星が願いを

@88chama

第1話

 光子ちゃんが踊っている。楽しそうに、嬉しそうに、そしてとても誇らしげに。

まるでバレリーナのようにクルクル回っている。いつも重く引きずるように歩いている右足も、曲げたり伸ばしたりして、そのうえスキップしたりもしている。

 「おい、みっこ。どうしたんだ。東京の病院で治してもらったんか。良かったなぁ。」

 光子ちゃんの足をからかってばかりいる勇介君が、びっくりして叫んだ。」

 「ほんとだ、ほんとだぁ。」

 と、みんなも一斉に大声で叫んだ。一度も喋った声をきいたことのない悟君も、すごいすごいと大騒ぎだ。

 

しかし不思議だ。光子ちゃんが踊ったのも悟君が喋ったのもとても驚きだが、それよりもどうしてここに皆が揃っているのだろうか。だって今は夏なのにソリの上に集まっているのだから。

 畳一枚ほどあるこのソリは、毎年沢山の子供たちを乗せて,町内の坂道の上からビュンビュン滑る楽しい乗り物なのだ。どんより曇った空の下でも、降りしきる雪の中でも、みんなを乗せて飛行機のような速さで一気に滑り降りる。男の子も女の子も小さな子供だって、みんながでっかい雪だるまのように一塊になって、歓声をあげて大騒ぎして滑るのだ。


 

  この坂道はいつでも子供達の声で溢れとても賑やかだ。みんながこのソリで遊んでいる時に、いつも悟君はどこかの家の陰に隠れて,じっとみんなの遊びを眺めている。

その姿を見つけてたまに勇介君が誘ってみることがあっても、一度も仲間に加わったことがない。

 悟君は耳が聞こえないし言葉を話すことも出来ないから、いつでもポツンと一人ぼっちでいる。なのに今は一緒にいて大はしゃぎしている。

ああ悟君ってこんな大きな声が出せるんだね、とみんなは初めて知ったのだった。


   

  しかし更に不思議なことは、私がここにみんなと一緒にいることだった。私は大学2年生の夏休みに、久しぶりに帰って来た自分の部屋で、潮風に吹かれながらぼんやり過ごしていた筈だった。

 そういえばあの時、悦ちゃんの呼ぶ声がして,窓がガタガタなって人の声がたくさん聞こえて・・・

そうか、私は誘われるままにその足音についてここに来ていたのか。


 みんなとはもう何年も会ったことがなく、小学校を卒業してからは一緒に遊ぶこともなかったから、今はみんながどこに住んでどんなふうに過ごしていたのかわからなかった。でも懐かしさのあまり、私は自分がいつ子供に戻ったのかも気がつかないでいた。


  私が子供だった頃、光子ちゃんはいつもギプスの足を引きずりながら、みんなの後を一生懸命追いかけて遊びに加わっていた。

ある時、勇介君が慌てて走っている姿を見かけたことがあった。何か大変なことがあったようで大声で叫びながら走って行くと、すぐに大人を連れて戻って来た。

そしてみんなで海の方に走って行くと、そこには友達が沢山んいて、「早く、早く」と叫んでいた。

 

  岸の近くで棒を持った男の子の差し出した先には、光子ちゃんが浮いたり沈んだりしながらいる姿が見えた。釣り竿の先は大きくしなってもうすぐ折れそうな様子で、みんなはドキドキしながら祈っていた。おじさんがサッと海に飛び込んで光子ちゃんを引き上げてくれると、光子ちゃんは大きな声で泣きながらブルブル震えていた。

 一緒にいた友達もみんなで大声で泣いた。おじさんは勇介君に「よくやったな」と言って頭をぐしゃぐしゃに撫でた。


  私は痩せっぽの泣き虫で怖がりだったが、光子ちゃんは元気いっぱいの活発な子だった。足のハンデも構わずみんなと同じように何でもやりたがった。だから二階の窓の側まで伸びた梯子を登って行った時には、みんな心配して大騒ぎになった。

 「危ないよ、早く降りろ」と賑やかな声に気がついて、どこからか勇介君が慌ててとんで来た。

 「おい、みっこ。どうやって登ったんだ。どうやって降りるつもりだ、危ねえぞ。いいか、そのまましっかりつかまってろよ。」

 勇介君はそう言うなり又どこかへ飛んで行った。海に落ちた時のように、光子ちゃんを助けてもらおうと全速力で近くにいる大人に知らせに走った。



  工事の手を止めてやって来たおじさんは、光子ちゃんを抱えて梯子を降りて来た。一緒に遊んでいた友達はみんな三段まで登ったら降りて来たのに、光子ちゃんはずっと高くまで登って行ったのだった。危ない遊びを叱られた友達は泣きながら下を向いていたが、光子ちゃんは泣かずにずっとおじさんの顔を見ていた。

 「足が悪いんだから、こんな危ねえことしたらダメじゃないか。わかっとるだろう。」

そう言われると又、光子ちゃんはジッとおじさんの目を見つめて、お礼を言うのを忘れてしまった。

 「おっちゃん、ありがとう」勇介君が代わりに何度もお礼をいったので、弱虫の私も小さい声で「ありがとう」と言った。


  東京の病院で「必ず良くなるからね」と励まされるようになってから、光子ちゃんは足のことをからかわれても、意地悪なことを言われて悲しくなって泣くことはなくなったけれど、足が悪いのだからあれをするなこれをするな、出来る訳がないだろう、危ないことはするな・・などと叱られると、とても辛くて泣いてしまうのだった。


   

  訳のわからないまま不思議な時間を過ごしていると、次第に少しづつ色々なことが分かってきた。家の近くにキラキラ光る素敵な車がやって来て、そこから全身を星の飾りで眩しいほど輝く洋服を着た男の人が降りて来て、大きな声で呼びかけた。

 「さあ願いが叶う星へご招待だよ。」

 「急いで急いで、船が出るよ~」


 その声にすぐみんなが集まって来た。

 「さあ大人はあちらに。子供はこちら」

 と、言われるままにみんなそれぞれ二つの船に乗り込んだ。

 「ああ、待って。きみちゃんがまだだよ。」

 慌てて呼びに来てくれた悦ちゃんに何もわからないまま、私は後について走ったのだった。


 全員が揃うと子供の船はものすごいスピードで空に昇って行った。

大人の乗った船はどんどん小さくなって次第に見えなくなってしまった。ソリだと思っていたそれは船で、光子ちゃんが踊り悟君が歌う舞台になった。星に包まれた洋服の男が言った。

 「みんなの願いはよくわかっている。ここに書いてあるからね。」

 と言って沢山の短冊を見せてくれた。


  ピンクの短冊には足が良くなったらバレリーナになりたい。黄色の短冊には大きな声で歌ってみたい。 野球の選手になりたいとか、お金持ちになりたいとか色々とあった。

 「七夕の夜にこの国のポストに届いた短冊を受け取るのが、このエリア担当の私の仕事だ。」

 「夢を叶えよう、今いるこの星の川から星の水を汲むと~、それっ!」


  そう言って引き上げると、バケツの中にはキラキラ眩しい星がぎっしり入っていた。それを光子ちゃんの頭からざっとかけると、光子ちゃんは沢山の星でキラキラ光ったステキな洋服を着て、ギプスにもキラキラの星が飾られとても綺麗だった。涼ちゃんはびっしり星で装飾がされたギターをとても上手に弾いた。

野球選手になりたい良夫君は、赤いバットでピカピカ光る星を何個も何個も打って、それはホームランのように船からグーンと遠くまで光りながら飛んで行った。


  そうやって汲み上げた星を頭から浴びると、みんなそれぞれの夢が次々と叶えられていった。

 「君たちの夢が叶ったから、次は世界中の人々の願いを叶えるお手伝いをしよう。

さあ、みんなで弓を引いて願いを叶えてくれる流れ星を作ろう!」

 そして配られた矢は一斉に放たれると光る星となって、長い尾を引きながらすごいスピードで飛んで行った。

 私達が見る流れ星はこうやって流れているのでしょうか。


 

 今夜は明るくまん丸の月が出ている。

東京の空には数えるほどの星しか見えません。満天の星空を懐かしんでいると、ふともう五十年も前に見た夢が思い出されました。


 少し前に終わった東京オリンピック、パラリンピックは大きな感動でした,

夢に向かって頑張った人々や、多くの義足の選手たちの活躍が、星のギプスで踊る光子ちゃんを想い起させてくれたのでしょう。

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