同じはずのバス停

高黄森哉

神ヶ原一丁目バス停

 

【結城の視点】


 今日は神ヶ原バス停で待ち合わせ。と、少年は腕時計を確認すると、あと十分で待ち合わせ時刻であった。天気は上々で、小鳥が囀る、良くできたピクニック日和。雲一つない天球は、この世のものとは思えないパステルブルーを見せる。普段は憂鬱に見えるも希望を帯びてるように感じた。


 バス停にはベンチがある。このベンチは埃っぽく見えるが、それは経年劣化で褪せているからで、実際にはそんなことはない。この退色は、このベンチに屋根がないせいである。少年は、その事実を理解していたが、念のため、手で撫でてみた。手を見つめるが、当然なにも付着していない。安心して腰を下ろした。


 まだかまだかと待ちわびていると、ついに待ち人から連絡が来た。


【すみれの視点】



「ねえ、ゆーきくん。すみれね、もう着いた」

「へえ、どこにいるの」

「いま。猫谷病院よ」

「猫谷病院?」


 すみれは猫谷病院を眺めていた。猫山病院は、とても大きな病院でまだ建設中であった。組み立てが始まらんとする更地を、フェンス越しに観察する。少女は、ここで巻き起こるかもしれない、病院的悲しいドラマを創作せずにはいられなかった。難病を抱えた自分と同年代の少女、彼女は病室から私を見る。「アレが私だったらどんなに良かっただろう」。すみれは、まだ一階部分だけの病棟の五階を、虚空に幻視していた。

 結城が尋ねる。


「猫谷病院ってどこだ?」



【結城の視点】


 結城は、すみれの言葉を聞いて、彼女がまたドジを踏んだのだ、と思った。彼女は少し抜けていて、なにもないところで躓くことが多々あった。失敗のイメージは、常に彼女に付きまとう。だから、後ろにある犬丘病院のことを、猫谷病院と言ってるのだと思った。そうだ、彼の後ろには、犬丘病院がそびえていた。


「犬丘病院だろ。早く来いよ」

「もうついてるわよ」


 どこだ。ベンチから立ち上がって辺りを見渡すが、ひとっこ一人いない。道路の彼方岸にあるバス停も同様である。


「いないじゃないか。バス停のどこにいるんだ」

「バス停のベンチにいるじゃない」


 はっとして、結城は今まで座っていたベンチを見る。しかし、そこは空席でしかない。強いて言うなら、何もないがある。それぐらい虚空。結城はすみれが嘘をついてるのだと思った。彼女は俺をからかってるのだ、と。


【すみれの視点】

 

 すみれは結城を見つけ出そうとした。とても見通しがいいのに、少年の姿はどこにもない。また、犬丘病院の件を思い出し、病院の名前を見間違えたかと思い、道路を戻って門を見るが、あいかわらず、そこには猫谷病院と表記されている。


「やっぱり猫谷病院よ。そっちこそ間違ってるんじゃない」

「ううん。病院の側面には犬丘病院って書いてあるんだ。立派な白い建物にね」

「そんなわけないじゃない。猫谷病院は建設中なのよ」


 猫谷病院は、鉄骨がちの未完成である病院として、存在している。


「そんな馬鹿な」


 しかし紛れもない事実なのだった。


【結城の視点】


 一番ありそうなのは、バス停の間違い。そうだ、彼らは、バス停を目印に待ち合わせをしていたのだ。そこに誤解が生じたに違いない。と目星をつけた結城は、すみれに尋ねる。実は、待ち合わせのバス停は、神ヶ原一丁目バス停前ではなかったのではないか。お互いの認識に齟齬があったのではないか。


「確認するけれど、待ち合わせは神ヶ原一丁目だよね」

「そうよ、神ヶ原一丁目よ。結城君、バス停間違えたんじゃないの」

「そんなことないよ」


 といいながら彼は確認する。バス停の時刻表やや上には、やはり神ヶ原一丁目とはっきり書いてある。


「すみれちゃんこそ間違えてるんじゃないか」

「写真送る」


 すぐに届いた写真には、神ヶ原一丁目の文字が書かれた看板があった。それは結城が今いるバス停のものと、まったく同じものだった。結城は頭がくらくらした。だって、そんなはずがないじゃないか。

 植木の鳥が囀ると奇矯に聞こえ、天球は嘘みたいな青さを持って頭上に展開していた。ベンチが褪せているのは、本当に経年劣化のせいなのか疑わしかった。ここは本当に、彼女と同じ世界なのだろうか。

 結城も写真を送る。


【すみれの視点】


 届いた写真を見ると、そこには、すみれのいるバス停と同じ表示が掲げられた時刻表が収められていた。一文字も違わない同じバス停だ。また、バス会社も同一であった。


「私達、まるで異世界にまよいこんだみたい」

「まさか。原因があるはずだよ」

「まって。ちょっと思い出しそうなの」


 すみれは都会育ちの母が教えてくれたバス停にまつわる蘊蓄がよぎった。それは喉元らへんで燻っている。その閃きは、口を通り、頭に昇り仮想の電球を光らせた。


「あっ。そうよ。都会ではバス停には登りと下りがあるんだったわ」


 つまり、彼らはそれぞれ、登りと下りのバス停にいたのだ。


「なーんだ、そういうことか」

「じゃあ、今から向かうから」


 そう宣言したすみれは、検索をし、下り口だという神ヶ原一丁目バス停まで駆けだした。


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同じはずのバス停 高黄森哉 @kamikawa2001

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