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 「おーい、にーちゃん、こっち片付け終わったよー」

 駿佑が窓の雑巾がけをしていた兄に声をかける。部屋がほとんど空っぽになったとあって、いつもより声が反響する。

 「おう、こっちももう終わった」

 膝立ちになっていた悠佑が立ち上がる。兄弟そろって白のTシャツに紺のワイドパンツ姿だ。 

 「じゃぁ少し休憩にしよっか」

 「だな。コンビニ行こうぜ」

 「おう」

 駿佑は梱包し終わった段ボールを玄関脇に置いた。頭に巻いていたタオルを流しに投げる。

 「おい、駿、これも頼む」

 「はいよ」

 兄が投げてきた雑巾をキャッチして、それも流しに放りこむ。服に付いたホコリを手ではたき落とし、悠佑が黒のキャップ帽をかぶる。

 「よし、じゃぁいくか」

 「うん」

 二人は連れ立って外に出た。空がいつもより高い。真夏のようなからりと晴れた空だ。午後の日差しが容赦なく二人に照りつける。

 一段一段下りていくたびに、錆びついた外階段が賑やかな音を立てる。

 「もう夏だなぁー」

 「ねー」

 「いよいよ明日引っ越しかぁ」

 「無職の居候ですが、しばらくよろしくお願いします」

 柄にもなく駿佑が深々と頭を下げる。駿佑はしばらく神谷町にある兄の家に身を寄せることになっているのだ。

 「いーんだよ。気にしなくて」

 悠佑が笑う。

 「なるべく邪魔にならないようにするつもりだから……」

 「俺も近い内に引っ越す予定だから、そうなったらもう少し広いとこに引っ越そ」

 「仕事は?」

 「なんとか年内には辞められそうかな。もう父さん達にもそのこと話してあるし」

 「えっ? いつの間に?」

 思わず駿佑が兄の顔を見る。

 「この間二人がこっち来た時に、ちょこっとだけ」

 「そうなんだ。何か言ってた?」

 「特には。別に反対もされなかったし。ただ、駿佑と一緒に住む、って言ったら喜んでた」

 「そっか」

 二人は小さな池の前に差しかかった。その横には、木々に隠れるようにして弁財天がある。

 「もうここも見納めかぁ」

 悠佑が祠を見る。

 「俺さ、ここ通るたんびにお願いごとしてたんだよね」

 「へぇー。めんどくさがりのにーちゃんがねぇ。そんなに何お願いしてたの?」

 「言わない」

 「えー」

 「寄ってこうぜ」

 「うん」

 それぞれ財布から出した五円玉を賽銭箱に入れ、二人並んで祠の前で手を合わせる。

 「にーちゃん何お願いしたの?」

 「言うわけないだろ」

 「ケチ」

 口をへの字に曲げる弟に、悠佑が自分のキャップをグイっとかぶせる。

 「後ろの髪変な癖付いてる」

 「ツバで前見えないんだけど、」

 駿佑がちょっとふてくされながら、ツバを持ち上げる。

 「いーからかぶっとけ」

 「はーい」

 弁財天を出て、二人はそのまま大通りに続く階段を上っていく。

 階段の中ほどで、悠佑が立ち止まる。見上げると、駿佑はもう大分上までいっている。

 「この階段いつ見ても急だよなー」

 「確かにね」

 遅れる兄に気付いた駿佑が、足を止めて振り返る。肩で荒い息をしている悠佑に対し、駿佑は呼吸一つ乱れていない。

 兄の様子を見ていた駿佑が、やれやれ、といった面持ちで階段を下りてくる。

 少し休んで、二人はまたゆっくりと階段を上り始める。

 その脇を、生ぬるい風が駆け上がっていく。

 「ねぇ、ここまで来てよ」

 先に一番上まで来ていた駿佑が兄を手招きする。

 「ん? どした?」

 「こっからの景色キレイじゃね?」

 駿佑が悠佑の背後を指差す。その先には、爽やかな白みがかった夏空の下、ビル群と荒木町の街並みがあった。

 「まぁな」

 「ねぇ、ここバックにして写真撮ろうよ」

 「何でまた、」

 「何となく。再スタートの記念に」

 「はぁ…、俺が写真嫌いなの知ってるくせに…」

 悠佑は面倒くさがりながらも、生き生きとしている弟の姿に目を細める。

 「はい、じゃぁいくよー。ほら、にーちゃんも入って」

 駿佑が左手を掲げてセルフィーを撮ろうとしている。駿佑が兄の肩に手をかける。悠佑も弟の肩に手をかけた。

 「にーちゃんの卒業式の時、こうやって写真撮ったね」

 「覚えてるんだ」

 「まぁね。今回の写真はオレのブラック企業卒業の記念、ってとこかな」

 「だな」

 弟の冗談に思わず悠佑のほほも緩む。

 「ほら、にーちゃん笑って笑って。撮るよー」

 パシャリ。

 辺りにシャッター音が響く。

 荒木町は静かな昼下がりだった。

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『卒業写真をもう一度』 駿介 @syun-kazama

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