二章 1

 目の前の崖の上に見たこともない、白を基調とした鮮やかな姿の鳥が鳴いている。おまけに両隣にはマイペースな少女が二人。

 街を出て数日が経った。城まではあともう数日といったところか。

 本来であれば中継地点のイカミまではもう少し早く着いているはずなのだが……

「ねーユキトー、そろそろご飯にしましょう?」

「あ、私も少し休みたいです」

 日はまだ真上まで昇りきっていないのだが、朝に出発してから彼女らが休憩したいと言い出したのはこれで三回目である。そして昨日は四回、その前は五回だ。

 実はというと、旅というものを内心ほんの少しだけ期待していた。そうでもしないとどこかへ逃げ出してしまいそうだったから。しかしこれまでの間、微塵も楽しむことはできていない。

幼いころは二人の友人とともに冒険の真似事のようなことをしたものだ。あの時は巨大な岩場やぬかるんだ地面をものともせずに笑いながら遊んでいた。

 でも今はそんなことを言っていられる立場ではないのかもしれない。身を危険にさらさないためにもある程度は計画通りに旅を進めるべきだろう。

「だめだ。別に急げという指示は出てないけど流石にそろそろ到着しておきたい――」

「やだー、休みましょうよー」

「ぶぅーぶぅー」

 僕の言葉を遮るように二人は文句を言い始めた。

 なんだか二人の距離が縮まってきたように思える。もちろんそれは悪いことではない。むしろ良いことであるに違いないが……

「こんな時だけ共闘するのはやめてくれぇ~」

 普段のミィシュは基本的に感情を表に出すことがない。多分表情筋が死んでいるのだろう。でも意外なことに疲れた時や驚いた時はそれに応じた表情をするのだ。現に今も目が半分くらいしか開いていないし、左右にふらふらと揺れるように歩いている。

 休憩したところでまたすぐにこうなるのは目に見えている。彼女には少しでも体力をつけることをこの旅の目標にしてもらいたい。

 その一方で、リィナはさほど疲れているようには見えない。そのせいもあってか、時折さぼりたいという感情がにじみ出ている。そのくらいなら大目に見ても良い。だが僕まで巻き込もうとするのは勘弁してもらいたい。昨日は足を痛めたという名目で僕は彼女を負ぶって半日も歩く羽目になった。そして残りの半日はミィシュを背負って歩かされたのは言うまでもない。

「もうすぐ次の町に着くからそれまでは頑張ってくれ」

 二人は何も言わなかった。無表情であることが少し気になるが納得してくれたということにしておこう。

 その後、僕たちはそのまましばらくの間無言で歩いていた。

「ユキトはさ、隣国の鬼人ってどんな人だと思う?」

 突然リィナが口を開いた。

 なんだってそんな質問をするんだろう。いきなりそんな意味ありげな質問をされて少し戸惑ってしまった。

「リィナはどんな人か知っているのか?」

 僕が質問を返すとリィナは笑いながら答えた。

「いや、知らないわよ。もしかして鬼人に身内をやられたんじゃーとか心配しちゃった?」

 心配しちゃった。しかしそれを素直に認めるのもなんか釈然としないので誤魔化そうとしたがなぜかすぐにばれてしまった。

「そっか~ユキトは嘘をつけない人なのね」

 リィナが小馬鹿にしたように笑っているのはまだ許せるのだがその横でニヤニヤしているミィシュには何か仕返しをしなくてはならない。

「ミィシュ、そうやって笑っていられるのも今のうちだぞ!」

「?」

「何をする気ですか?」

 ミィシュは全く警戒していないが僕にはとっておきの秘策がある。

「実は昨日の夜、ミィシュは寝言を言っていました!」

「うそっ!」

 流石のミィシュにも無防備な瞬間があるということだ。

「そう思うなら何を言ってたか話してもいいよな?」

「で、でもユキトが嘘をついている可能性だってあります!」

「それを判断する基準は?」

「そ、それは……」

 結構困っているな。そう思うと自然と笑みがこぼれた。

「じゃあいいまーす」

「ま、待ってください!」

「ユキトひど~い」

 会話を聞いていたリィナが口を挟んだ。

「これは別に本気で言ってるわけじゃないよ」

「それはわかってるけどそんなに言うなんてどうなの、人として」

 リィナに言われて気付いた。人としての在り方を問われる程度の問題かどうかはわからないが少しやりすぎたか。

 ミィシュは薄っすらと赤面しながら僕の方をじっと睨みつけている。僕は意を決して口を開いた。

「……どうにかして許して頂けませんでしょうか」

 ミィシュはさっと俯き、そしてすぐにまた顔を上げた。

「そうですね……じゃあそれ貰ってもいいですか?」

 ミィシュは僕の服についている紐付きのアクセサリーを指さしながら言った。

「あー、これかぁ……」

 星のようにきれいな石のついたもので結構気に入っているのだが、この際仕方がない。

「何か大切なものだったりするの?」

「いや、小さいころにおつかいに行って来いって言われて渡されたお金で買った。ちなみにめちゃくちゃ怒られた」

「それならもうあげちゃいなさいよ」

「うーん……わかったよ」

「やったぁ!本当に貰いますからね?」

「うん、あげるよ」

 これを出し渋れば後でもっと手痛い仕打ちが待ち受けているのだろう。それを考えればこれくらい安いものだ。

「大切にしますね」

 ミィシュは大事そうにそのアクセサリーを両手で握りしめた。

 こんなに喜んでくれるなら謝罪云々を抜きにしても渡して正解だった。

「あれ?」

「ミィシュ、どうしたの?」

 ミィシュはリィナの問いかけに答える代わりにこちらを向いて前方を指さした。

「兎か?」

 視線の先には白い兎がまるでミィシュを見つめているかのように佇んでいた。

「なんだかこっちに来てって言ってるみたいじゃないですか?」

「そうかしら?私にはわからないけど」

「僕もわからないな」

 僕たちがそんな会話をしているとその兎は突然ぴょんぴょんと木々の奥へと跳ねていった。

「ついて行ってみませんか?」

「ミィシュがそうしたいなら僕もついて行くけど」

「では行きましょう」

 僕たちは後を追いかけた。少し走るとすぐに木々の緑の中に白い兎がこちらを向いてじっとしているのが見えた。そして兎は僕たちの姿が見えるとまた後ろに振り返って跳んでいった。

「なんだか本当に僕たちを誘ってるみたいだな」

 僕たちはしばらくそれを繰り返していると突然森の中に突如、開けた場所が現れた。

「見てユキト!」

 リィナが指を差す方向に目を向けるとそこには壁面の数が多い、上空から眺めたら八角形を描くであろう小さな館のような建物があった。

「あいつは僕たちをここに連れてこようとしてたのか?」

「あ、うさぎもあそこにいます!」

 白兎はその建物の扉の前にいた。

「どうするの?行ってみる?」

「ミィシュはどう思う?」

「あの子が入って来いって言ってます」

 ミィシュが冗談を言っているようには見えなかった。

「どうしてわかるんだ?」

「……何故でしょうか、なんとなくそう言ってる気がします」

「よし、ミィシュがそういうなら行ってみよう」

 僕たちは扉の傍まで近づいていった。すると扉はひとりでに開き、兎はその中へと消えていく。僕は恐る恐る館へと足を踏み入れた。

「だ、誰かいますか~?」

 返事は返ってこなかった。

 辺りを見渡すと、部屋の中心に机と入って右手に扉があるだけだった。その机の上には片手で持つには少々大きめな一冊の本が開かれた状態で置かれている。そしてその下には白い兎がこちらを覗いていた。

「おいで~」

 兎はミィシュの広げた両手の中に飛び込み、もふもふと撫でまわされている。

「いいなぁ~私も撫でさせてよ」

「リィナにはあんまり撫でられたくないって言ってます」

「ええ……なんで何もしていないのにすでに嫌われているのかしら」

「本性を見抜かれたんじゃないか?」

「食べようとなんて思ってないわよ!」

「誰もそこまで言ってねーだろ!」

 驚きのあまりそんな言葉が口をついて出た。

 リィナのことだ、本気で思っていたとしても何ら不思議ではない。

「それにしてもここはどこなのかしら?」

「そこの本を保管している場所らしいです」

「この本が――」

 その時、突然ガチャっと扉の開く音がした。

 僕は身構えながら音の方向に目を向ける。そこにはさっきまで姿のなかった長髪の綺麗な女性が立っていた。

「来客か?」

 彼女はそう言うと僕たちの方にゆっくりと近づいてきた。

「すみません、お邪魔しています。私はミィシュです。ここへはこの子に案内されてやってきました」

「へぇ、この子がね……」

 ミィシュを覗き込むように眺めるとその女性は不思議そうな表情を浮かべて、

「まあ、ラブの友達だろう?歓迎するよ」

「はい、ありがとうございます」

「友達?」

「ラブとは仲良くなったのでもう友達です」

 ミィシュは僕の質問に答えながら兎を撫でた。ラブとはおそらくその子の名前なのだろう。

「あ、私はリィナです。こっちはユキト」

「よろしくお願いします」

 僕は頭を下げながら言った。

「私はヴィキィ。こちらこそよろしく」

「ヴィキィはどうしてこんな場所に?」

「私はその本の管理人を務めている」

「その本っていったい何なの?」

「お前も聞いたことくらいはあるだろう。あれは小鳥の秘宝(オクリス)の原本だよ」

「あの小鳥の秘宝?」

 小さい頃に誰でもその名前くらいは聞いたことがあるのではないだろうか。小鳥の秘宝は僕が昔好きだった童話の一つだ。まだ幼く、文字もろくに読めず、挿絵ばかりを眺めていた頃が懐かしい。

「なんでそれがこんな場所にあるのかしら?」

「星の軌跡だからだよ」

「星の軌跡って?」

「知らないか?星の軌跡とは多くの人の願いから生まれた星造具の総称のことだ」

「それって願いの樹みたいな?」

「おお、まさしくそれだ。この世界にはそんなものがいくつも存在している、これはそのうちの一つだ」

 願いの樹以外にもそんなものが存在しているなんて知らなかった。

「じゃあ願いの樹のように何か能力を授けてくれたりするんですか?」

 ヴィキィは少し悩むようなそぶりをした後、首を横に振った。

「それはわからない。小鳥の秘宝が選んだものにしか能力を与えることはない。今のところ恩恵を受けたのはラブ、その子ただ一匹だ」

 人間以外にも能力を継承することは可能なのか。

「で、どんな能力なの?」

「どうやら星造具に干渉する能力のようです」

 リィナの質問にはヴィキィではなくミィシュが答えた。

「もしかしたら小鳥の秘宝はラブと友達になりたかったのかもな」

 ヴィキィは微笑みながら髪をかき上げた。

「ラブはいつからここに?」

「さあな。いつの間にかここを住処にしていたみたいだ」

 ラブは小鳥の秘宝に導かれてここまで来たのだろうか。

「ユキト、星造具をラブに見せてください」

「え?星導具をか?」

 僕は腰の万華鏡を手に持ちラブに近づけた。するとラブはミィシュの腕から飛び出して辺りを駆け回り始めた。

「ふふふ」

 ミィシュが笑った。

「どうしたんだ?」

「喜んでるみたいです。星造具を見る機会があんまりないらしいので」

「それは良かったな、リィナも見せたらどうだ?」

「そうね」

 リィナはそういって腰に佩いた剣を鞘ごと床に置いた。ラブはそれを前足でちょんと触れるとまた嬉しそうに辺りを跳ねた。

「楽しそうだな」

「そうですね」

「もしかしたらこの子は僕たちの星造具と仲良くなりたくて僕たちをここまで連れてきたのかもしれないな」

 この辺りに兎はあまりいない。こいつは今まで一人っきりだったのか?もしそうなら寂しかったんじゃないだろうか。

「ところで、お前たちは何の用があってこんな森の奥まで入ってきたんだ?」

「僕たちはこれから願いの樹に行くんだ」

 ヴィキィは目を細めて顔をしかめた。

「……ということは魔王を?」

「ああ」

「……覚悟はできているといった顔だな。勝てるのか?」

「何とかするつもりだよ」

「そうか、力になってやりたいがあいにく私はここを離れるわけにはいかない。だが私にできそうなことなら何でも言ってくれ」

「ありがとう。でもどうして僕たちにそこまで肩入れしてくれるんだ?」

「……別に理由なんてない」

 ヴィキィは俯き加減に言った。

「そうか……」

 自分のことを話したがらない人もいるだろう。むやみに聞くべきではなかったか。

「じゃあその話は置いといて他にも色々聞いてもいいかしら?」

「わかることならなんでも答えよう」

「ヴィキィは魔王のことを知っているのよね?」

「一応はな、だが詳しくは知らないぞ?」

 ヴィキィは念を押すようにして言った。

「弱点みたいなものは?」

「そんなものはわからない」

「そうよね、普通の人は戦うなんて発想にならないわよね」

 リィナは深くため息を吐いた。

「なら星の軌跡について何か聞かせてくれないか?」

「星の軌跡かぁ……さっきも説明したと思うがそれはいくつも存在が確認されている。だが実際に目にする機会はそう多くはないだろう」

「どうして?」

「この小鳥の秘宝もそうだが簡単に入手できそうなものはすでに何者かに管理されている場合が多い。さらに今から新たに生まれるものもそう多くはない」

 未だに管理されていないものとなれば願いの樹のように実質的に管理が不可能なものがほとんどなのだろう。

「だがそれらから得られる能力はどれも強力なものばかりだ」

「そういえばさっき言ってましたが小鳥の秘宝は能力を与える人を選ぶんですよね?願いの樹も同じなのでしょうか?」

 確かに。その可能性は考慮していなかった。

「いや、それはないと思う。むしろ小鳥の秘宝が珍しい部類なのだ。まあ、聞いた話によると、だが」

「そうか。ならすぐに終わらせて戻ってくるよ。土産話でも期待しててくれ」

「楽しみに待ってるよ」

「……じゃあそろそろ行くか」

 僕たちはヴィキィとラブに見送られながら館を後にした。

「特に収穫はなかったわね」

 リィナは残念そうに口を開いた。

「そんなことないだろ。ミィシュもラブと仲良くなったみたいだし、また来なくちゃな」

「はい!」

 道中での人との出会いは旅の醍醐味だ。しかし、まさか兎を追った先にそんな出会いが待ち受けているなんて面白い話があったものだ。

 嬉しそうに笑うミィシュを横目に見ながら僕はそんなことを考えていた。

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永遠を生きる君の隣に 大川夏門 @okawa_natsuto

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