5-4

 「あのさ、これを見てほしいんだけど」

 一段落着いた所で、そう言って悠佑が一枚のチラシを座卓の上に出した。

 「やっぱりお前はそこまで調べてたか」

 悠佑が出したのものは、退職代行業者のチラシだった。

 「うん。ここ二週間ぐらいずっと探してて、ここが一番いいと思う」

 「こういう仕事があるのは知っていたが……」

 父は悠佑が置いたチラシを手に取る。

 「駿から会社の話聞かされた時から、すんなりと辞められそうにないと思ってたから、退職代行使うのが最善だと思って。ここなら実績もあるし、弁護士の資格持ってる人が対応してくれるから大丈夫なんじゃないかと思う。念には念を入れて、録音とか勤怠記録とかパソコンのログイン情報とかも集めてあるから、よっぽどのことがあればそれ使ってまた次の手段を考える」

 悠佑の計画は非常に用意周到なものだった。

 「もう先方にも話は通してあるよ。その気になれば、本当に明日にでも辞められる」

 「そうか、じゃぁ明日明後日にも…」

 「あのさ、お願いがあるんだけど」

 覗きこむようにチラシを見ていた三人の視線が一斉に駿佑に向けられる。

 「会社辞めるの、少しだけ待ってほしい…」

 「どうしてだ?」

 「なんで?」

 「お前正気か?」

 驚きのあまり三人同時に声を上げる。

 「あんなクズな会社だけど、自分なりにケジメを付けてから辞めたいんだ」

 「お前さぁ、そーゆー性格に付けこまれてこうなったんだろ?」

 悠佑が半ば呆れた顔で弟を諭す。

 「にーちゃんが言うことも分かってる。けど、あと一週間だけ、いや、金曜日まで待ってほしいんだ。その間に自分の気持ちとか、色んなものにケリを付けたい」

 「一週間って、何するんだよ」

 「今残っている仕事があるから、それをちゃんと片付けてから辞めたいんだ」

 「はぁ?」

 「オレ、このまま逃げると前に進めない気がするんだ。しっかりと自分が納得して、多少なりともちゃんとした形で辞めたいんだ……」

 「それで何かあったらどーするんだよ」

 「大丈夫だって」

 「お前そう言ってあそこまでなったの忘れてないか?」

 「今回は本当に大丈夫だから」

 「お前なぁ、それが信用ならないって…」

 「まぁまぁ悠、それぐらいにしなさい」

 悠佑を手で制しつつ、間に父が割って入る。

 「だって父さん…」

 なおも悠佑が父に食い下がる。

 「悠が心配するのもよくわかる。けど、駿を信じて任せてあげなさい」

 「……わかった」

 「駿、お前の好きなようになさい。ただし、何かあったらすぐに連絡してくること」

 「はい」

 「その時はすぐ辞めさせるからな」

 「はい」

 「悠もいつでも動けるように準備しといてくれ。何かあったらいつでも連絡してきてくれ」

 「わかった」

 「よし、じゃぁ先のことはまた追々相談していくことにしよう。大丈夫だ、後は何とかなる」

 自分自身に言い聞かせるような、力強い言葉だった。

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