第18話 お前の才能を見せてもらうぞ

「では購入手続きはこれで完了だな。

 “重奴隷紋”もアリ。契約内容の書き込み方はこの手順書に従えばいいんだな?


 ああ、風呂で洗浄してから渡してくれるのか。

 日用品や着替えも値段の内か。食事は……この後食べさせるから不要だ。


 うん、それら諸々が完了したら少し部屋を貸してくれないか?

 やりたいことがあるんだ」



 奴隷商との取引を終え、ソファで寛ぐ。

 やはりというか、あの獣人の娘……スゥというのか、彼女はかなり安く買えた。


 途中ミズキがかなり訝しげに俺のほうを見てきたが、考えあってのことだと察してくれたのか、口を挟んではこなかった。



 そいで。

 全ての手続を終えて後は帰るだけ、という段階で俺とミズキとスゥは奴隷商が用意した一室に集まる。

 スゥの体臭が激しく充満しているが、それに反応してしまうと可哀想なので俺もミズキも必死で平静を装っている。



 外見は本当に天使のような美少女だ。小さくて儚げな体格。宝石のような瞳。透き通るような白い肌。

 猫族特有のミステリアスな雰囲気も相まって、見ているだけど陶酔し、現実感覚を失いそうになるほど可愛らしい。



「やあ、スゥ。

 俺はルカだ。こっちはミズキ。

 2人とも勇者で、色々あって共に行動している。


 お前のことは奴隷紋で束縛しているとはいえ、可能な限り良好な関係を気付きたいと思っている」



 俺の言葉に、スゥは無言で頭を下げた。

 無礼を働く気はないようだが、どうせ今度のご主人も長くは続かない、という諦観がこもっているんだろうな。

 きっと今までこの体臭で苦労してきたんだろう。



 心配そうにミズキがこちらを見てくるのを感じながら、俺は”才能鑑定”を再度発動する。




 スゥ 14歳

 冒険者レベル:4

【冒険者スキル】

 短剣術:小

 潜伏

 夜目

 獣臭

 (伝心)



 先程確認した通りのスキルが並んでいる。


 この子の体臭は、この獣臭スキルによるものだな。

 だが、問題ない。ここからが本番だ。



「スゥ。今からお前の能力を発展させる。

 俺にはそういう権能があるんだ。

 色々とわからないこともあるだろうが、おいおい能力の使い方も説明するから心配なくて良い。

 今日がお前の人生が変わる日だ。ここからはいいことばっかりだ。

 圧勝だよ圧勝。お前のその素晴らしい才能を生かして、俺たちと一緒に勝ち組人生を送ろうぜ」


「どうしてルカは言い回しがいちいち胡散臭い情報商材屋みたいな感じになるんですか……」



 ミズキのツッコミを無視して、”才能開花”と”才能発展”を発動する。




 スゥ 14歳

 冒険者レベル:4

【冒険者スキル】

 短剣術:小→中

 潜伏→隠身

 夜目→五感開放

 獣臭→フェロモン放射

 (伝心)→以心伝心



 それぞれ説明しよう。


 短剣術スキルはまあそのまんまの戦闘スキル。

 潜伏は敵から身を隠す際によりその姿が見つかりにくくなるスキルだが、それが発展して、隠身という視覚のみならず聴覚、嗅覚、味覚、触覚に訴える情報も任意に遮断できる上級スキルとなった。


 夜目は暗闇の中でも視界が開けるスキルだが、五感開放に発展したことによって音、匂い、味、感覚の五感も、騒音や悪臭が撒き散らされるような五感の働きにくい環境でも十分に知覚情報を得られるようになった。


 これまでは獣臭を発するだけだったスキルも、今ではその匂いを用いて敵の本能を狂わせるフェロモンを発揮できるようになっている。


 そして伝心スキル。この潜在スキルだけでもすごかった。

 これはスキルの対象として設定した一人(俺を設定することになるだろう)に対して、離れた場所からでも心に念じた言葉を伝達できるという優秀なスキルだ。

 これを以心伝心に発展させたことで、設定した一人(俺)からも念じた言葉を伝達できる、つまり双方向のコミュニケーションが可能となっている。



「おお、なんだかとても優秀そうですね。斥候役としては完璧なのでは。

 ……いや、しかしこの臭いが消えないことには」


「大丈夫だ。

 なあスゥ。隠身スキルを使用してみてくれ。

 どの五感情報を出すか遮断するかは自分でコントロールできるはずだから、まずは嗅覚情報の遮断を頼む」



 やや訝しげな顔を浮かべたスゥだが。



 ピタリ。

 唐突に、室内に充満したスゥの体臭が消失した。



「こ……これは!」


「おお!思った以上だ!こんなにはっきりと匂いが消えるとは思ってなかった!」



 スゥも今起きていることが信じられない、という表情だが、やがてポロポロと大粒の涙を流し始めた。



「ご主人様……私、私……!」


「ああ、もう大丈夫だ。お前はもう大丈夫なんだ」


「私、臭いと言われて……どこに行っても臭い、汚いと言われて……!」


「大丈夫。スゥは汚くなんてない。臭くないよ。

 これまで匂いがあるように感じたのは、スゥが汚いからじゃなくて、別の素晴らしい才能が中途半端な形で表に出ていただけなんだ」



 スゥが泣きながら俺の胸元に抱きついてくる。

 うん、懐いてもらえるんならば話は早い。



「さあ、スゥ。更にお前の才能を見せてもらうぞ。

 今臭いを全部遮断してるけど、嗅覚情報のうち、フェロモンだけを開放することはできるか?

 それも、狙った相手にだけ。


 ……そうだな、俺を相手にして歯止めが効かなくなったら困るから、このミズキに対してフェロモンを全開にして放ってみてくれ」



 俺の言葉を、不思議そうな顔をしながらもなんとか理解しようとするスゥ。

 小首をかし げる仕草が可愛い。



 しばらくは要領を得ない感じだったが、やはり自分のスキルの使い方は本能的な感覚が働くのか、やがて得心のいった表情を浮かべた。

 多分今、ミズキに対してフェロモンを放射……というか、隠身スキルで遮断していた嗅覚情報のうちの、常に放射しているフェロモン部分のみを開放したのだろう。

 フェロモンは嗅覚器官で知覚する物質だが、それ自体に臭いはないので、ミズキ自身にも臭いを感じ取っている自覚はないはずだ。



 しばし訝しげな表情を浮かべるミズキ。

 しかし、段々と頬が上気し、薄っすらと汗を浮かべ、呼吸が浅く短くなり、体をしきりにゆすり、蕩けきった表情になりながらも、野獣の眼光でスゥを浮かべ始める。



「ス、スゥちゃん!私とお風呂に入りに行きましょう!

 大丈夫、大丈夫です!何もしませんから!

 いいじゃないですか減るものじゃなし、女同士だから何も問題はありませんよ!

 嫌とは言わせませんよ!わ、私だってスゥちゃんのご主人様なんですからね!


 大丈夫大丈夫大丈夫優しくするから私だって初めてですし何も恥ずかしがることなんてないです天井のシミを数えているうちに終わりますよいいじゃないですか私にだって少しくらいいいことがあったって重奴隷紋があるんだから逃げられませんよこっちはお金払ってるんですからはぁーはぁーはぁー!」


「ほいそこまで」



 ミズキの脳天にチョップを入れる。

 効きすぎだろ。性欲底なし沼かよこの女。



 すっかり怯えきった顔のスゥに、再度フェロモンを遮断させる。

 これは強力すぎるスキルだなー。使い方には慎重にならないとな。



「んじゃあ、買い物にいくか。

 この子の装備もそうだけど、俺たちの武器や防具も新調しないとな」



 ミズキが性欲の余韻を明らかに持て余しているのを無視し、俺達は商店街に向かった。



 ーーーー



「悪いがあんた達には何も売れないな」



 武器屋にて。

 刀や斧を購入しようとしたところ、店主はにべもない態度で俺たちを拒絶してきた。



「……どういうことだ?

 金はちゃんと払うって言ってるだろう。

 俺は一応勇者だ。この程度の支払で不安を与える気はないぞ」


「金の問題じゃないんだよ、勇者様。

 この街であんたたちにモノを売る商人はいないと思うぜ。泊める宿もな。


 ……すまないが、こっちも生活があるんでな。

 上に逆らっちゃあ、この街で商売はやっていけねえんだ」


「そんなバカな。昨日はちゃんと宿に泊まれたぜ。

 今さっき奴隷商と取引も終えたばかりだ。

 一体どうなってるんだよ」


「おや、そうかい。お達しがある前に買い物が済んでよかったじゃないか。

 昨晩の時点じゃまだ連絡も行き届いていなかったんだろうな。


 でも、もうダメだ。あんた、この街にはいられないよ。もう、パン一つ買えやしないぜ。

 ……一体何やったんだよ、あんた達。商業ギルトから名指しで取引を禁止されるなんて、普通じゃないぜ」


「取引禁止だって……?」



 わけがわからん。



「あら、お困りのようね」



 と、そこへ。

 若い女性の、いやみったらしい声がかけられる。



「……アンタは」


「ひっ!聖女ディアナ様!

 わ、私は売ってませんよ!お達しの通り、勇者ルカには何も売ってません!」



 そこにいたのは聖女ディアナ。

 豪奢な金髪、燃えるような瞳。

 その美しさと堂々たる振る舞い。まるで空間から彼女だけが切り出せれたような存在感を放っている。



「あら、そう。

 でも誤解を招くようなことは言わないでね。貴方達商業ギルドの裁定に、アタシは何も関与してないわ。

 あくまで勇者はあらゆる権力から独立した存在。そうでしょう?」


「は、はい!もちろん心得ております」


「わかっているならいいわ」



 ミズキと変わらんような年頃で悪党が板についてるなあ。



「……やってくれるじゃないか。

 どういうつもりだ?」


「あら?なんのことかしら。わからないわね。

 ただ、市政の噂を聞く限り、この街でアンタ達に物を売る店はないんじゃないかしら?

 衣・食・住。何一つとしてアンタ達がこの街で手に入れられるものはない。


 アンタも勇者なら、引き際を悟ったら?今すぐここを出ていくなら、食糧ぐらいは恵んでやるわよ?

 ま、アタシ達の管理下に入るってのなら、商業ギルドに口を利いてあげなくもないけど」


「なんて卑劣な!

 まさかこんな、『将太の寿司』の笹寿司みたいなことをする奴が本当にいるなんて!」



 ミズキが何言ってるのかはよくわからんけど。

 ま、それより……。



「それ……なんだ?」


「ん?」



 聖女ディアナが片手にもつ、縄のその先。

 リードからつながる首輪をつけ、半裸で四つん這いになっている勇者アイザックの存在が気になりすぎて話が頭に入ってこない。

 なんかキリッとした顔してんのがコメントしづれえよ。



「ウチの躾になにか?」


「ああ、いや。お互い同意の上なら俺から言うことはないんだが。


 まあ、それよりさっきの話だ。

 はっきり言う。お断りだ」


「……へえ。

 一応、理由を聞いておこうかしら?

 アンタがこの街に固執する理由はないし、今すぐ引き返すなら、特に失うものもないように思うけど」


「簡単なことだよ。

 ーーーーお前のことが気に入らない。それだけさ」


「テメぇっ!ディアナ様に向かって!」


「こら、ポチ」



 カチ。ディアナがリードのボタンを押す。

 ビビビビビ!電気的な音とともに、アイザックの全身が痙攣する。


 プスス……かすかな煙と焦げ臭さを放ちつつ、アイザックが倒れ伏す。

 消え入るような声での「ありがとうございます……」がめっちゃ怖い。



「いい度胸をしているじゃない。警告はしたつもりだったけれど。

 このアタシに歯向かうとどうなるか、これからたっぷりと味わうことになるわよ。

 後悔しても知らないんだから」



 何事もなかったように話を続けるディアナに少しビビりつつ、俺も気勢を吐く。



「けっ。調子に乗るなよ。

 後悔するのはお前の方だ。何もかも、自分の思い通りになると思うなよ!


 さあ、行くぞ。ミズキ、スゥ」



 踵を返して歩き出す。

 宣戦布告はした。ディアナも今この場で追ってくる気はないようだ。



「ル、ルカ。良かったんですか?

 いえ、あのいけ好かない女に従うのは私もごめんですが。

 なにか、対抗するアテはあるんですか?」



 ミズキの狼狽はもっともだろう。

 スゥも、不安げな表情を浮かべている。



「大丈夫だ。アテはある。

 だまって俺について来い」



 ーーーー



「というわけで、エステバン伯爵。

 しばらくここに厄介になっていいですかね。衣・食・住すべて寄りかかる形で。

 あと、装備品や消耗品の調達もお願いしたいんですよ。伯爵経由での買い物なら、商業ギルドの連中も流石に売らないとは言えないでしょう。


 あ、このスゥは今朝買った奴隷です。

 エステバンさんの嫌いな重奴隷紋契約ですが、悪用はしないのでご容赦お願いしますね。


 あと、コルネオ組でしたっけ。エステバンさんが贔屓する古いヤクザの。

 あれを助ける話ですが、もうちょっと保留させてください。

 この屋敷に厄介になることとこの件は、あくまで別のお話ってことで」


「……………………。

 あー……、まあ。君がそうしたいなら、別にいい、んじゃが。

 うん……。まあ、ゆっくりしていきなさい」



 一瞬エステバンさんがこいつマジかよみたいな顔になったのには気づかなかったことにしよう。

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世界唯一の育成能力者だけど、パーティ追放されたモブ冒険者を集めて才能開花させて最強パーティを結成したら「もう用済みだ」って俺が追放された件 〜やっぱ追放される奴って人間的に問題あるわ(俺も含めて)〜 ジュテーム小村 @jetaime-komura

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