僕が恋したその瞳

ゴーストライター

 

 僕は小さい頃から読書が好きだった。どのくらい好きかと言えば、とある友人を除いて読書中に声を掛けられたとしても気が付かないほど、たとえその声をかけてきた人が先生でもだ(僕はいつ声を掛けられたかわからないが)。

 そんな僕は、毎週水曜日欠かさず行くところがある。大体の方はお察しかもしれないが本屋である、本屋と言っても駅前の小さな古本屋だ。その古本屋で僕は面白い本はないものかと毎週探しに行く(まぁ、基本探しに行くだけで、買いはしないのだが)。もう五年以上も通い続けているため、大方どんな本がどこに置いてあるかまで分かる。

 蜩《ひぐらし》のなく秋と夏の間ごろ、その日も同じように面白い本探しに没頭していた時のことだった、丁度ライトノベルのコーナーを抜けて、日本人作家のコーナーに入ろうとしたとき、僕は息を飲んだ。そこには一人、僕と同じ年くらいの茶色の目をした少女(僕が少女と呼称しているだけで中学生くらいの女性)が熱心に本を探してるのか目が悪いのかわからないが、目を細め、棚との距離を縮め、一冊一冊の本をゆっくりと舐めるように見ていた。

 僕はその時光景をじっと見つめていた。

 ,,,やがて、お目当ての本を見つけたのか手に取り、本の値段を確認して、小さくガッツポーズを取った。フフと小さく笑い、ルンルンと鼻歌を歌いながら去っていた。

 僕はその光景、いや,より正確に言えばその少女に見惚れていたのだろう。しかし、このとき僕はそのことが分からず、そこに呆然と立ちすくみただただぐちゃぐちゃと渦巻き、爆発しかけている感情を一つ一つ丁寧に整理していた。,,,,いや、ただボーッと呆けていただけだろう。

 結局、古本屋に居たあの少女のことが気になり(正確に言えば、あの少女を見ていてなぜ、感情が爆発しそうになったかだが)その後の本探しをやめ、家路についた。家路につく途中、ずっと考え込んでいた。僕はなぜあの少女のことを気にかけているのだろうか?時間にしたらほんの1・2分のことで特に少女が印象に残るような容姿をしていたわけではないし、なにか印象に残るような行動を取っていたかと言われればそうでもないし、一体なぜだ?僕ははっきりとあの少女の茶色の目に毛先まで整えられ、短くまとめられたしなやかな黒髪、雪のように白い肌、枝のように細い指、彼女を見かけたシーンが繰り返し頭の中に再生される。僕は人の顔を覚えるのはあまり得意で、未だにはなくクラスメートの顔を覚えていないほどだ。そんな僕が出会って間もない少女のことを覚えてるのか、意味がわからない。いくら考えたとて答えは出ず、いつの間にか家についていた。家についても考えは進展せず、あの少女の映像が頭から離れなかった。明日第三者の意見も聞いてみようと思い、寝る身支度を整え、いつもなら気にならない虫たちとの死闘を制し、僕は床についた。





 翌日、僕は日が出るよりも先に目を覚ました。辺りは暗く、自分の手さえも見えづらく、窓の外の街灯がついている程だ。いつもの僕なら朝はギリギリの時間まで寝ていても寝足りず、くらくらとした意識の中急いで学校に行き、そこでようやく目を覚ますのだが、その日は起き上がるのとほぼ同時に意識がはっきりとした。そのうえ、通常の僕を知っていたら考えられないものだが、何が原因だろうか。自分のことを内側から探る。するとそこにソワソワとまるで遠足前日の小学生のような高揚感こうようかんが僕の中にあることに気が付いた。この高揚感の正体は何であろうと原因を探る。昨日起こったことから探る、するとあの少女のことがパッと思い出された。原因は彼女だと僕は確信した。表現のできない緊張が走り、冷や汗をかいた。,,,,,,,,,,朝食を食べるのはまだ早い、そう思うと部屋の電気をつけ、木製の白い本棚からまだ手を付けてない本を手に取り布団に半身を入れた。

 僕の本の選び方は興味をかれる表紙とタイトルだけで決めるというルールがある。そのため、僕は読むときまでどんな本かなんて全くわかっていない。今回の話は恋愛小説のようだった。少女が、町中で助けられた男の子に恋をするという某出版社でもやらなそうなベタベタに攻めた乙女チックな話。僕はこのような王道のお決まりパターンでくる小説は飽きるほど読んでいたので、失礼な話だがパラパラと適当に流していた。

 しかし、読み進めていると不意になにかに似ているようなと感じ始めた。気のせいかと思い気にしないようにしていたのだが僕は気付いてしまった。

「寝ても覚めても彼のことが頭から離れない」という主人公の少女の言葉,,,,,,僕の今の状況と全く同じ(僕の場合少女であるが)、その時一つの言葉が脳に印字された。一目惚れ《ひとめぼれ》という文字が。





 一目惚れこれほどまでにこの状況を説明できるものはないだろう、昔、今現在もだが数々の小説を読んできたが一目ぼれというパターンの話というのは少ない。人気が出にくいなど様々な理由があるが、夢はあるが現実感がない、つまりは共感を生まないというのが理由だと聞く。それほどまでに稀有けうな事例を僕は現実で僕自身が今経験している。自分自身を客観的に見たことの少ない僕は思考が止まる,,,,,外が明るいなっている。気付けば朝日がと顔を出ている。今にも落ちそうにはり付いた壁掛時計の短針は六時を指そうとしているところだった。





 チュンチュンと雀が鳴いている。僕は目を覚ました。窓の外を見るともう朝日は登っており、時計は七時を指していた。いつの間にか眠ってしまったらしい。いやもしや今起きたのであって、ついさっきのことは夢なのではとも思ったが、小説を手に握っていたので恐らく夢ではないだろう。

 結局あの感情は一目惚れというか、照れくさくはなるが恋というものなのか分からないがとりあえず朝食をとりながらでも考えようと楽観的に居間に向かう。居間のテーブルの上には茶碗とお椀が裏返っておいていて隣には『適当に食べてね』と書置きが置いてあった。これは母が行う一種の脅迫だ。ちゃんと食べて行けよとかおかずがあった場合は残すなよという意味でもし残したりしたら母の機嫌が悪くなり面倒なことになる。まぁ、今の僕にはちょうどいいので乗っかることにした(乗せられているだけだと思うが)。

とりあえず洗面所に向かい日課であるうがいを済ませ、炊飯器からご飯をよそい、ワカメと豆腐だけのスタンダードなみそ汁を注いだ。みそ汁でご飯を食べられないので冷蔵庫を適当に漁り、納豆を取り出し、席に着いた。

 テーブルの端に置いてあるリモコンを取り、テレビをつける。朝の情報チャンネルは最新のグルメの紹介をしていて平和だなと感じた。どうでもいいが僕は8チャンネル派だ。納豆を混ぜながらさっき(一時間ほど前)の一目惚れをしているというのかという話に戻るのだが、自分でも言い表せないほどその言葉はしっくり来た。しかし、結論つけるのはまだ早い本当にその感情は一目惚れというものなのかとか実際はまだ分かっていないし、仮に一目惚れだったとしても仲良くなりたいとかそういうのはまだ考えてもない。結局ぐるぐると考えているうちに時計は進んでいて、もう時間がほとんどない。急いで米とみそ汁を口の中に入れ食事を済ませた。

昨日用意していた学校の準備一式を取りいそいそと制服に着替えた。考えてもこれ以上はらちが明かないと思い、とりあえずもう一度あの少女に会ってみれば分かるかもしれないと思う。今日、家に帰る前にあの古本屋にでも寄ってみようと玄関前で小さく決心する(僕があの少女だったら不気味だが)。ドアを開けると少し寒く秋の訪れを実感させる。見上げると見事に晴れた高い空があった。

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