惑星テルース
@kadotake-enshi
鉱山の星
窓に雨が打ち付ける音で目が覚める。
運搬用パレットのような硬い寝台から身を起こし、洗面台で顔を洗う。鏡をみつめると、そこに年老いた老人がいた。短く切りそろえた髪も髭も白く染まり、深いしわが刻まれ、長い年月を鉱山で過ごしてきたために日焼けし浅黒くなった肌は、宇宙港の年金事務所に手続きにあつまる高齢者たちと変わりない。そうだ、私はもう年老いた。
窓からみえる町並みの向こうに、この惑星テルース最大の鉱山があった。
鉱山労働者として様々な惑星を渡り歩いてきたが、このテルースの鉱山は私の知る中で最も恵まれた金脈を掘り当てた幸運な山だった。定年までの数年間、この星で夢中で岩を
まだ十代だった頃、地球周辺が銀河第三帝国とクロノス連合の辺境戦争の戦禍を
疎開先はエンドレ・ラーチだったか、ひどく貧しい資源惑星で、大人たちは鉱山か製材所で働き、我々子供は難民センターで空虚な時を過ごした。私は両親が迎えに来ると信じていたが、月日が流れ、地球からの便りもなくなり、ようやく私達は見捨てられたのだと気づいた。
私は大人に混じって鉱山に入るようになった。掘削用のパワースーツで豪快に岩穴を掘っていく仕事は楽しかったが、当時のパワースーツは密閉式ではなく、操縦者が剥き出しで、落盤や有毒ガスなどで大勢が死んだ。
危険な仕事だったが、何もしないでいるよりマシだ。わずかだが賃金ももらえた。その金を貯めれば、ここよりもっと豊かな星に移住できると信じていた。そして私は、その通りに実行した。
ナジュカビラを更に銀河中心へ向かって、数パーセクずつ星域を移動していった。どんな星でも鉱山の仕事は必ずあった。いつしか、パワースーツや掘削機に精通し、的確に鉱脈を掘り当てるベテランのマイナーになっていた。そういう人材はどの星でも重宝された。
有毒の宝石、キキュリ石が採取できるアドアナフで事故に遭い、肺と消化器を人工組織に置き換えた。その病院の看護師だった妻と出会い、結婚。二人の子供にも恵まれた。アドアナフで暮らした頃が一番幸せな時代だったと思う。
戦禍が近づいていた。
中立地帯であったナジュカビラへ第三帝国の艦船が到来、制圧を開始したことを知ったのは、アドアナフ宇宙港の
包囲網のせいで通信船はアドアナフの地表に近づけず、新しい情報は入らなくなった。頼りのEPR通信は間違った、あるいは無意味な情報ばかりを伝えていた。数カ月後、アドアナフは帝国海軍の空爆を受け、主要宇宙港はすべて陥落した。
私は妻と子供たちを連れてシェルターへ避難していたが、すぐに水と食料が底をつき、廃墟と化した町へ男たちと共に食料を探しに出かけた。それはほんの数時間の出来事だった。
水と食料を抱えてシェルターへ戻ったとき、待っていた避難民は皆死んでいた。私の妻と子供も死んでいた。私と共に戻った男たちもシェルターを歩き回るうちに異変を訴え、のたうち回って死んでいった。加熱されたキキュリ石の毒ガスが原因だった。心肺機能を置き換えサイボーグ化していた私だけが生き残った。
私は妻と子供を埋葬し、シェルターを脱出した。採掘場のすべてのキキュリ石に採掘用のテルミット弾を仕掛けてまわった。帝国海軍が高価な原石を略奪すれば、罰を受けるだろう。
その後、大陸の西端から東端に向けてバギーを走らせた。ちょうど雨季が終わって、真夏の熱気が押し寄せる寸前で、真夜中に荒野で焚き火をしながら夜空の星々を見上げていると、子供の頃、地球の学校でキャンプをしたときのことを思い出した。銀河の隅っこに位置する地球の夜空は閑散として、アドアナフのような密集する星々の美しさはなかったが、同じように静かだったことを憶えている。
大陸東端に隠された宇宙港で、私は再び難民船に乗ることができた。星域放送は帝国海軍のガレオン船に『化学兵器による』大きな被害があった臨時ニュースを繰り返し伝えていた。軍隊の混乱に乗じてアドアナフを後にした。
そこから先、私は再び流れ者のマイナーに戻っていた。
資源星を転々として山を掘り、金を稼いでは別の星に移動した。いつしか、どこをどう移動したかわからなくなった。十年近く、ジプシーのように銀河を渡り歩き、そうしているうちに辺境戦争が終わったという話を聞くようになったが、EPRで得た情報を信用する気にはなれなかった。
あるとき私は、超高速貨物船に便乗し、いつものように二等客室でコールドスリープに入り、十二パーセクをジャンプするという稀な機会を得たが、見知らぬ病院で目覚めたときには少なくとも五十年が過ぎていた。
貨物船は違法改造のオーバードライブを搭載していて事故を起こし、ジャンプ空間から脱出できなくなっていたと物流会社の社員から聞いた。私が救出されたのが、この惑星テルースだったのだ。
テルースの鉱山は実に巨大で、大きな岩山それ自体が鉄鉱石の塊のようなものだった。パワースーツは多脚化、大型化していて、慣れるのに少し時間はかかったが、採掘技術の基本は変わっていなかった。採掘場の近くには環境団体の砦があって、連日デモ活動が行われていた。資源星でそういう活動を目にするのは初めてだったが、三日もすれば飽きてしまった。
それから数年が経ち、岩山では鉄鉱石の代わりに金が採掘されるようになった。私と同僚たちは無我夢中で金を掘った。別の山でも金が出たというニュースを聞くようになり、テルースは金の塊のような惑星だと皆が気づいた。そうなってくると一攫千金を夢見たならず者がテルースに集まるようになり、みるみる治安は悪化し、環境団体と暴力的な衝突を起こすようになった。
私が定年を迎える年の始め、主要な金山の金が突如枯渇し始めた。これはよくあることだ。金鉱石が特定の地層だけに固まっていて、そこを彫り尽くすともう出ないのだ。
もっと掘ればもっとたくさん埋まっているかもしれない、そういう未練を持ってしまうと、その資源星から脱出する資金すら採掘に突っ込んでしまって、身動きが取れなくなってしまう。だが、私はそんなタイミングで定年を迎え、山を降りた。泊まっているホテルで静かに過ごしていても、しばらくは掘削機の振動音を幻聴した。
ホテルの部屋を出て、一階にあるブッフェレストランを訪れる。
ササミのワイン蒸し、チーズとスパイスのソースに薄焼きパン、ほうれん草とチーズをクレープで巻いたもの、貝とチーズのオーブン焼き、仔羊肉の水餃子、ソロニウム星域はこんなふうに地球の料理が食べられる。銀河帝国の人間もどきは味のないドッグフードを検尿容器みたいなチューブで口に流し込むのだ。食べることを楽しむ文化が欠如した連中とわかり合える気はしない。
テーブルにつくと、昨夜バーで知り合った老人の姿が見えた。手をあげて挨拶し、おぼつかない足取りで近づき、私のテーブルにトレーを置く。向かいに座り、フォークでジャガイモを潰す。
「昨日はもう金は出ないと言っていたたが、採掘場の北で金鉱石が出たって噂を聞いたよ」
老人が言う。
「鉱山はどこもそういう噂を流してマイナーを集めるんだ。景気良さそうな鉱山はもうだめだよ」と私は答える。
「テルースを観光して回ってるんだったな。こんな資源星の何が珍しいんだい」
「ある疑いがあって、それを確かめるために、あちこち見て回っていたんだ」
「疑い?」
「ここは、私が生まれた星ではないかってね……」
「テルース生まれかい?」
「いや、昔は
老人は天井を仰いで感嘆する。
「ああ、それは古い名前だ。辺境戦争の前、文化的だった時代の呼び名だね」
「知ってるのかい、その時代のことを」
「いや、百年以上前のことだから、知らんよ」
「そうか」
我々は食べることに集中する。この老人は定期運搬船の船員をやっていたが、私と同じようにこの星で定年を迎えて、静かに年金暮らしを続けている。
テルースは地球だった。私が住んでいた少年時代に存在した国も政府もすべて無くなって、恐ろしく貧しい辺境の星に衰退していた。私はその事実に長年気づかず、鉱山に潜って生まれ故郷を採掘していた。クロノス連合の中心として栄華を誇った時代はこの百年で絶えたのだ。その事実を知っても、何の感傷もわかなかった。歳を取りすぎてしまった。
「それで……ここが地球だと知って、どうするね?」
老人が聞く。私はこの人物の名前を知らない。
「そうだな、少なくとも、もう他の星へ出ていくことは無いかもな」
「旅を辞めて、ここで骨を埋めるつもりかね」
「この歳じゃ、二等客室はキツイからね」
妻と子供が眠るアドアナフのことが脳裏を
雨粒が打ち付ける窓の外を、鉛色の運搬船がゆっくり通り過ぎる。赤と緑のナビゲーションライトが点滅し、その光の筋の延長線に、あちこちに置いてきた過去と、残り僅かな未来への希望が灯っていた。
惑星テルース @kadotake-enshi
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