ラグニゲル王国歴史書

@kabotyamame

プロローグ

「ハァ、ハァ・・・。」


「もう、追っ手は来てないか・・・?」

いや、いる。


確実にいる。


いないわけがない。


くそっ。俺は生も死もゴミのような、存在する意味もない奴だったのか。


くそっ、くそっ・・・。


---


俺はどこにでもいるような門番。


みなが知っているかどうかは分からないが、この一帯を治める公家にこき使われている。


扱いは下僕の下僕といったところだった。


しかし、一人だけ俺にやさしくしてくれる人がいた。


時々、この家にやってくるお方だ。


容姿端麗、この世のありとあらゆる憎悪と嫉妬が渦巻いても勝てまい。


それほど性格もよく、だれとでも分け隔てなく接していた。


しかし、それだけに俺が働かされていた公家と仲が悪かった。


これはいつか聞いた話だが、そのお方があまりに俺の身を哀れにお思いになって、引き取ろうという話まで出ていたらしい。


まぁ、そんなの噂話の域を出ないが、噂になるぐらいなんだから、100%嘘というわけでもないだろう。


そんなお方が、今日。


俺と一緒にいる間にーー、恐らく九条の家の者だろう。


暗殺された。


俺は、見ていることしかできなかった。


少し談笑していた、瞬間だった。


血しぶきとともに空中を舞う首と目が合った。


俺は、本能のままに、逃げた。


もちろん、公家の当主を殺したんだから、そんなことが世間に公になってはいけない。


殺人を目撃した俺を見逃すはずがない。


---


路地を曲がった所で、前後を囲まれた。


そりゃ、プロの暗殺師ゆえん。集団計画殺人。


追いつかれない訳がない。


ははっ。人生の転機が死かよ・・・。


「・・・。」


長い沈黙が流れた。


飛び散った血で視界が微かに滲みはじめていた。


無音が耳を突き刺した。


体感、2時間。実際は1分も経っていないだろう。


目の前にいる暗殺師が沈黙を破った、


「お前は、ここで死ぬべき人間。


 先ほどのことを言いふらされては、困るからな。」


耳から飛び出さんとするばかりに早鐘を打つ心臓。


その暗殺師は一呼吸おいて、


「今から、お前を殺すが、何か言い遺したいことはあるか。


 せいぜい酒の肴にでもしてやるさ。」


周りから鼻で笑う音が聞こえる。


くそ。


ゴミだ。


毎日食いものすら手に入らない、金もすべて役人に搾取される人生。


毎日ぼろ雑巾のようにゴミ同然として扱われる人生。


毎日みじめな思いをし続ける人生。


そして今日、人生という柱を支えていた一つの支柱--、


名前は知らないけれど、それがあの方にとっての普通なのかもしれないけれど。


笑って話をしてくれる人間を失った。



もう、失うものは何もないな。


心残りは、親くらい。


生まれてすぐ離れ離れになったらしいが、声ははっきりと覚えている。


何てささやかれたのかは覚えていないが、優しい、俺の全てを包み込んでくれていた気がする。


「親・・。お母さん・・・、お父さん・・・。」


前にいる暗殺師はケラケラ笑い出した。


「おい、お前。もう年は16かそこらだろ?


 立派な大人のガキがぬかすんじゃねえよ!!」


ハハハハ、という笑い声とともに、視界がさらに滲んだ。


おかしいな。


泣くなんて。


もう失うものはなにもないのに。


怒る気力すらない。


死ぬことがわかってるから。


目の前の暗殺師は


「おいガキ。


 もうそろそろお別れの時間だなぁ。


 この世ともおさらばだぜぇ?」


と言いながら、刀を抜いた。


おぞましいほどの光り方に畏怖した。あぁ、これが最後のこの世の画、か。


次の瞬間、俺の首は空中に浮かんでいた。

---


気づいたら、真っ暗な空間にいた。


なんだここ。


俺は死んだが。


地獄か。地獄なのか。


確かに、食い物を盗んだり戦の時には乱取りもした。


でも、周りの奴らもそんなことたくさんしてた。



仏教も信じてた。



ははっ。天国なんて存在しねえよ。


今証明できたじゃねえか。


すると突然、


「おやおや、君はやけに怒っているようだね」


とどこからともなく聞こえてきた。


その得体のしれないものは俺の機嫌を取ろうとしているのが見え見えだ。


逆に逆鱗に触れた。



俺は、思いのままにぶちまけた。


凄いむごい言葉も、罵詈雑言も、ありとあらゆる人生という汚物を吐き出すように。



1時間くらいずっと叫んでいたかもしれない。


気づいたら泣いていた。


俺が泣き止んだ時を見計らってか、得体のしれないやつがしゃべりだした。


「そうかいそうかい。


 それはつらかったねぇ。」


俺は、なんだかしらねいけど、怒らなかった。



ただただ、ほっとした。


それはゴミみたいな人生がやっと終わった、ってのもあるけど、労いの言葉をかけてもらったのは今日殺された人以外、、いない・・・。


あれ・・・?今日・・・?いつ・・・?


このよくわからない所にきてどのくらい経った?



そもそもなんでこんな場所に・・・?


もしかしてまだ死んでないのか・・・?



俺が混乱していると、突然視界が明るくなって、得体のしれないやつの正体がわかった。



「やぁ。四半刻ぶりだね。」



そう・・・。さっきから俺が罵詈雑言を浴びせていたやつの、いやお方の正体は・・・。


「今日、殺された人、」



「だね。」


「なんで・・・?なんで俺と貴方は死んでないんですか?


 いや、死んでいないというよりかはなんで殺されたのに物理的な体があるんですか?」



「それはね。実は錯覚だよ。」


「え・・・?」


「僕の足を見てごらん。少し薄いでしょう?」


確かに、薄い。というよりかは足が通り越して見える。



あわてて自分の足を見る。


「少し、だけ・・・薄い、。」



「でしょう?


 実は、僕は闇払いといって、陰陽師なんだ。」

「え?」

と、不意に出る。




目の前にいる陰陽師はふふっ、と笑みを浮かべながら、片膝をつき、両手を前にかざした。」



「国王陛下、只今帰還したり!!


 国王陛下、只今帰還したり!!」



混乱する間もなく、また視界が真っ白になった。


気づけば、全身がふわふわした感覚にとらわれたまま、記憶にない小さな家のようなものの中に寝ていた。

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