第17話 性欲爆発してんじゃねーか

「軽蔑しました」



 ミズキは即答した。



「腹の底から軽蔑しました。

 心の底から軽蔑しました。

 魂の底から軽蔑しました。

 子宮の底から軽蔑しました」


「お、おい!

 ちょっと待て、話を聞いてくれ」


「話しかけないでください気持ち悪い。

 ああ、こんな下劣な性差別主義者とコンビを組んでいたなんて一生の不覚です。

 ルカのような、女性をモノとしか見られない歪んだ価値観の持ち主がこうして存在する以上、やはり男性向けのポルノや漫画、アニメやゲームは法によって厳しく規制する必要がありますね。

 ん?勿論女性向けは何も問題ありません。BL作品では強姦・監禁・薬物使用といった過激な性描写が多々表現されますが、あれらはあくまで美しい愛情の発露なので。オスの薄汚い性欲と一緒にされるのは心外です」


「何を言ってるのかさっぱりわからん!

 その、まんが?とかいうの、俺は見たことないから多分関係ないし!」



 ちょっとこの子冷たすぎない?

 女性をモノ扱いって言うけど、男性おれを人間だと思ってたらこんな言い方しないよね普通!?



「いやだからな、あくまで戦力の補強を目的として、だな。

 ほら、俺達は戦闘能力は十分以上にあると思うけど、例えば斥候・探索系の分野が素人じゃないか。

 その辺のプロを確保する上でさ、獣人の中でも猫系の種族は感知能力や敏捷性が高いからうってつけだし。

 でも猫系獣人って気ままな気質の奴らが多いからな。


 俺達の権能相乗が外に漏れないようにすることも考えたら、きっちり奴隷契約で縛れる相手の方が安心だろ?

 いや、別に虐待とかしたいわけじゃないぞ?

 でも逃げられない相手を確保したほうがこっちも信用して”才能発展”や勇者式鍛錬法で強くしてやりやすいじゃん。

 特に勇者式鍛錬法に耐えてもらうこと考えると、相手の肉体が若いほうが伸びしろあるし。

 んで、この国で一番獣人奴隷を豊富にそろえてるのがこの街だからな。

 ここで一番素質のある奴を選んで俺達のパーティの戦力向上にだな」


「長ったらしい言い訳を早口でしないでください。

 これはマンスプレイニングというれっきとしたハラスメントです」


「ま、まんすぷ?なにそれ?

 いや、奴隷の売買自体はこの国では普通に認められていることだからな!?

 よし、じゃあまずはお前が何が気に入らないのか教えてくれよ。それにちゃんと答えるからさ」


「私に質問しないでください。

 シーライオニングはれっきとしたハラスメントです」


「しー……何だって?

 なあミズキ。少し冷静になってくれよ。

 そうやって相手にわからない言葉を振りかざすのは、話し合いの場にふさわしい態度じゃないと思うぞ」


「私の態度を矯正しようとしないでください。

 トーンポリシングです。ハラスメントです」


「どうしろってんだよ!」



 説明するのも質問するのも宥めるのもダメじゃどうしようもないだろ!

 それじゃ「黙って私の言うことを聞け」にしかならないだろうが!

 納得いかねえぞ!わけのわからん単語ばっかり並べたてやがって!




「結局男なんてこういう生き物なんですよ。

 異世界に来たら獣人美少女奴隷を囲わなくてはならない呪いにでもかかっているんですか!

 ああもう汚らわしい」


「いや、なんだよ異世界って。

 俺は産まれた時からこの国で育ってるんだが……」


「とにかく!

 私は奴隷制に反対します!現代日本で育った者としてこの価値観は譲れません!

 ああ、目標ができましたよ!勇者ランキングで頂点に立って王国の政治に影響を与えられる立場に立って、奴隷制を廃止してみせます!


 人間と人間は常に平等。人が人を、それも性的な目的のためにお金で買うなんて許されることではありません!ええ、許されるはずもありません!

 人権派NAISEI系主人公に……私はなる!」



 なんか偉い勢いで燃え上がっちゃったな。

 こいつは説得に骨が折れそうだ。



 ーーーー




「で、一応奴隷商館にはついてくるんだな」



 翌朝。

 あれ以来口をきいてくれなかったミズキだが、奴隷購入のために商館に行くと言ったら無言でついてきた。



「ええ。監視しておかないと、ルカがどんな卑劣な人権侵害をするかわかったものではないですからね。

 どうせあれでしょ?『ふむ。見た目は悪くないが、味見してみんことには判断がつかんなあ』とか『オラっ!未来のご主人様のテクニック講習だ!ありがたく受け取れ!』とか言って暴虐の限りを尽くすんでしょう?

 FANZAやDL-siteで6桁円は消費してきた私には、男どもの考えることなんてお見通しなんですよ」


「よくわかんないけど多分お前の観測範囲偏ってるよ……」



 案外清潔で快適な応接室。

 店主が来るまでここで待て、と言われた俺達は柔らかなソファに身を預けながらこんなことを言い合っていた。



 カチャリ。

 扉が開く。


 入ってきたのは店主ではなく、執事服を来た少年だった。

 お茶の乗ったお盆を持っている。12歳くらいかな?

 犬耳の生えた獣人だな。……ぞわり、と震えがくるほどの美少年だった。



 っていうか。この執事服、なんかおかしいぞ。

 全体にカッチリした雰囲気で格好いいんだが、脇の下がすっぱり切り落とされていて、側腹部のなまめかしい肌が丸見えだし。

 しかもなぜ半ズボンなんだ。太もも丸出しで。お肌ツルツルですね。


 優雅な手つきでお茶を配膳したその少年は、ニコリ、とどこか憂いを含んだ笑顔をこちらに向けてくる。

 ……不覚にもドキっとした。な、何なんだよその色気は。

 ちょっと怖いんですけど。


 こう、何かを訴えるような、媚びるような甘えるような、それでいてこちらの心の底を覗き込むような目つきで。

 へ、変だぞこの子?普通の雰囲気じゃないって。



 カチャ。

 扉が開き、今度こそ店主らしき壮年の男性が入室してくる。



「お待たせしてしまい申し訳ありません。

 本日はようこそいらっしゃいましたお客様。

 奴隷をご所望と伺っております。この執事めが、なにか粗相などしませんでしたでしょうか」


「あ、ああ。問題ない。

 今日はよろしく頼む」



 若干飲まれている感覚になりながらも、何とか精神的余裕を装いながら返事を絞り出す。


 ニコリ。またあの少年があでやかな笑みを向けてくる。

 いかん、いちいち動揺してしまうな。



「ちなみに、あの少年も奴隷か?

 流行りの男娼と見受けるが」


「流石、お目が高い。

 おっしゃる通り、彼は当店きっての目玉商品です。

 ご存じの通り、昨今貴族の間では男娼を囲うのが大流行しておりまして。

 とりわけ獣人は人気が高く、あの少年にも徹底的な教育を施しているので必ずやご満足いただけると自負しております。


 如何でしょう。

 貴族に流行したものは、少し遅れて勇者の皆様に流行するのが世の定め。

 勇者様も是非、流行に先駆けてお試しいただくというのは」


「い、いや。間に合っている。

 俺はそういうのは、ちょっとな……」



 流行ってるとは聞くけど、流石に男の子はちょっと。

 あの色気を見るに、手を出す連中の気持ちもわからんでもないけどさ。



「あ、あの子はいくらで買えますか!?

 ……ええ! それは流石に手が出ません!

 資金が溜まるまでお取り置きしてもらうとかは……う、預託金がそんなにも。

 いえ、少し考えさせてください。


 ち、ちなみに先に味見をさせてもらうなんてのはムリですか!?

 ……なにをケチなことを! こっちは客ですよ! いいじゃないですか減るもんじゃあるまいし!

 使用感・・・を試してみないと、料金に見合った価値があるかどうかわからないじゃないですか!

 今時どこのサイトでもサンプル画像くらいは提供して当たり前ですよ!?」


「おいコラ。そこの人権派NAISEI系主人公」



 性欲爆発してんじゃねーか。

 昨日の話は何だったんだよ。



「ハっ!?失礼しました。

 私としたことが、取り乱してしまいました」


「しっかりしろよ。

 そんなんで折角できた目標が達成できるのか?」


「目標……?

 今の私の目標は、勇者ランキングの頂点に立って大量の美男子奴隷を揃えて、誰が一番私の伴侶にふさわしいか聖杯戦争を開催することですが」


「一日で忘れるようなこころざしで俺のことを罵倒したのかお前は!」



 マジかよこいつ。

 自分が発言したことを本気で覚えていないのか……。


 いやまあ、もうどうでもいいかそんなこと。

 こいつのソレに付き合っていたら日が暮れる。



「じゃあ、奴隷を見せてくれ。

 若い獣人を中心に、戦闘に連れまわせる奴を頼む。

 いや、だから男娼はいらん。最近は男の方が値段が上がってるんだろ?

 このバカが発情しないためにも、女の奴隷で頼む」



 ーーーー



 で。

 いろいろと見て回った。


 まあ悪くはないかなーって感じ。

 どれをとってもそこそこ役に立ちそうだし、優秀な才能をもっている子もいたね。


 ただ値段がなー。

 高騰している男の子よりはマシとはいえ、やっぱりそこそこするな。

 でも、裏切らない相手って条件だとやっぱ奴隷を志向しちゃうし。

 あと一歩、決め手が欲しいところだ。



「これで全部か?」


「はい、ご紹介できる者はこれで……。

 ああ、いえ。一応あと一人いるのですが。


 ただ、その者は少々問題がありまして。

 これまでお見せした者からお選びいただくのがよろしいかと」



 問題、ねえ。

 まあ一応見ておこうかな。


 俺なら秘められた才能とかを見抜けるかもしれないし、ワケアリってんなら割安で買えるかもしれない。



 商館の地下の奥深く。

 人通りのなさそうなゾーンに、重厚な扉で厳重に施錠されている部屋へと案内される。



 ゴゴゴ……重苦しく扉が開く。

 瞬間、むわりと激しい獣臭が鼻を衝く。



「ゲホっ!ゲホっ!

 なんですかこの臭いは!他の獣人も体臭はありましたが、こんなにひどくはなかったですよ!」



 ミズキの言葉に賛成だ。

 かなり、キツイ獣の香り。


 部屋の前に立っているだけで胃の奥からせりあがってくるものがある。



「はい。こちらの猫人族の娘の体臭です。

 この者は、外見も知能もかなり高品質なのですが、いかんせんこの臭いが酷すぎて買い手がつかない不良品です。

 愛玩用に買ってみてくださったお客様も、みな三日もせずに返品に来る有様で。

 もはや値段を他の十分の一にしても買い手が付きません」



 店主が申し訳なさそうに説明する。

 たしかに、これは不良品だ。


 斥候・隠密の役割を期待しての物色だったが、この臭いではどこに潜んでも敵に発見されてしまう。



 ハズレかな……と思いつつ、一応見てみたところ。



「うわぁ……可愛い……。

 こんな子が妹にいたら、お姉ちゃん頑張っちゃいますよ……!」



 飛びっ切りの美少女だった。

 小柄で儚げな存在感。

 天使のような美貌。無垢な表情。

 猫系獣人の特徴である猫耳も、頭の上でピンと上を向いている。


 年齢は14歳くらいだろうか。



 同性であるミズキでさえ見とれてしまうような美少女だ。

 ……この体臭さえなければ、戦闘能力などを度外視してでも、どこぞの好事家が金に糸目を付けないだろうくらいには。



「この娘の名前はスゥと申します。

 御覧の通り、本来ならば当店の目玉商品となるような外見を持った奴隷です。

 それだけではなく、知能も身体能力も非常に優秀。

 加えて、従順で忍耐力のある性格。どこに出しても恥ずかしくない一級品なのです。


 ……この体臭さえなければ」



 奴隷商の言葉も頷ける。

 彼としても、なまじっかモノがいいだけに非常に扱いに困ったそうだ。

 入念に洗ったり、香水を付けたり、様々な工夫を凝らしてみたが、どれもダメ。


 やむを得ずにこんな物置のような部屋に押し込めているとのことだが……。



「ルカ。やはりこの子は難しいのでは……」


「いや、問題ない」



 俺の”才能鑑定”は見抜いていた。

 そんな欠点をすべて帳消しにするようなこの子の秘められた才能を。



「店主。この子を貰おう」

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