家の母親に電話をかけてみることにした。

203号室ではまだ目覚ましが鳴っている。張り紙もある。

寮を出て、通りの向こうの電話ボックスに入る。今どきこんなところにも電話ボックスがあるものなんだなと思い、電話をかける。電話に出たのは父親である。開口一番。

「布団は届いたか?」と訊いてくる。

母親が雑巾なら、父親は新生活=布団らしい

「いや、まだ」と横田は答えた

「そうか。それより、お母さんが今朝からずっと泣き通しで……」

「泣き通し?なんで?」

「さぁ。女親にしかこの気持ちは分からんらしい」

面倒くさそうな父親が受話器の向こうで母親を呼ぶ。そばにいたようで、今にも泣き出しそうな声で母親がでる。

たかが隣の県に息子を出すくらいで、なんでこう悲しむのか分からない。

何となく気が重くなった横田は、「あのさ、目覚ましの乾電池って、どれくらい持つのかな?」と訊いた。唐突な息子の質問に母親も泣くタイミングを逸したらしい。

それでも母親は、難産だったらしいお産の話から始め、隙あらば泣こうとする。元々、女優気質のあった母親である。親戚の葬式とか、息子の旅立ちとか、こういう一世一代の見せ場を逃すわけがない。親戚の葬式などでは、あまりにも大袈裟に泣くものだから、必ず母の元に葬儀場の係員が請求書を持ってくる。

母親との長い電話を終えると、横田はぐったりして電話ボックスを出た。母の緩急織り交ぜた思い出話のせいで忘れていたが、隣室の目覚まし時計はまだ鳴っていた。

203号室の前にすらっとしたパジャマ姿の女が立っているのが見えたのは2階の廊下に出た時だった。料理の途中なのか、片手に花柄の鍋つかみをはめている。入学式直前なのにもう料理を…?

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高校生の話 弱杉ルンゴ @yowasugi

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