不合格ヒーロー!〜戦隊モノ好きな幼なじみがヒーロー募集で失いかけた日常を取り戻す。不器用な僕のある日の物語〜

葉月いつ日

第1話完結

『急募!私だけのヒーロー』


 そんな文字をとあるSNSで見つけ、面接会場に指定された場所がこの学校にある事が判明した。


 そして、手書きで同じ文面が書かれた紙が貼り付けてある扉の前で、僕は大きくため息を吐く。


 時は二月


 澄み切った空気が息を吸い込む度に鼻腔や喉元をチクチクさせる感覚に嘆きたくなる早朝。


 午前7時


 僕の通う県立高校の部室棟一階の廊下の奥にある用具室の扉の前で佇む僕は、ただ今絶賛憂鬱な表情で目の前のA4コピー紙に書かれた文字を眺めている。


『急募!私だけのヒーロー』(面接会場)


 文面もそうだけど、もう直ぐ2年生にもなろう者の書く文字としてはいささか幼すぎるし配列も蛇行してる。人に見せるにはあまりにも忍びないものだった。


 こんな事をするのは僕の記憶の中では一人しかいなく、こんな独特な文字を書く人物もその一人と合致する。


 つまり朱音あかねの仕業だろう。


 全くもう……と呟いて僕、高梨碧音たかなしあおいは用具室の扉に指を引っ掛けてゆっくりとスライドさせる。と、そこには緊張の面持ちで此方を向く一人の女子高生の姿があった。


 この高校の冬用セーラー服の上に薄いレモンイエローのカーディガンを羽織った女子生徒、西川朱音にしかわあかねがパイプ椅子に座っていたのだ。


「いらっしゃい! 貴方が私の……」


 ガタッと音を鳴らして立ち上がった朱音がそこまで言うと、急に目尻を釣り上げて声を荒らげる。


「はあぁっ!? 何で碧音がここに来んのよ!? ここに来たってことは私が上げた投稿を見たって事でしょ? ちゃんと見た? 何て書いてた? あんたの目は節穴かっ!」


 えらい言われようだけど、ちゃんと見たからここに来たのであって僕の目は節穴では無い。残念な事にちゃんと朱音の事が見えているのだ。


 それに、何で朱音がこんな事をやろうとしているのかも知っているし。




 僕と朱音は典型的な幼なじみで、これまた典型的に家が向かい合っている。


 産まれた月も同じで産まれた病院も同じ所。まさに典型的で絵に書いたような幼なじみなのだ。


 必然的に幼稚園も小学校も中学校も同じ。成績は僕の方が中の下で朱音の方が下の上で。


 似通った成績の二人が何とか届きそうな偏差値の県立高校に入学願書を出したのは典型的かもしれない。でも、そこは偶然と言えないこともない……かもしれない。


 実にあやふやな言い回しだけど、僕がこの高校に入試を決めたのは朱音のお母さんの影響が少なからずあるのだけど。ただ、朱音本人には言ってないし言いたくもない。


『碧音と朱音が同じ高校の制服だったら嬉しいし、おばさんも安心しちゃうな』


 たったそれだけの言葉で入学願書を出したなんてとても人には言えないけど、何故か僕のお母さんは知っている。


 とは言え、僕が朱音のお母さんの事が好きとかではない。もちろん朱音の事が好きと言うわけでも無いのだけど。


 物心ついた時から一緒にいたし、小学校の三年生くらいまでは一緒にお風呂にも入ってたから所謂いわゆる典型的に兄妹的な視線でしかないし。



 僕の方が一週間早く産まれたから『兄』なのだ。



 つまり兄貴としては妹の暴走を止めるべく、朝が苦手な僕がわざわざ早起きしてまでこの用具室に来たって訳なのです。


「だれが暴走よ、失礼ね! 私は正気ですぅ」


 っと言って右の頬をぷっくりと膨らませてそっぽを向かれる。



 朱音の萌え要素のひとつだ。



 こう見えて朱音は校内では噂になるほど顔立ちもスタイルも良く、運動神経は抜群で体育の時間などは何をやらせても上手にこなす。その為に、入学したての頃は運動部からの勧誘が殺到していた。


 どこの部活も全て断ったのだけど。


 対して僕はスポーツ全般平均値な為にどこの運動部にも所属してない。


 そんな男子にも女子にも人気のある朱音が、何故にこんな人気の無い用具室に謎の文字を這わせたコピー紙を張ってまでヒーローを求めたか。


 実に残念な話であり朱音のイメージを根本的に崩してしまう事だけど、やっぱり説明しておかないといけないのだろう。



 今現在は二月であり、二月と言えば日曜日の朝に一年間に渡って放送されている戦隊モノが最終回を迎える月。そして新シリーズが放映される月でもある。


 つまり朱音は大の戦隊モノ好きで、幼い頃から今現在までずっと見続けてているのだ。


 しかも何故かどちらかの家で朝食を摂りながら。


 そして昨日は新シリーズの初回が放送された日だった。



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 先週の最終回の後はロスってた朱音も、昨日の初回を見て以降は興奮しっぱなし。こんな感じが毎年繰り返されるものだから、僕としては毎年冷めた目で見守るばかりなのだけど。


 ただ、今年は少し違ってて……


 いや初回の内容が悪かったとかでは無い。朱音は毎年のごとく新しく登場する新ヒーローをキラキラとした眼差しで興奮しながら観ていたのだけど、そんな朱音を毎年のごとく僕は冷めた目で見ているのだけど。


 ただ、例年と違った事が初回の放送が終わった後に訪れたのだ。


「ヒーローってさ、いつも困ってる皆んなのヒーローじゃない? でも、どうして個人の為のヒーローって居ないのかなぁ?」


 はぁ?


 突然何を言い出すのかと思いつつ、僕は冷めたコーヒー牛乳を飲みほした後に声を出した。


「個人のヒーローって言っても物語は困ってる個人から始まるんだし。その個人からすれば、そのヒーローはその個人のヒーローなんじゃないかなぁ」


 朝が苦手な僕なりに最大限の回答をしたつもりだ。


 それなのに朱音の反応は辛辣なものだった。


「……馬鹿みたい」


 それから右頬をぷっくりと膨らませた朱音は納豆を持ち上げてグチャグチャとかき混ぜ、そして容器を逆さまにしてご飯の上に乗っけて食べ始める。


 僕の休日の朝はパンに目玉焼きとコーヒー牛乳が定番だけど、朱音はご飯に納豆のみで味噌汁は無い。



 まぁ、典型的真逆な好みの幼なじみなのだ。



 朱音は暫く無言で納豆ご飯を食べた後、お茶碗とお箸を持ったまま天井を仰ぎみて呟いた。


「はぁ……私だけのヒーローって居ないのかなぁ」


 そして僕は考える。


 あんな鮮やかな原色のピッタリスーツを着たヒーローが現実に存在した場合、当然ながら悪の秘密結社が怪人を出現させたり巨大化させたり……



 ないない。



 まだ覚醒しきれていない思考でアホな想像をしてしまった事を嘆きつつ、マグカップをコトリとテーブルに置いて僕は言った。


「頼りがいのある人って事かな? だったら朱音のお父さんなんかは朱音のヒーローなんじゃない? 刑事なんだし」


 すると、朱音は視線を納豆ご飯に戻して言ってくる。


「お父さんはどう変身したって私のお父さんなんだし、家に帰って来てのお父さんはヒーローなんて程遠くってありえないわよ」


 「ふんっ!」と鼻を鳴らして残りの納豆ご飯をやっつける朱音を横に眺めつつ、一昨日会ったおじさんの言葉を思い出す。


『スマン、碧音! 朱音が何を考えてるのかサッパリ分からん。何が気に入らないのか、俺が帰ったらいつもツンケンしててトゲを感じるんだ。それとなく聞いてくれないか?』


 と、両手を合わせて懇願された。だけど、僕は思春期なんですから……とは言わない。


「刑事なんだから捜査のしがいがあるんじゃないんですか?」


『言うねぇ』っと言ってニヤリとするおじさんだけど、確かに朱音は昔からよく分からない行動を取ることが多々あるのは間違いない。


 今も空になったお茶碗を降ろしてスマホを取り上げ、ブツブツ言いながら操作をしている。


「ヒーローって居ないもんなのねぇ……」



 ━━━━━━━━━━━━━━━



 からの、今日の所業だ。


 しかも本気でヒーローを探そうとしてた事に気付かされたのは内心プチパニックだったし。


 そんな朱音を眺めていると、ようやくこちらに視線を向けてから声を出してきた。


「全くしょうが無いわね……最初に来た人でって決めてたからアンタで始めてみるとするわ」


 っと、言われてジト目をくれる朱音。


 はぁっ? 始める? 何を?


 僕がそう言うと、さらに目を細めて言ってくる。


「面接は碧音だけたから合格にしといてあげる。だから、これからお試し期間を始めるのよ。分かるでしょ?」


 そう言って右頬をぷっくりさせる朱音に対し、いやまぁ確かに面接会場とは書いてはいたけど。


 ただ僕は面接に来た訳じゃなく朱音の暴挙を止めようとしに来たわけであって、そもそも僕はすでに戦隊モノには興味を無くしてるもんだからヒーローなんて考えても無いんだけ……


「四の五の煩い! とにかくお試し始めるからね! 期間は家に帰るまでだから! はいスタート!」


 僕の言葉を遮ってパンっと手を叩いた朱音はいつもの明るい表情を浮かべてお試し開始を告げる。そして、僕の手首を掴んで用具室から移動しようとして……僕は急停止して声を出す。


「ダメだよ朱音、パイプ椅子とか片付けないと。やりっ放しじゃ怒られるじゃないか」




 それから僕と朱音は用具室内を片付けて軽く掃除し、扉のコピー紙を外してから移動する。


 その際に朱音はスマホを操作していたのだけど、気になって声を出そうとすると朱音はこんな事を言ってきた。


「査定表よ。お試し期間中なんだからちゃんとチェックしとかなきゃね」


 何だか本格的になってきたなと嘆きつつ、どうしてそんなに楽しそうな表情になれるのかと嘆息しながら部室棟を離れ、そして互いの教室に入っていった。


 そう都合よく典型的に同じクラスの隣の席にはならなかったようだ。




 朝のホームルームが終わった直後に朱音が僕の教室にやって来た。


 教壇からは最後尾で廊下側の僕の真横の扉を開き、両手を合わせて懇願してくる朱音。


「ごめん碧音、古文の教科書忘れちゃった。貸してっ!」


 その姿に苦笑いし、果たして今年で何度目の姿だろうかと思いながら僕は言った。


「何でいつも古文の時だけ教科書を忘れるのさ。時間割、ちゃんとしてる?」


 すると、朱音は口を尖らせて呟いた。


「だって……古文の教科書って分厚くて重いんだもん」


 全く……


 そんなの入学前の教科書購入の時から分かりきってた事だし、それに皆んなちゃんと持ってきてるのに重いから忘れるなんて駄目じゃないか。


 そう言うと朱音はまた右頬をぷっくり膨らませ、そして不機嫌に声を出す。


「いいじゃない、ケチ。それに今はお試し期間中なのよ! アンタのその態度マイナス査定だからね」



 すこぶる横暴な査定だ。



 そんな無茶苦茶な発言をする朱音を眺めていると、後ろの方でクラスメイトの男子数人が僕のことを冷やかしてくる声が微かに聞こえた。


「おい、またやってるぞ、アイツら」

「おぉおぉ、青春してるねぇ」

「痴話喧嘩ならお家でやってくれよぉ」


 別に虐められている訳でも無く、むしろ高校に入学してから出来た友達にしては中学時代の友達よりも仲良くしている三人だ。


 ただ、朱音といる時にこんな風に冷やかしてくるのが僕はとても恥ずかしく、とても嫌だった。


 だから僕は机の中から素早く古文の教科書を取り出して朱音に差し出す。すると、朱音はご満悦な表情となり教科書を受け取った。


「分かればよろしい。じゃあ授業が終わったら持ってくるね」


 っと言って踵を返し、三歩ほど前進してから立ち止まって上半身をこちらに捻る。さらに教科書を自らの顔付近に持ち上げ声を出してくる。


「これ貸してくれた事はプラス査定だけど、さっきのマイナス査定と合わせたらチャラだからね」


 そんな言葉を残して朱音は去っていった。


 一日が始まったばかりなのに何だかドっとつかれが出たような気がする。




 それから一時限が終わり、二時限目も滞りなく終了した時だった。


 僕の席の真横の扉がスライドしたかと思ったら、朱音が悲痛の面持ちで両手を自らの顔の前で合わせて言ってくる。


「碧音、お願いっ! 次の現国で模擬試験があるのを忘れてて。碧音って現国得意でしょ? お願いっ! 教えてっ!」


 いや、得意って言われても朱音よりちょっと毛が生えたくらいの成績だからあまり参考にはならないような気がするんだけど。


 それに、朱音のクラスには現国では学年トップの子がいるんじゃなかったっけ?


 僕なんかに聞くよりもその子に教えてもらった方がいいんじゃないかなって言うと、朱音は持ってきた教科書を開いて「いいからいいから」と言って机の上に乗せた。



 それから僅か5分間を同級生の冷やかしの言葉を聞きながら朱音の予習に費やす。


 授業の始まりのチャイムが鳴った瞬間に朱音は慌てて教科書を閉じ、「ヤバいヤバい」っと言って立ち上がる。


 全く……


 教室との移動を考えたら同級生に教わった方が合理的なんじゃないかとため息混じりに言うと、朱音は一瞬真顔になって暫し。右手の人差し指を目の下に当てクッと目尻を下げ、舌をチロっと出してきて……


「べぇぇぇっ!」


 きょうび、あかんべーをする女子高生が本気で生息しているとは思わなかった。


 しかもそれは僕の幼なじみだとはあまり信じたくは無いのだけれど。




 朱音が自らの教室に引っ込んでいき、僕は廊下側から体勢を戻すと机の上に一枚の折られた紙切れがある事に気付く。周りを気にしながら開くと、そこには朱音の独特な文字でこう書かれていた。


【ごめん! お昼は一緒に食べられないから】


 相変わらず文字の配列が蛇行してるけど、何となくホッとする自分がそこにいた。


 僕は少食で、身長は168センチしかない。


『成長期なんだからいっぱい食べないと。朱音も学校で気にしてあげてね』


 っと、朱音との食事時に僕の母親が度々言うものだから朱音もそれを真に受け、学校でのお弁当時にはあれを食べよこれを食べよと余分に作ってきたおかずを僕に食べさせる。


 それによって午後からの授業に体育がある時は食べたものが出そうになる為に、中学校の頃よりも成績を下げているのに僕は頭を痛めている程だ。



 三時限目が終わり、クラスメイトと四人で平和な昼食を終えて校舎の裏で馬鹿話に興じている。と、その中の一人がニヤニヤしながらこんな話題を振ってくる。


「碧音ってさ、ぶっちゃけ西川と何処までいってんの? A? B?」


 またか……


 はっきり言って僕はこの手の話は大の苦手で、するのもされるのも嫌いだ。


 こう言っては何だけど高校生になった今でも『女子』という存在に嫌悪感とまでは言わないが、何となく差別的に見ているところが未だに残っている。


 だから当然下ネタも好きじゃない。


 とは言え、そういった行為には年相応の興味はあるのだけれど。


 ただ、朱音の事だけは『女子』よりも『妹』としてしか見えないものだからそう言った感情は全くない。


 だからそう言われるのが物凄く嫌で、そんな時の僕は必死に話題を変えようとする。だけど、そんな所も冷やかされて本気で嫌なのだ。


 いくら説明したところで分かって貰えず、必ず最後には誰か紹介してくれとお願いされる。


 そんな事を朱音に言える訳も無く、モヤモヤした気持ちでやり過ごす時間がたまらなく苦痛で逃げたくなるし。


 暫くそんな話でイジられていると、校舎の脇からひょこっと朱音が現れた。そして僕と視線が合って直ぐに笑顔で近づいてくる。


「いたいた、こんなとこに居たんだ碧音。お昼はゴメンねぇ、一緒に食べられなくって」



 なんてタイミングの悪い登場なんだ……



 すると、クラスメイト達は一層ニヤニヤしながら一言ずつ残して移動して行った。


「仲良いねぇ、おじゃま虫おじゃま虫ぃ」

「あぁあぁ熱い熱い、二月なのにお熱いなぁ」

「いぃよなぁ彼女って。この裏切り者ぉ」


 人の気も知らないで好き勝手を言ってくれるもんだ。


「なぁにあれ? 失礼しちゃうわね。それより本当にゴメンね。一時限目が終わった後、沙耶達がどうしてもって言われて断れなくって」


 そんな弾んだ声に、僕は顔を反らせて呟いた。


「別にいいよ……」


 その呟きが小さくて聞こえなかったのか、朱音は言葉を続けてくる。


「何かね、沙耶ったら告られちゃったらしくってね。それで奈緒と杏里と私で相談に乗ることにしたの」


 僕の呟きを無視して話し続ける朱音にちょっとムッとしたけど、話しはまだまだ終わらない。


「それでさ、お試しするのもアリなんじゃないって事に落ち着いたんだけど。碧音はどう思う?」


 そんな問いかけにイラッとした。


「分かんないよ……そんなの……」


 その言葉の何が可笑しかったか分からないけど、朱音はニヤニヤしながら言った。


「あぁ、やっぱこの手の話はお子ちゃまな碧音には早すぎたかぁ。ゴメンゴメン、完全に話し振る相手を間違えちゃった」


 そんな朱音の何気ない言葉に僕は過剰に反応してしまった。


「お子ちゃまで悪かったなぁ! どうせ僕なんかにそんな話ししても分かるわけないって知ってて言ってきたんだろ! 馬鹿にすんなよっ! それに人生相談なんてヒーローのやる事じゃ無いじゃないかっ! いい加減にしろよっ!!!」


 そこまで言って朱音を睨みつけた時……


 朱音の悲しそうな表情を見た時……


 僕はいたたまれなくて情けなくて恥ずかしくて。震えそうで壊れそうで嫌われそうで。


 それでも腹が立ってて……踵を返してその場から逃げた。




 それから四時限目と五時限目を後悔の念に苛まれた僕は、どんな授業を受けたかも記憶に無いほど後悔しまくった。


 頭の中にはあの時の悲しげな表情の朱音の顔がこびり付いて離れないし。


 あの後、教室に戻り当然のごとくクラスメイトに冷やかされた。嫌な思いをしつつも何も無かったを繰り返して机に腰を落ち着かせる。


 ひょっとして朱音が教室の出入口から来るのではないかと少しは期待もしていたけど、そう上手くはいかないのが現実だった。


 僕が思うほど朱音は都合よく現れるわけでもなく、四時限目と五時限目の僅かな間も期待していたのだけど、やっぱり朱音は来なかった。


 あそこで朱音が怒った表情をしてくれれば、こんな気持ちにならずに済んだのに……と、悶々とするばかりだった。


 朱音からすれば何気ない話題を振っただけなのに、勝手に僕が過剰に反応した為にあんな表情にしてしまって。


 本当に申し訳ない事をしてしまって謝りたかったけど、自分から朱音の教室に行く事は出来なかった。


 僕は弱い。僕は臆病だ。ヒーローの資格なんて無い。


 そんな事を鬱々と考えていると突然横の出入口の扉が開き、聞きたかった声が僕の耳に飛び込んできた。


「ごめん碧音、お願いがあるのっ!」


 っと言って、一時限前と同じく懇願する朱音の姿がそこにある。


 その、いつもの感じの話し方に僕は大いに救われた事は間違いない。


 それでも無理やり平静を装って声を出した。


「今度は何?」



 多分、普通に言えたと思うけど……



 すると、朱音は顔を上げてすがるような面持ちで言ってくる。


「次の体育なんだけど、冬用の体操服忘れちゃって……だから、貸してっ!」


 はぁ? 体操服? 今度は体操服?


 朱音の忘れ物癖に物凄く憤るのだけど、考えてみたら体育の授業って僕のクラスと朱音のクラスの合同授業だった。


 だから僕の冬用の体操服を貸すと言うことは、必然的に僕は冬用の体操服を着れないと言うことだ。


 つまり、この二月の冷えきった体育館に僕は冬用の体操服無しで授業に望まなくなくてはならなくなると言うことで……


 そこまで考えていると朱音は両手を合わせたまま小首をコテンと傾けて言った。


「駄目?」


 いや……その表情は違反だよ。


 それにお昼の事もあるし……



 全くもう……



 僕は仕方なく教室後方の個人の持ち物スペースから冬用の体操服を抜き取る。そして朱音に手渡すと、パアッと明るい表情を見せてくれた。


 その朱音の表情に少し息を飲む。そして片手を大きく振って自らの教室に戻る朱音を見送った。


 その後、僕は当然のごとく冷やかされる。だけど、無茶苦茶嫌だったんだけど、朱音の悲しげな表情から笑顔の表情に上書きされた事で耐える事が出来た。




 その日の授業はバスケットボール。


 朱音はチームごとの試合で相手チームを無双し、待機中は女子の中で身を寄せあっている。時折ブカブカの、僕の冬用の体操服を広げながら笑顔で談笑をしていた。


 対して僕は冬用のインナーの上に半袖の体操服を着て、僕の冬用の体操服を着てはしゃぐ朱音を恨めしそうに眺めている。


 ただ、幸か不幸か僕のような格好をした男子生徒は少なくなく、仲のいいクラスメイト三人も同じ格好だった。そんな男子共がひと塊になって寒さを凌いでいるのだ。


 その後、寒さに耐え抜いた僕たちは授業終了と共にダッシュで教室に戻って速攻で制服に着替え、そのままホームルームを迎えて帰宅の途についた。




「なぁ、駅前のゲーセン行かねぇか?今日、新作の音ゲーが導入されるらしいぞ」


 クラスメイトのひとりがそう言うと、後の二人も同調する。そして当然僕にも誘いが来るだろうと思ったのに、三人とも何故かニヤケ顔になって言葉を出してくる。


「碧音は誘えねぇなぁ、そんな事をするのは野暮ってもんだからな」


 「そうだそうだ!」と、残りの二人もそう言うんだけど全く意味が分からない。


 不思議そうに僕はクラスメイトを見ていると、その中のひとりが親指を僕の後方に向けてニヤリと笑う。


 その仕草で後ろを振り向くと、そこには通学カバンと紙袋を携えた朱音が立っていた。


「今夜の逢瀬は明日聞かせてくれよぉ」


 っと言ってクラスメイトが一斉に踵を返し、もう一人から「ごゆっくり」と言われる。さらにもうひとりから「やりすぎ注意」と言われ、全員が廊下から姿を消した。


 例え日頃から仲良くしていても冷やかされる時は彼らのことが大嫌いになるし、朱音と居る事が無性に恥ずかしくなる。


 それでも朱音がお昼の時のような表情になるのも耐えきれない僕は、朱音に向き直って短く声を出す。


「何?」


 すると朱音は一瞬目を瞑り、そして僕と視線を合わせて言った。


「帰ろっか」


 こうして僕たちは互いに無言のまま移動を始めて校舎を出る。寒空の中で体育会系の部活に勤しむ生徒達を横目に、グラウンドを横切って校門を横並びで出ていった。


 紙袋の中には僕の体操服が入ってるらしく、そのまま返して貰ってもいいのに朱音は洗って返すの一点張り。


「汗かいたままで返せるわけないじゃん」


 そんな言葉を聞きつつ、それから歩くこと暫し。穏やかな感じで朱音が進行方向を真っ直ぐ見ながら言ってくる。


「碧音って、いつも道路側を歩いてくれるね」


 そんな言葉に僕は男としてはどうかと思う返事をしてしまう。


「朱音のお父さんに言われてるからね。男は道路側を歩けってさ」


「碧音らしい」っと言われ、何となく気まずくなった僕はその後は無言で歩き続ける。何故だか朱音は満足気な表情で歩き続けていた。




 そのまま駅前通りを進み、とある店の横を通りすがろうとした時だった。朱音はピタッと停止して店の中を伺いながら僕の制服の背中を摘んで声を出す。


「ねぇ碧音、ちょっと寄ってかない? 体育で頑張り過ぎてお腹空いちゃった」


 よく見ると、そこはドーナツのフランチャイズ店だった。


 僕はあんまり甘ったるい食べ物が好きではない。だけど、何となく昼間の朱音の表情が思い出され、断ってまたあの表情をされたらと思ってため息混じりに答えた。


「全く……僕はひとつしか食べないからね」


「おっけい!」と言って笑顔を見せてくれた朱音に安堵して店に入る。僕は比較的甘くなさそうなドーナツをひとつとコーヒーを頼み、朱音はトッピングでデコられたドーナツを四つとキャラメルラテを注文する。


 そして、テーブルの上に並べられたドーナツの甘ったるい匂いに僕は胸焼けをおこしそうになった。


 ひとつしか食べないようにしていたのに、朱音はいつもの如く食べろ食べろと言ってくる。


 要らない要らないと拒否るんだけど店の中には男が僕ひとりしか居ないのに気付き、周りの女性達の生暖かい視線に負けて派手にデコられたドーナツを二つも食べさせられた。



 ……吐きそう。



 結局お会計は朱音が済ませ、自分が食べた分は払うからと言っても体操服のお礼だからと突っぱねられた。


 財布を上着の内ポケットにしまい込んで店を出ると、二月の夕方は早々に暮れて辺りはすっかりと暗くなっている。


 スマホを取り上げて時間を確認すると、画面にはPM5:45を表示していた。


 そこまでの時間じゃないのにと上空を仰ぎ見ると、どうやら雲が張り出しているようで。だからこそ、こんなにも暗くなっているんだなと納得出来た。



「おぅおぅ、お熱いねぇ。こんな所でデートかぁ」

「ヒュウヒュウ!」

「おいおい、独り者にあんま見せつけないでくれよぉ」



 そんな冷やかしの言葉に視線を戻すと、二つ隣のゲームセンターからクラスメイトがぬいぐるみを抱えてこちらにやって来るのが見えた。


 戦利品のようだ。


 その瞬間、僕はまた朱音といる事が恥ずかしくなる。何となく俯きかけた時、朱音が僕の前にスっと出てクラスメイト達に声を出した。


「ちょっとあんた達、何を言ってんの? ばっかじゃないの? それにデート? これの何処がデートよ! あんた達の目は節穴じゃないのっ?」


 その言葉に虚をつかれたクラスメイト三人は口を半開きにして立ち止まり、目を丸くして朱音を見つめる。


 そんな彼等に朱音の言葉は止まらなかった。


「それに何よっ! 私が碧音と居るとヒソヒソとウッザい事ばかり言って! 聞こえてないとでも思ったのっ? ホント馬鹿みたい! アンタらの思考は小学生並か! キモっ!!!」


 朱音の勢いに押され気味だったクラスメイトのひとりが朱音の罵倒に抗議するように声を出す。


「誰がキモイんだ! それにこれがデートじゃなかったら何なんだってんだよ!? 言ってみろよ!」


 すると朱音は通学カバンと紙袋を持ったまま腕組みをし、言い返してきたクラスメイトに言い放つ。


「日常よっ! アンタらソロ男子には分からないでしょうけど、これは幼なじみとして生きてきた者の典型的な日常そのものよっ!」


 その剣幕と独自の見解に唖然とするクラスメイトに朱音はさらに言い放つ。


「だいたいねぇ、幼なじみだからって付き合うだの恋人だの。AだのBだのってホントバッカみたい! くだらない妄想で私たちのことを見ないでよ! 迷惑っ!」


 完全に朱音の勢いに引いたクラスメイトに、さらに勢いを重ねた朱音の怒りはもう誰にも止められなかった。


「それにねっ! アンタらの幼稚な冷やかし冷やかし冷やかしが碧音を追い詰めてんのを分かってんのっ! アンタらの幼稚な好奇心が私たちの日常を壊してるって分かってんのっ!」


 そこまで言って朱音は大きく息を吸い、そしてバズーカ砲を放つ勢いでクラスメイト達に言葉をぶち当てる。


「アンタらの幼稚でくだらない好奇心で碧音を日常から遠ざけるなぁぁぁっっっ!!!」


 興奮しきった朱音は腕組みのまま肩で息を上下させる。クラスメイト三人と朱音の横に移動していた僕は沈黙し、その横を無関心を装った通行人が通り過ぎていった。


 すると、今度は少し抑え気味な声量で朱音が声を出してくる?


「後ね、女子的に言わせてもらうけどさ。例えば付き合ってる彼氏に冷やかしばっかやってるヤツに、誰が友達紹介すると思ってんの? 彼氏の友達が話し聞いたり相談にのったり応援してくれる様な男だったら紹介するのもアリだけど、冷やかしばかりするくだらないヤツに友達紹介なんて絶対有り得ないんだからね。そんなくだらない男子に紹介してダメになって気まずくなるのを女子は一番嫌うの! 女の友情は男のそれと違ってデリケートなのよ! 覚えとけっ!」


 そう言われたクラスメイトは気まずそうに三人で顔を見合わせ、言葉を無くして視線を地面に固定する。


 そんな中、朱音は「行こっ!」っと言って歩き出してクラスメイトの横を通り抜けた。


 朱音の言葉に僕は逡巡するのだけど、それでも朱音の背中だけに視線を固定してクラスメイトを見ないように隣をすり抜ける。


 彼らを通り過ぎた後に僕は朱音に追いつく為に、つま先に力を込めた瞬間だった。後ろからのクラスメイトの声が僕の足を止めさせたのだ。


「碧音……」


 その声に僕は振り向き、そして声を出したクラスメイトと視線が合う。気まずい空気が支配しようとした時に、そのクラスメイトが言ってきた。


「ごめん碧音……その……冷やかして、ごめん」


 そう言って頭を軽く下げるともう一人も言ってくる。


「俺も……その……ごめん。ちょっと調子に乗りすぎたみたい……」


 さらにもうひとりも。


「なんか……ホントごめん。ちょっと羨ましいなって思ってさ……ホントごめんな」


 突然の謝罪にかなり驚いたのは事実だ。この後で僕はなんと言えばいいのかなって思っていると、最初に謝ってきたクラスメイトが声を出す。


「早く行ってやれよ、待ってんぞ」


 そう言われて振り返る。二つ向こうの電柱の下で、真横を向いた朱音が待っている姿が街頭の灯りに照らされていた。


「早く行けよ」と促され、「うん」と返事をして僕は踵を返して歩き出す。


「明日なぁ」の声に左手を上げただけで返して僕は朱音の元に早歩きで移動して行ったのだった。


 彼らの謝罪が本気だったのか、朱音にモテないからと言われたからか……


 願わくば両方がいいなと思いながら僕は小さく微笑んだ。




 二月の夕方はかなり冷え込み、動いていてもかなり寒い。


 程なくたどり着いた先の朱音はセーラー服の上に薄いレモンイエローのカーディガンだけの姿だっただけに、少し震えているようだった。


 ここは男らしく制服を羽織らせなければいけないのかなと思っていると、僕の思考を先回りするように朱音が声を出す。


「馬鹿なこと考えてないで、行くよ」


 そう言って歩き始めた朱音を追いかけるように早足であるく僕。真横にたどり着いてから速度を落とすこと暫し、朱音がボソッと言ってきた。


「碧音の横って歩きやすい……」


「えっ?」と言った僕を無視するように朱音は真っ直ぐ前を見据えて歩き、それ以上言葉を発することも無く僕も歩き続ける。




 市街地に差し掛かり護岸整備された川沿いを進む。そして、住宅地の緩やかな坂道を半分くらい登った頃に突然立ち止まった朱音が声を出してきた。


「不合格だから」


 はぁ?


 そんな間抜けな声を漏らして朱音から二歩ほど前に出た僕が振り返る。すると、ニヤリと笑みを浮かべた朱音が僕に自らのスマホをかざして再び同じ言葉を発した。


「不合格だから」



 そのスマホ画面には大きくバツだけが記されている。



 なんの事だかサッパリの僕に朱音は呆れながらも言葉を追加した。


「忘れちゃったの? ヒーローのお試しよ。期間は家に帰るまでって言ったでしょ? だからお試し終了、ハイおしまい!」


 そう言ってスマホをカーディガンのポケットにしまい、通学カバンと紙袋を小脇に抱えて両手をパンっと叩く朱音。



 僕たちは今、互いの家の前に佇んでいた。



 そう言えばそんな話しだったと思いつつ、会って別れる度にスマホを操作していたのも思い出す。


 何だか最後はそれどころじゃ無くなったもんで、すっかり忘れていたけど……不合格って、何だよそれ?


 いや、別に朱音のヒーローになりたいなんて露ほどにも思っていなかった。朱音が僕の事をヒーローと認定するなんて天地がひっくり返っても有り得ないってことも知っているし。


 ただ、何となくいいように振り回された一日だったなと思い返そうとしたところで朱音が言ってきた。


「大体からしてさぁ、現実にヒーローなんて居なくっても良いのよねぇ」


 そんな朱音の言葉に、今更? っと突っ込みたいけど、朱音の言葉はまだまだ続く。


「もし本当にヒーローなんて仕事があったとしたらさぁ、当然悪の秘密結社と戦う訳じゃない? 大勢の雑魚隊員にボコられたり、派手な爆発に巻き込まれたり。挙句の果てに巨大になった怪人と戦ったりしてさ。命がいくらあっても足りないじゃない? もしあたしの彼氏とか旦那になる人がヒーローやってるって分かったら、私きっと辞めろって言うと思う」


 その言葉を聞いて僕は小学校の頃に朱音の家に泊まった時の事を思い出す。



 ━━━━━━━━━━━━━━━



 夜中にトイレに起きて用を済まし、朱音の部屋に戻ろうとした時に朱音のお母さんの大声が聞こえてきた。


 なんだろうとリビングの入口に行くと扉が少し空いていて、そこからおばさんの悲痛な声が聞こえてくる。


『どうして貴方だけがいつも危険な所にばかり行かされるのよ! いくら正義の為だからって貴方に何かあった時は遅いのよっ! もう辞めて! 心配ばかりかけないで! 貴方に何かあったら私と朱音はどうやって生きていけばいいのよ! お願い……もう危ないことはしないで……』


 そう言ってすすり泣くおばさんの背中の向こうのおじさんは困った表情で黙っていた。



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 僕はその時だけしか知らないけど、きっと朱音は何度となくそんな話しを聞いてたんだろうなと想像すると、何とも言えない気持ちになってしまう。


 そんな朱音のヒーローに本気でなれないかと考えた時だった。朱音がこんなことを言ってきた。


「だから碧音は不合格。そもそもアンタがヒーローなんてやって私を守れると思う? おおかた雑魚中の雑魚の見習い雑魚にやられるのがオチよ」



 酷い言われようだ。



 そう言って朱音は一瞬眉間に皺を寄せ、僕に聞こえないように呟いた。


「それはそれで心配ね……」


「えっ?」と聞き直す僕に朱音は咳払いをしてから言ってくる。


「と・に・か・く! お試し終了、不合格! 以上っ!」


 そんな朱音を眺め、怒りよりも呆れの方が強まった僕はため息混じりに言葉を出した。


「全く……それじゃあさ、ヒーロー探しはどうするのさ? また明日からやり直し?」


 すると、朱音はニッと口角を上げて言ってきた。


「ヒーロー探しももう辞める事にしたわ、どうやら日常が帰って来そうだし。明日から私はまた日常を生きる女になるのよ」


 っと言って、ドヤ顔を向ける朱音。


 日常を生きるって……全く訳が分からない事を言ってドヤ顔を見せつけてくる朱音の思考が謎すぎて逆に怖い。


 じゃあいつもは日常じゃないのかと突っ込もうとした時、朱音は再び声を出した。


「それにね、やっぱりヒーローは探すもんじゃないわ」


 その言葉に呆れながらもドーナツ店前での朱音の立ち回りを思い出す。そして今度は何を言い出すか冷や冷やしつつ、ため息混じりに聞いてみる。


「全く……じゃあ何さ?」


 そして朱音はこう言い放ってツンと自慢げに鼻を上げた。


「もちろん、観るものよ! そしてこれからも観続けるものよ!」


 ……『するものよ!』と言われなくて心底良かったのだけど。


 ただ、そろそろ戦隊モノから卒業してもいいお年頃なんじゃないのと言うと、朱音は何故か決意の篭った表情になって言ってくる。


「冗談じゃないわ、私はこれからも戦隊モノを観ることを辞める気は無いわよ。大学生になっても社会人になっても、子供が産まれたって一緒に観続けるの! だから碧音も覚悟しなさい」


 ここまで戦隊モノにハマるなんてもう苦笑いしか出てこないけど、だからこそ僕はため息混じりに言ってやる。


「全く……子供が産まれてもとか、子連れで押しかけて来くるのは勘弁して欲しいよ」


 すると、何故か朱音は僕の顔を真顔で眺めて暫し、ゆっくりと口角を上げながら声を出した。


「そのうち分からせてあげる」


 そんな訳の分からない朱音の言葉を聞いていると、坂道の下の方からヘッドライトの光が現れる。


 僕は自分の家の玄関の方に避けた。もちろん朱音も自らの家の玄関の方に行くと思いきや、何故か僕の隣にやってきて車をやり過ごす。


 それだけでも驚いたのに、朱音はさらに驚く行動を取ってみせる。


「いつまでそこに立ってるの? 早く入りましょ? 冷えるわよ?」


 っと言って、僕の家の玄関を開けたのだ。


「ちょっ!? 何してんのさ! 朱音ん家はあっちだろ?」


 すると、朱音はキョトンとした表情を向けて言ってくる。


「何言ってんの? 今日は私んとこと碧音んとこで餃子パーティーする日じゃない? 忘れたの? 全く……しっかりしてよね、もうっ!」


 確か朝、出掛けにお母さんからそんな事を言われた気がする。朝が苦手な僕の脳細胞じゃメモリー出来ない文字数だったのかもしれない。


 それに、餃子と聞いて僕は嫌な予感に苛まれてしまう。果たしてどれくらいの量を作り、そしてどれくらいの量を食べさせられるのだろうか……


 想像するだけで怖気が走る中、朱音は僕の家の玄関を全開にして高らかに声を上げた。


「ただいまぁ! お腹空いたぁ!」


 いつも朱音が自分の家に入る時の定番の言葉だ。


 だからここは僕の家なのにと思いつつ、もしこれから先もこの言葉を聞き続けるのも……


 それはそれでアリなのかなって思いながら、僕は朱音の後を追うように家の中に入り込んだ。


 その時は戦隊モノのヒーローの様に、僕の背中を朱音に向けながら家に入って行けたらなって思いつつ、僕は朱音の背中を眺めながら後ろ手で玄関の扉を閉じたのだった。


 〜〜〜〜〜〜fin.

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不合格ヒーロー!〜戦隊モノ好きな幼なじみがヒーロー募集で失いかけた日常を取り戻す。不器用な僕のある日の物語〜 葉月いつ日 @maoh29

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