一章 3
「すみませーん!このチョコレートケーキもう一つ持ってきてくださーい」
リィナは今頼んだケーキをすでに三つも食べている。他にも複数の料理を平らげているが、それらはその細い体のいったいどこに行ってしまったのだろう。甚だ疑問だ。ちなみにいつの間にか代金はすべて僕が支払うことになっていた。
納得のいかない部分もあるが国からは支援という名目でいくらかお金を貰っている。仲間のモチベーションを保つための先行投資と考えれば安いものだろう。僕はそう自分に言い聞かせることにした。
「ミィシュは何か食べないのか?」
彼女はコーヒーを一杯飲んだだけで料理には手を付けていない。もしかしたら気を使ってくれているのかもしれないので一応勧めてみる。
「私はお腹が空いていないので大丈夫です」
それなら仕方がない。今は無理に食べる必要もないだろう。それよりもたくさん食べる人が二人にならずに済んだことを安堵すべきか……
「次は何を食べようかしら」
テーブルにある食器をウエイトレスが二人掛かりで片付けているのをよそにリィナはメニュー表をぺらぺらとめくっている。
僕らはあの後、お腹が空いたというリィナに連れられて仕方なく作戦会議の場をこのカフェに移したのだった。
「おい、リィナ。ここに何しに来たか忘れてないよな?」
「もう、わかってるわよ。今後の予定について話し合うんでしょ。それに食事を兼ねてっていう話だったじゃない。少しくらい大目に見てよね」
何がもう、だ。それよりも聞き捨てがならないのはこれを少しという枠にカテゴライズしたことに他ならない。
「最後にこのイチゴのタルトください。あ、はい、ホールでお願いします」
ミィシュは両手でカップを持ち、マイペースにコーヒーを啜っている。
「うまいか?」
「はい、おいしいです」
「それはよかった」
僕は自分の頬の筋肉が緩んでいることに気付き、慌てて口元を手で覆った。
相変わらずミィシュの口数は少ないが昨日はなかった可愛げのようなものが垣間見える時がある。
このままの調子で伝わりやすい意思疎通を心がけてもらえるとありがたい。
「ユキト、ごちそうさまでした。ではまずは情報交換から始めましょうか」
リィナは口の周りについたカスタードクリームを拭きながら真剣な面持ちで話を切り出した。
そしてやはり最後の一品まで勢いは衰えなかった。先が思いやられる。それにしても彼女は行動の移ろいが激しすぎるのではないか?
「じゃあまずは私から話します」
意外なことにミィシュが率先して話を始めた。
「まずは魔王城を突破しなければなりませんがそれに関しては問題ありません」
「どうしてだ?」
「私が何とかします」
そういえば国王もそんなことを言っていたな。なら帰りはともかく行きは問題ないと考えて良いだろう。
「わかった。ちなみにどうやって突破する?」
「私には物体を拘束する能力があります」
なるほど、倒せない相手には最も効果的といって良いだろう。だがそれも十分とは言い切れない。リィナにもサポートをお願いしたいところだが……
「リィナはミィシュを援護できる能力はあるか?」
「んー私の星造具はこれだけど……」
リィナは腰に佩いている剣の柄を撫でながら眉をひそめる。
「たぶん無理よ。私はどっちかっていうと前線で戦うタイプだから」
「僕も火力特化の能力だ。他にもないことはないがあまり後衛には向かないと思う」
星造具は本当に多種多様なものだ。僕らのような戦闘に使えるものもあれば生活の必需品のようなものもある。職業によっては欠かせなかったりする。グベイでは飲み水を星造具によって雨水を浄化して作っていたくらいだ。
それなのにそろいもそろって戦闘系に偏るとは……
僕はカップに手をかけながら他の方法を検討する。ぱっと思いつくもので現実的なものは……
「魔王を倒さずに願いの樹を探すってのは無理そうか?」
魔王の潜む城は願いの樹に向かう道中にあるということは知っている。迂回する手立てがあるならわざわざそんな場所に出向く必要もないだろう。
「それは無理です。願いの樹がある場所は魔王城につながる別空間ですので」
ミィシュが間を置かずに答えた。
なんで魔王城なんかとつながっちゃうのかな。
願いの樹は多くの人の願いから育った星造具。おそらくまだ知られてない能力もいくつかあるのだろう。
「ニルヴァスに行って鬼人を見つける方が楽なんじゃないか?」
「数千人がぶつかり合う戦いをたった一人で終わらせる、まさしく一騎当千の鬼を討伐するんですか……」
まあ、魔王の方が楽だわな。というかなんでそんなことを僕がやらなきゃならないんだろう。
「いろいろ考えたけど結局は城を攻略する他なさそうだな」
「そうよね……そもそも魔王の対策のためにミィシュが編成されているのよね?」
「はい」
ミィシュはリィナの問いに必要最低限の言葉を返す。
僕がひねり出した案なんてものはすでに散々検討され、棄却された後なのだろう。おとなしく従うほかないが、それにしても――
「これって他の人に任せたりってできないんですかね?」
まあマシューを探す手がかりを見つけなければならないから結局は行くことになるが。
「無理ですよ。言っていませんでしたか?」
「聞いてません」
「では今言いました」
「なんで僕なんですか?」
僕は、はきはきとした口調でミィシュに言った。
「あなたにしかできないことです」
ミィシュは静かに言った。そして続けて口を開く。
「国王陛下の命令で今はその質問に答えることはできません」
昨日からの疑問だ。大会の決勝戦にすら出させてもらえずに国王から直々に命令されるなんて。そりゃあ決勝戦まで行けるくらいだから自分がそこそこに強いということは自覚している。でも取り柄なんてそのくらいだ。
そこまで考えた時、突然胸に大きな穴が空いたかのような喪失感に苛まれた。
そうか、僕の夢は本当に――
「……分かった。いつか教えてくれよ」
静かに頷いたあと、そう呟いた。
誰にでも話せないことくらいあるだろう。僕にだってある。でも結局は自分が信じたこと、それらすべてが事実である。少なくとも僕の中では。
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