メロス

 メロスは激怒した。その決意を新たにしたメロスの全身から、血が噴き出している。倉知君の国語の教科書。端が四方に折れ曲がっている。


 今、倉知君の机に座っている。これが、彼がいつもみていた風景。なんと素晴らしい場所か。そして机を漁ると出てくる宝の山。これらを見て思い出すのは、体を曲げて、必死にカレンダーの裏に書きなぐる倉知君の背中だ。


 切れ端の束を結ぶ輪ゴムをバチンと鳴らした。


 さて、これを配るのか。気恥ずかしい。だが、これもメロスに比べれば余裕だろう。彼は友のために走った。全身から血を噴出させて。

 この教室に空気を絶やしてはいけない。倉知君はいつもここにいる。いなければならない。よし。


 「待て」


 立ち上がり、歩こうとしたとき、右手を掴む者がいた。振り向くと佳穂がいた。


 「何をするのだ。私は授業の始まらぬうちに配りへ行かなければならぬ。放せ」


 佳穂は、紙の束を指さした。

 

 「ジーザス、それを配るの?」


 「そうだよ。なんで?」

 

 「みんなの誕生日、知ってる?」


 盲点だった。この学校で知っているのは倉知君の誕生日だけだ。


 「いや、知らない。」


 「女子ならみんな知ってるけど。配ってあげようか?」


 佳穂はどうやらこの企みに気が付いていたようだ。


 「渡してくれるかい?」


 「もちろん。倉知君にはいつも3以上を貰っていたからね。特別に」


 倉知君がそんな贔屓をしていたとは知らなかった。意外な一面。

 

 「じゃあ、これ。」

 

 佳穂に星座占いの結果のメモと紙の束を2つ手渡した。これは報酬ね、と佳穂はそこから1を抜き取り、佳穂の机に置くと、女子に配りはじめた。さて、自分は男子に、どうやって配ろうか。束を結ぶ輪ゴムをバチンとはじいた。

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