第14話 英雄鼓舞

 村外れの騎士団の拠点。

 その一角にある、とある天幕テントの中で。


「貴公、もしかして阿呆なのか?」


 ほとんど出し抜けのように、青年騎士にそう言われた。


 海斗は、しばし視線を宙に泳がせて――考え込んで――それでも心当たりと言えるものは見当たらず、首を傾げることになった。

 ぼんやりした声で問い返す。


「……なんでだ?」

「何故と聞くか。いや、そうだな。貴公がそういう性質たちなのは分かっていたのだがな。うまく皮肉が通じないものだな」

「俺が悪いのかよ? そっちに皮肉のセンスがないだけだろ」

「そんなことが得意な騎士などいるものか……いや、それはどうでもいい。つまりだな」


 と、マンフレートは、テントの中の簡素なベッドに横になっている海斗の全身を眺めるようにしてから、


「なにをどうすれば、そんな生きたままで怪我まみれに傷だらけの姿になれるのだ? 普通なら死んでいるものを。不死身というよりいっそ不気味ですらある」

「ひでえ言われようだな。しょうがないだろ、あんな魔獣を三体も同時に相手したんだから」

「それもにわかには信じ難い事実だったがな。ジハード軍があれほどの戦力を繰り出してきたこと、それがこんな王都の間近に迫っていたこと……そして、それを貴公が、単身ですべて倒してしまったことも」

「ふふん、まあな。楽勝だったぜ」

「そのざまで言えたことか?」


 呆れたようにマンフレートが嘆息する。

 まあそれはそうだろう。

 今の海斗は頭からつま先まで包帯にくるまれ、添え木やら固定具やらで半ばベッドに縛り付けられているような有り様なのだから。

 余裕をかますにしても格好が追いついていない自覚はある。


 それでも海斗は余裕げに、鼻で笑った。


「大げさなんだよ。こんなもんツバでもつけときゃすぐ治る。自慢じゃないが、元の世界じゃこの程度は日常茶飯事だったぜ?」

「本当にまったく自慢ではないな。だが、とにかく今は安静にしていろ。医療物資もなにも足りていないのだ、半死人にこれ以上付ける薬はないぞ」

「だから、平気だって言ってるだろ」

「……それほど村のことが気がかりか?」


 神妙に表情を改めて、マンフレートが言ってくる。


 思いがけず本音の部分を突かれて、海斗は口をつぐんだ。

 青年騎士が、やはりそうかとつぶやいた。


「心配するな、荒野の民はみなタフだ。あんな程度でへこたれるほどヤワではない。どのみち海斗、既に貴公はあの恐るべき脅威を退けているのだ、これ以上出る幕はない」

「なんだよー。てっきり勝利の宴会でも盛大に開いて、それはもう丁重にもてなしてくれるもんだとばかり」

「下手な冗談を言うな。そんな余裕がないのは分かっているはずだ」

「まあ、そりゃそうなんだけどな。だけど、そんな時ならなおさら、俺が一席って雰囲気だけでも盛り立てなきゃ駄目だろうが。違うか?」

「もっともな意見だな。だが問題は、その勝利の立役者がそんな半死人の情けない体たらくであることだ。そんな姿に民衆が勇気づけられると思うか?」

「…………」


 ほとんど見透かされたような物言いに、今度こそ黙り込む。

 一理ある言葉、どころではなく、ほぼ単なる事実だったからだ。


 マンフレートがまたひとつ、ため息をついた。


「貴公は為すべきことを成した。だから、あとは我々騎士団の仕事だ。村の引き続きの警護も、再建の支援の手配も。そして、鉄海斗の王都までの移送もな」

「……分かったよ。ったく、面倒見のいいことで」

「それが私の役割だからな。レムリア様から直々に言付かったのだから無為にはできん」


 生真面目にそう告げて、マンフレートはテントの裾に手をかけた。

 もう行くつもりなのだろう。


 と、最後に聞き残していたことを思い出して、海斗はその背に声を向けた。


「なあ。最初に村に着いた時、話をした女の子がいただろ? あの子を庇ったっていう兄貴はどうなった?」

「ん? ――ああ、無事だよ。危ないところだったが医療班が間に合った。今後の生活には多少なり差し障りが出るかもしれんが……」

「……そうか」

「あまり背負い込むな。貴公はよくやった。それに、荒野の男はタフだと言っただろう。あの程度の怪我や逆境でへこたれたりはせんよ」


 と、一息ついてから言葉を継いでくる。


「王都からの救援の部隊も、明日には到着するだろう。それと交代で我々はハイペリオン城へ帰還する。そういう手筈だ」


 言い置いて、マンフレートは傷だらけの村のほうへと戻っていった。




 その言葉の通り、翌日の昼には王都から新たな馬車隊がやってきた。

 現場から飛ばした早馬の要請に応えて、救援物資や医療品、食糧の類を満載して。


 しかし、村人全員分をまかなうには当然足りないだろう。

 小さいとはいえ、五百を超える人口の村がほぼ壊滅状態とあっては、補給品はどれだけあっても足りるはずがない。

 王都の蓄えにも限界があるだろうし、仮にすべてをなげうってこの村を救ったところで、また別の村や町が魔物に襲われればそちらをフォローできなくなる。


 つまりこの村は、これから一刻も早く復興しなければならない。

 魔物の群れの脅威が去ったとはいえ(あれから騎士団が改めて攻め込み、巣に残っていた引き裂き獣どもを掃討した)、このままなら村人は飢えて死ぬだけだ。


 今一時を凌げばいいという話ではない――

 なのだが。


「ちくしょう……いったい、どうしてこんなことに」

「もう駄目だ。この村はもうおしまいだ。あんな化け物どもがまた襲ってきたら――」

「でも、どこへ逃げたら……移住できる余裕のある村なんてないのに」

「痛い、痛い……ううっ……」

「助けてくれ、助けてくれ騎士様……神様ぁ……」


「…………」


 通りや家々の中に響いているのは、覇気のない痛みとうめきの声。

 すべてがすべてではないにせよ、伝わる空気は悲痛そのものだ。

 傷だらけの村に復興の兆しはいまだ遠く、残酷な陰りだけを残して戦闘の傷痕を生々しく刻みつけている。


 テントから無理やり抜け出した先で、海斗が見た光景はそんなものだった。

 マンフレートが嘘を言っているのは分かっていた。

 荒野の民がどんなに強くとも、あれほど巨大な恐怖と脅威に間近でさらされて、平気でいられる人間は決して多くない。

 依って立つ寄る辺がなければ、人の心はあまりに脆い。


 そして一方で、マンフレートの言うことも一面として正しいのだ。

 これほどの惨状の中では、海斗にできることはなにもないに等しい。

 声を上げたところで、所詮は通りがかりの余所者にすぎない鉄海斗では、彼ら彼女らの心の支えになれるはずもないのだから。


「……嫌なもんだな。いっそ、見ないで済むならそっちのほうがマシだったか」


 そんなわけに行かないのは自分で分かっていたが、気が滅入って言わずにいられなかった。


 無力さを噛み締める。

 正義感なのか同情心なのか、その区別も判然としなかったが。


 そんな時だった。


「――海斗! ここにいたんですか」


 ふと横合いから声をかけられて、海斗はそちらに振り返った。


 意外な声ではあったが、そちらからやってきたのは見知った顔だった。

 アトラである。


 マントを羽織っているが、その下には例の騎士甲冑を着込んでいた。

 それでも重量を感じさせない機敏な足取りで、こちらへ駆け寄ってくる。


 何度か目を瞬いてから、海斗はぽかんと口を開いた。


「……アトラ? なんでここに? お城のほうはいいのか?」

「大規模な戦闘があったと聞いて、救護隊と一緒に急遽駆けつけたんです。あと、どうしてここにはこっちの言い分でしょう。テントで身体を休めているはずじゃなかったんですか」

「あー……」


 実際、怪我を押して村の様子をのぞき見に来ていたのだが、まさかそれを指摘されるとは思わなかった。

 なにか誤魔化そうとしてから、アトラにそれを遮られた。


「言い訳なら結構です。村を心配してくれた、というそれだけでしょう。それより、私はあなたを探していたんです」

「なんで?」


 訊き返してから、さっきから質問してばっかりだなと気づいたが。

 アトラは気に留めた様子もなく、早口に告げてきた。


「この村を救う・・ためにです」




 それから間もなく、村で一番大きな広場に村人たちが集められた。

 広場といっても特別な設備や仕切りがあるわけではなく、ただ、大きな倉庫の入口前というだけだ。


 集まった村人も五百人全員ではなく、招集に応じられるだけ負傷が軽かった者だけだろう。

 ざっと百人ほどか、もう少し多いかもしれない。


 呼びかけには騎士団員たちが当たったのだが、なんにせよ、やってきた村人たちの表情はどれも暗いものばかりだ。

 無理からぬことだろうが、まばらに集まった人々の顔はほとんどがうつむいている。

 そしてそうでないわずかな例外は、騎士団員のほうを恨みがましく睨んでいた。


 その気持ちも分かる。

 実際のところ、派遣された騎士団の第一波がほんの数時間早く村へ到着していれば、人にも村にも資源にもこれほどの被害は出なかったはずなのだから。

 それについては海斗も内心、忸怩じくじたるものを抱えていたが……


「ちくしょう――なにが王国、なにが騎士団だ!」


 そして、広場で真っ先に上がった声は、そうした手合いのひとりが発したものだった。

 ただの怒声だが、そこにあるのは敵意ではなく失望か。

 というより、声を放った男の表情をちらりと見れば、むしろ純粋な悲しみなのではないかとも思えたが。


 居並ぶ騎士団員たちが気まずげに身動ぎする。

 海斗はその背中を後ろから眺めていた。

 そしてその向こうで、また別の村人が声を張り上げた。


「小麦や、畜産、材木――俺たちの村から税を取っているくせに、肝心な時に、窮地の時には守ってもくれないのか! 俺たちに野垂れ死ねっていうのか!」

「そうだ……ああ、そうだ、村がこんな状態じゃ、もう冬は越せない。冬まで保つかも分からない!」

「全部お前たちのせいだっ! ちくしょう、ちくしょうー!」

「だ、だが我々が来なければ、被害はこんなものでは――」


 弱々しく抗弁する声が、騎士の中から上がった。

 しかし。


「こんなものでは、なんだっていうんだ! この程度で済んでよかったと、生きているだけで幸いだとでも言うのか!」

「血を流したのは俺たち荒野の民だぞ! 俺も娘を、ふたりの娘が……!」

「魔物が現れ出したっていう報せを送ったのだって、もう一年も前だっていうのに――それを――こんな今さらのこのこ現れて、お前たちはなにをしに来た! 物見遊山の観光のつもりか、その剣と鎧は飾り物なのか!?」


「…………」


 今度は誰もなにも言えなかった。

 図星だったのとも、相手の勢いに押されたのとも少し違う。

 彼らの心中は、おそらくきっと、ただ村人たちを痛ましいと思う気持ちだけでいっぱいだったはずだ。


 半端になだめるようなことも、反論して押し潰すこともしない。

 ただその怒りを、悲しみを受け止める。

 それくらいしか彼らに報いるすべがないことを、この場の全員が分かっているようだった。


 無論、それは海斗も同じだ。


「俺たちは……俺たちの手で、ずっと村を守ってきたんだ! あんたたち騎士団の力を借りるまでもなく。だけど」


 しかし、そんな村人たちの勢いも長続きはしなかった。

 失ったものが多すぎたのだろう。


「ちゃちな魔物の群れくらいなら、追い払うのは難しくなかった。だけど……あんな、山みたいに馬鹿でかい魔物が襲ってきたら、勝てるわけないって思い知らされたんだ! しかも、村を襲ったのよりもっとでかいやつらが、すぐ近くで暴れてたっていうじゃないか!」


 そう。村を襲ったのはあの大型の魔物、ギガントバックスとやらいう、引き裂き獣の親玉だった。

 そしてそんな怪物ですら、海斗が戦った三魔獣の前では、前座も同然にあしらわれて惨殺されてしまったのだ。


「……俺は。俺たちは……」


 最後はもう、自分の声に押し潰されるようにして、言葉は続かなかった。


 ――無力だ、と。

 それを認めるのがどんなに惨めなことか、海斗には到底分からなかった。


 そんな時だった。


「果たして本当にそうでしょうか」


「え?」


 という声は、ほとんどその場の全員の疑問だった。


 誰となしに、いいやその場の全員が一斉に振り返る。

 その先に。


「この倉庫……食糧庫ですよね。古いですが良い造りです。強固で、頑丈で、しなやかで」


 アトラだった。

 いつの間にそこに現れたのか――というより、どうしてこれまで誰も気に留めていなかったのか、それが逆に分からないほどの存在感を示しながら。

 言うように、広場に佇立する大型の倉庫に手を触れながら、不思議なくらいよく通る声で続ける。


「この爪痕、大型個体ギガントバックスのものですね。立て続けに何度も襲い掛かったようですが、倒すことができずに諦めて引き返した――そんなところでしょうか」


 ざわ……と、村人たちの間に動揺が走る。

 アトラがまるでその場を見ていたかのように明瞭に告げたからだろうが、軽く見やった程度で当時の状況を検分してみせるなど、並の洞察力ではない。


 声は静かに、しかし深く浸透するように、アトラの言葉は続く。


「並大抵のことではありません。大型個体ギガントバックスは騎士団が中隊規模で戦ってようやく倒せるかという魔物です。それを相手に、あなたたちは――あなたがたの造ったこの倉庫は、守り抜いてみせたんです」

「そんな、いくらかの麦や食べ物が残ってたって、どうせこの村は――」


 反射的に、だろう。

 村人のひとりが食ってかかっていった。


 しかしアトラは、静かにその村人の目を見据えると、力強くかぶりを振った。


「いいえ、それだけじゃない。村の防護柵は、流れに沿って倒されていた――つまりは、直しやすいように。魔物の襲撃をその形に誘導したんでしょう。作物は荒らされてしまいましたが、井戸の水は無事でした。川の水源を守るために戦った自警団の方たちがいたと聞いています」

「な――」


 滔々とよどみなく告げるアトラの声に、自然、その場の全員が聞き入っていた。

 それほどに力強く、そして美しい声だった。

 まるで歌のように。

 まるで天啓のように。


 すっかり静まり返ってしまった聴衆。

 それをゆったりと、透明な眼差しで見回してから、アトラが続けた。


「あなたたちは無力なんかじゃない」


 はっきりとそう告げた。

 有無を言わせない、強い意志のこもった言葉だった。


「この倉庫はその証明だと、私はそう思います。食べ物があれば、人は立ち上がれる。壊れた柵を編み、川から水を引いて、また何度でも麦や作物を育てればいい。あなたたちがそうやって、ずっと戦ってきてくれたのを――私は、片時だって忘れたことはない」

「お――おお――」


 その言葉に、村人たちの目に、心に。

 その意思に、灯火のような熱が宿るのを、海斗は肌で感じ取った。

 あるいはそれは、この場にいる騎士団全員が感じたことでもあっただろう。


 アトラが、鎧の上に纏っていた白金色のマントを大きく翻すと、降り注ぐ太陽の光が反射してきらきらと舞い上がった。

 まるでその輝きが、空にまで羽根を散らすように。


「無力でないあなたたちが支えてくれるから、私たちは戦える――あなたたちが強く在るから、私たちも強くなれる。あなたたちの心が折れない限り、私たちはきっと勝ち続ける! いつの日か、世界に平和が訪れる、その日その瞬間まで!」


 それが騎士団。

 それが王国。

 いいや、それがハイペリオン王国第一王女、アトラなのだと、まるで天下に謳い上げるように。


「だから――力を貸してください! 平和を望み、求める意志を、私と志を同じくするあなたたちの力を! ひとつひとつはか細い糸でも、紡ぎ、あざなえば、それはきっと強靭な大綱たいこうになる。大いなる意志、大いなる希望へと!」


 小さな熱は、次第に熱狂へと変わり始めていた。

 暗く沈んでいた村人たちの顔は、既にひとつもうつむいてなどいない。

 前を見て、アトラの立つ姿を見て、そこに強い希望を見出している。


 そして、それは海斗も同じだった。

 アトラの声には力があった。

 まるでそれにてられたように、炙り立てられたように、どこかで萎えて諦めかけていた心が、かっと熱く燃え上がるのを感じていたのだ。


 それはなにか懐かしい、不思議な感慨を呼び起こす感覚で――


(――ああ、そうか)


 不意に、海斗はその感情の正体を悟った。


(あいつの声、博士オヤジを思い出すんだ)


 似ているところがあったわけはないのだが。

 元の世界でエックスを造り上げ、Dr.ゼロの脅威に抗い続けた、もうひとりの天才科学者――

 身寄りのない一匹狼だった鉄海斗を見出みいだし、意地を通すための道理を教えてくれた、あの蛮堂ばんどう一風いっぷう博士に。


 ひどく郷愁を掻き立てる熱情を乗せて、アトラの声がまた一段と強く響く。


「そして、その希望はきっと――彼の胸にも火を灯すでしょう。あの巨大な魔物たちを幾度も退けた、黒鉄の勇者。あの鉄海斗の、秘めた鋼の血潮にも」


 名前を呼ぶとともに、アトラの玲瓏たる視線が海斗のほうを示す。

 村人たちの視線が流れるようにこちらへ向くのが分かった。


「――――」


 驚いたのは、そのこと自体ではなく、海斗自身の足もまた自然と前へ進み出ていたことだ。

 こちらの世界へ来てから、既に何度かこういう機会はあったが。

 それでも意識せずに、臆することもなく、当たり前のように人々の前に立つのはこれが初めてのことだった。


 百に近い視線が、今度はアトラではなく海斗のほうへ向けられる。

 それでも少しも気後れすることはなかった。

 自信があるというのでもなく、むしろ疑う余地がないだけのように、ただ当たり前に村人たちの視線の焦点に立っていた。


「海斗――」


 一転して静かに、アトラの声が海斗を呼ぶ。

 その先の言葉とともに、これから先のことを促すように。


 それも受け止めて、海斗は大きく息を吸い込んだ。


「――俺は、こことは違う世界から来た!」


 そうして放った言葉に、村人の目が困惑げに揺れるのは分かっていたが。

 それにいちいち構うことなく、海斗は続けた。


「少し前まで、この世界のことなんか知らなかった――魔王だの魔物だの、そんな奴らの事情を知ったのもここ何日かのことだ――正直、立て続けに色々ありすぎてまだ実感薄いし、魔法だの騎士団だのとわけ分からねえことばっかりだよ! ――けどな!」


 堂々と臆面もなく、こんなことを言うのもどうかと思ったが。

 それでもこう告げるのが正しいと感じたのだ。

 この時は。

 そしてきっと、これから先も。


「だけどな! そんなはぐれ者の俺にだって、分かることはあるぜ。お前らが今、ここで、この世界で、強く確かに生きてる“人間”だってことだ!」


 聞けば当たり前、馬鹿馬鹿しいくらい当然の事実で、だけどそれでもそれを叫ぶ。


「血を流して生きてる、流れ出す血を止めるために戦っている、泣いて笑って悩んでヘコんで、俺と同じに生きてる“命”だ――それは見てきた。もう知ってる。肌で感じて、掴めば確かにそこにある、それが今、俺の目の前にある現実だ!」

「――――!」

「だったら、俺はそれを守るために戦うぜ! 見ないフリはしねえ、知らない顔はできねえ、今を生きてる命は見捨てねえ! それが俺の、意地と道理だっ!」


 叫ぶ。

 固く拳を握り、それを天へと真っ直ぐに突き上げて。


「だから、ついてきやがれ荒野の民! 袖すりあうも他生の縁ってな、一緒に戦おうぜ、倒れる時は前のめりだ――あのクソいけ好かねえ四天王、獣将ジハードは俺が倒す!」


 こんな、今は傷だらけボロまみれの有り様でも、関係ないし知ったことではない。


「あの月の天辺テッペンでふんぞり返ってるとかいう、魔王のやつもな! 俺とお前らでやっつけようぜ。泣いて、笑って、悩んで、ヘコんで……そうしたらその次は、立ち上がる番だろうが? なあ、そうだろうが、違うかよ?」


「ああ――ああ。ああ、そうだ。そうだった――」

「立ち上がるんだ――俺たちが。俺たちの手と足で」

「あんな子供が、ボロボロになってまで戦ってくれているんだ。だったら――」


 熱気を感じる。

 自身の胸の内と、そして、人々の間に上がり始めた声の中に。


 それを後押しするように、海斗は片頬を吊り上げてもう一声、叫んだ。


「“勇者”なんて呼ばれてるけどな、自慢じゃないが、俺はひとりじゃなんにもできない! 飯も作れねえ、怪我も治せねえ、うちに帰ろうにも馬にも乗れやしねえ――だから、助けてくれよ荒野のタフガイ! 一緒にあいつらやっつけようぜ・・・・・・・っ!」


「ふっ、はは――」


 その言い方がよっぽどおかしかったのか、誰かが自然と吹き出した。

 しかし、誰もその笑いを咎めなかった。

 むしろそれを皮切りにして、次々と息を吹き返したような笑い声があちらこちらから上がり始める。


「ははははは――! ああ、分かった、分かったよ小僧! 俺たちが助けてやる!」

「荒野の民を舐めるなよ、小僧っ子ひとりに頼りきりで、縮こまってなんていられるか!」

「ごはんも作れない勇者さんのために、私たちが田畑を耕さなきゃね」

「やり直すんだ――そうだ、やり直すんだ! 俺たちの村は死んじゃいない!」

「一緒に魔王軍をやっつけよう!」


 勢いは止まらなかった。

 怒涛のように熱気と熱狂が波及し、集まった聴衆たちを包み込む――いいや、村全体までを覆うのが目に見えるような、それほどの気勢。


 それが錯覚だと分かっていても、ただの錯覚で終わらないのもまた、同時にはっきりと分かる。

 再び火のついた心は煌々と燃え上がり、未来へ向けて一歩一歩進み出す。


 それは愛とも、勇気とも、希望とも呼べるもの。

 強く、確かにここにある、人間の命の意志の輝きだった。


 そして、海斗もまた胸中で決意した。


 これほどまでの心意気を見せられたのだ――

 ならば、その意気に応えなければ男ではあるまい。


 大仰に背を向けて、海斗はその場を後にした。

 背後でまたもう一段階、歓声が大きくなったように感じる。


「――海斗」


 と、倉庫広場から十分に離れたあたりで。

 背後から呼びかけられて、振り返る。


 なんとなく予想していたが、アトラだった。

 彼女はくすくすと、おかしさをこらえきれないように笑いながら、言ってくる。


「いいんですか、あんな安請け合いしちゃって。魔王ザハランはもちろん、獣将ジハードも恐るべき存在ですよ? まだ相まみえてもいない敵を、それを気軽そうに倒してみせるだなんて」

「焚きつけたのはお前だろ、アトラ」


 嘆息してから、しかし海斗は、ふっと笑っていた。

 皮肉でもなんでもなく、思ったままを告げる。


「政治屋にでもなった気分だったけどな。でもまあ、あいにくと俺は有言実行の男で通ってるんだ。吐いたツバを呑む趣味はないんだよ」

「それじゃあ――」

「ああ」


 もう一度、空の彼方を見て。

 あるいはどこにいるとも知れない相手に向けて、不敵に笑いかけるようにして。


「やってやるさ。首を洗って待ってろ、ジハードさんとやらよ」


 ぐっ、と握った両拳を、胸の前で打ちつけるようにしながら。


「ここからは本気の戦いケンカだぜ。ぶっ潰してやる。勝つのは俺だ」

「はい。私たちの力で、必ず勝利を掴みましょう。海斗」


 と、アトラが小さく握った右拳を、こちらに差し出してくる。

 意図を察して、海斗も同じように拳を向けた。

 コツ、と軽くそれを打ち合わせる。


 男と女では大きさも違うし、出身も違えば戦う動機も違う。

 それでも、互いに交わした拳の熱が同じであることを、海斗とアトラは確認し合った。


 広場のほうからは、事前に告知してあった騎士団の炊き出しが始まったようで、温かな香りとともにたなびく白い煙が昼下がりの空へと立ち昇っていた。

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スーパーロボットに乗ってドラゴン殴ったら、なぜか双子の美少女プリンセスにモテモテに!?~野生動物の分際で人間様に逆らってんじゃねえ、科学の力でブチのめす!両手に花で魔王軍壊滅させて世界とか救っちゃうぜ NNNN @NNNN5456

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