叫んで五月雨、金の雨。

新巻へもん

豪勢な花火

 そいつはリオデジャネイロの路地裏のいかにも場末感の漂う酒場で声を潜めて言った。

「アマゾンの奥地にナチスの軍資金が眠っている」

 仲間内ではガセ屋のマイクと呼ばれている情報屋イーガンは、グラスを傾けて琥珀色の液体を喉に流し込む。

 手の甲で口元を拭うと吐息を漏らした。

「やっぱりバーボンはジャックダニエルに限るな」

 この時、俺がすべきことはマイクの腹にパンチをくれてやって立ち去ることだったのだろう。

 一月前にマイクから買ったネタに基づいて現金輸送車を襲ったら見事に空振り。その落とし前をつけようと締め上げたマイクが吐いたのがナチスの軍資金の話だった。

 アマゾンの奥地、ナチスの軍資金、ネタ元がマイク。

 これだけ胡散臭い要素がそろったヤマというのもそうそう無いだろう。

 そして気にくわないのはジャックダニエルをバーボンと呼ぶ教養の無さだ。本当にアメリカ人かよ。

 だが、俺も手元不如意だった。まさに貧すれば鈍す。

「詳しく話を聞かせろよ。ただ、これだけは覚えておけ。俺の故郷の言葉で『仏の顔も三度まで』って言うんだ。マイク。あんたは今までに三度も俺にガセネタをつかませた。次は無いぜ」

 白木の杖をこれ見よがしに引き寄せた。マイクは引きつった笑みを浮かべると俺の空いたグラスにジャックダニエルをどぼどぼと注ぐ。

「なあに。今回のは正真正銘間違いなしの話だ。俺も今回は同行するのがその証拠さ。実はもう他にも仲間は集めてある」


 翌朝、酷い二日酔いに悩まされながら起きだした俺を相棒の江崎が出迎えた。

「ひどい顔をしてるな。まあコーヒーでも飲んでしゃきっとしろ」

 大きなマグになみなみと注いでへばる俺の前に置く。少しずつすすっていると、バターを塗ったトーストの皿も置かれた。

 コーヒーもトーストも滅法うまかった。店を出したら繁盛するだろう。頭をそり上げている江崎は一見温厚な坊さんのように見えるが、その実爆発物を扱わせたら右に出る者はいない。

「で、先日の落とし前をつけるはずが、別の怪しい話を拾ってきたってわけだ」

「一応支度金に千ドルよこしたぜ」

「まだまだ赤字だな。まあ仕方ない。もし、今回もガセだったら、マイクのケツの穴に爆薬詰めて月まで吹っ飛ばしてやる」

「そりゃいいな。ケネディより先に人類初の偉業を達成できる」


 朝食を食い終わった俺は江崎と一緒に指定の場所に出かけた。港の近くの倉庫の前でマイクと合流する。倉庫に入って引き合わされた連中は三人組の男達だった。

 ヤクの切れたような顔のやせぎすの男と筋骨隆々とした男を従えた一見紳士然とした男は手を差し出してくる。

「私はムーアだ。よろしく頼む。後ろの二人は私の部下だ」

「俺は加藤、こっちは相棒の江崎だ」

 お互いを値踏みする視線が交錯した。

 それを知ってか知らずかマイクが明るい声を出す。

「俺達はチームだ。お互いに助け合っていこう。まずは一杯やって親睦を……」

 ムーアはそれを遮った。

「いや、仕事の話をするときは飲まない主義でね。さっそく詳細を聞かせて貰おうか」

 テーブルの上の酒瓶に名残惜しそうな視線を送りながら、マイクは説明する。ムーアはいくつか的確な質問を挟んだ。その道のプロっぽい様子に俺は満足する。

「それで、肝心のお宝の隠し場所は?」

 マイクはへへと笑みを浮かべた。自分のこめかみの辺りを太い指でつつく。

「ちゃんとここに入ってるさ。心配するなって。ちゃんと案内して見せるよ」

 なるほど。マイクの奴、無い知恵を絞ったらしい。俺達とムーア達の間で上手く立ち回るつもりか。お宝の場所が分かってしまえばマイクは用済みだ。途中の様々な障害を排除するのにマイクは役に立たない。

 マイクは手をこすり合わせた。

「それよりも各自の取り分を決めておこう。俺とムーア氏、カトー氏で三分するってところでどうかな?」

 俺達は人数で当分割にするのと変わらないので文句はないが、ムーアから抗議が出ると思ったら意外にあっさりと条件を飲む。

「探索行に必要な経費はそちらで持つというならいいだろう。船の借り上げや船員の雇用経費、弾薬などだが」

「それだと、無事にたどり着けるか怪しいぜ。マイクに任せておくとボロ船調達しそうだ」

 俺の指摘にマイクは文句を言うが、実際こいつのケチっぷりは筋金入りだ。

「当然、そこは我々プロが決めさせて貰う。イーガン氏にはあくまで経費の支出をしてもらうだけだ」

「それなら文句はない」

 俺が同意すると、マイクも最終的には同意した。


 船は三週間かけてアマゾン川を遡る。あまりに順調な船旅で拍子抜けするほどだった。地元のマフィアの襲撃を受けること二回に、正体不明のレシプロ戦闘機による攻撃が一回。

 海賊よろしく乗り込んできた連中は江崎が銃身を切り詰めた特注品のブローニング・オート5で吹き飛ばし、俺が仕込み杖で斬って落とした。川に落ちた人間は獰猛な魚が群がり食らいつくす。

 戦闘機まで出てきたのには閉口した。警告のつもりか川面に機銃が着弾し水しぶきをあげる。

「降りてきて正々堂々勝負しろ。この野郎!」

 叫んでみたものの、俺の声は長く降り続く雨にかき消された。

 戦闘機は旋回して戻ってくる。

 その間にムーアがアハトアハトの覆いを引きはがし、景気よく火を噴いて撃墜した。ナチスの金塊を探しに行く船にドイツ製の高射砲が積んであるというのが洒落が効いている。

 これだけ色々と出てくるというのはいい傾向だった。つまりマイクのネタを本物だと信じている連中が他にもいるということだ。

 しかし、長雨のせいで体にカビが生えそうだった。船に乗っている間はいいが、いずれ上陸することになる。

「上陸するまでには止んでろよ。こんちくしょう」

 当然、雨が止むはずも無く目的地についても降り続いていた。

 ゴムボートに乗り換えて狭い水路を更に遡る。陸にあがってジャングルをかき分けて進み、三日かけて小高い開けた場所に到達した。近くのなんの変哲もない崖のところでマイクは感慨深げに宣言する。

「ここだ」

「何も無いように見えるがね」

 ムーアが言うとマイクは崖をバンバン叩いた。

「あんた達も叩いてみるがいい。うまく塗装をして誤魔化しているがこれはコンクリだよ。間違いない」

 俺とムーアもマイクに倣い目の色を変える。

「どうやって穴をあける?」

「軍の基地が近くにあるんだ。大きな音は立てたくない」

 ツルハシを交代で振るった。作業を始めて三十分ほどするとスカッと突き抜ける。一か所穴が開くとあとは簡単だった。

 中に入る。百メートルほど進むと広くなった場所に出た。いくつもの木箱が置かれている。こじ開けてみると山吹色の光が反射した。ハーケンクロイツが刻印された金のインゴットが整然と詰められている。

 俺は思わず口笛を吹いた。マイクは鼻の穴を膨らませ、江崎も珍しく顔に興奮を浮かべている。

 ひとしきり自分たちの幸運を祝ったところで、ムーア達の姿が見えないことに気が付く。何かが変だ。いぶかり引き返そうとすると江崎が箱のところでごそごそやっている。

「何やってんだ?」

「ああ。箱を元に戻しておこうと思って」

 外に出てみるとムーア達三人の他に十数名の男たちが居た。少し離れた場所にはCH-47ヘリが着陸している。くっそ。雨音がローターの回転音を消しやがったか。ムーア達はどうも物腰から軍人上がりの非合法エージェントイリーガルかと思っていたが、マジもんだったとはな。

 ムーアが落ち着き払った態度で言った。

「無駄な抵抗はやめてくれたまえ」

「どういうことだ? 裏切ったな?」

 マイクが喚くが銃を向けられると口をつぐむ。

「ミスター加藤。ライフル弾をはじくという非常識な腕だが、さすがに毎分500発は無理だろう?」

 離れたところで台座に据えられたM60が俺にぴたりと照準を合わせていた。

 俺達は脇に追いやられ、男たちが次々と箱を運び出す。

 ムーアは勝ち誇った声をあげる。

「そうそう。少し前にあった現金輸送車の襲撃犯がジャングルに潜んでいると軍に通報しておいたよ。あと30分ほどで到着するだろう。捕まらないようにするために弾は取っておくといい」

 男たちの一人がムーアに敬礼しながら報告する。

「すべて搬入しました」

 ムーア一行は再びローターの回転速度を上げ始めたヘリに乗り込んだ。

 飛び立つヘリにマイクが地団太を踏みながら罵詈雑言を叫ぶ。

「覚えてやがれ」

「いやあ、それは難しいんじゃないかなあ」

 江崎の口調に何かを感じ取った。江崎は薄い笑みを浮かべている。

「お前は悔しくないのかよっ!」

 つばを飛ばすマイクを制して、江崎は無線装置を取り出した。

 スイッチを入れると轟音を発してヘリが爆発する。

 キラキラと雨を反射しながら金のインゴットが雨のように降り注いだ。

「さあて、引き上げますか? さすがに軍相手に立ち回りはきついからな」

 インゴットを拾いに行こうとするマイクの襟首をひっつかみ、俺達はゴムボートに向けて足早に立ち去る。

 今回の収入は爆薬を詰めるために代わりに江崎が取り出したインゴットが4本。俺達は事前の約束を反故にするほど落ちぶれちゃいないので、マイクときっちり半分に分けた。

 俺達の取り分は一人あたり650万円ぐらいか。マイクはだいぶ持ち出しになったようで泣きそうな顔をしている。優しい俺達はジャックダニエルを奢ってやった。

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