夏みかん 🍊
上月くるを
夏みかん 🍊
何日もぐずぐずしていた空が、カラッと晴れあがりました。
自分の出番とばかりに、太陽がギラギラッと照りつけます。
あまりに強烈で、横断歩道の白線が波打って見えるほどで。
人も犬も猫も、地上の生物はたまったものではありません。
大きめのヘルメットを気にしながら、ミハルは右手の誘導旗をたしかめました。
だぶだぶの青いツナギの制服が、色白の頬をいっそうやわらかく見せています。
新築マンションの工事現場には、砂利や建材類を満載したダンプカーやトラックがひんぱんに出入りするので、通行人や自転車の安全を守る警備員の責任は重大です。
――あのね、きみ、本気でやる気あるのかい。
見た目より、相当にきついよ、この仕事。
管理会社の面接で、ひげ面のオジサン部長に訊かれましたが、もちろん本気です。
まだ二十歳になったばかりだというのに、半年あまりも入院していたのですから。
病院の窓から通りを眺め、働きたい、だれかの役に立ちたいと、どんなにか。💦
なので、ハローワークの職員に気の毒がられながら、警備会社に応募したのです。
👮♀️
いざ働き始めてみるとオジサン部長の案じてくれたことが痛いほど分かりました。
直射日光や風雨にさらされる、埃や排気ガスにまみれる、騒音がものすごい……。
それに事務職しか経験がなかったので、立ち仕事がこれほど辛いとはつゆ知らず。
一日の仕事が終わると、ふくらはぎがパンパンにふくれ、夜中には足がつります。
それでもやめたいと思わなかったのは、元気に働けるよろこびと、こんな自分でも社会の役に立っているというよろこびとで、毎日が楽しくてならなかったから……。
そんな気持ちが自然に笑顔になったせいか、顔見知りになった通行人が声をかけてくださるようになり、ミハルはますますこの仕事が好きになりました。(*´▽`*)
🏢
男性の同僚と交替でランチを済ませると、一日でもっとも暑い時間帯になります。
出入りするドライバーの注意も散漫になりやすいので、警備員は気が抜けません。
大型ダンプを送り出したあと、日傘をさしたおばあさんが信号を渡って来ました。
誘導するミハルに笑顔でうなずいたおばあさんは、あっ、何かにつまずきました。
横断歩道にゴロゴロと、太陽のかけらが散らばりました。
と思ったら、マイバッグから転がり出た夏みかんたち!
ミハルは迷わず駆け寄っておばあさんを起こし、散らばった物を拾い集めました。
本当はいけない規則になっているのですが、自然に身体が動いてしまったのです。
🪲
さいわいにも、おばあさんは、老人の鬼門と言われる骨折はまぬがれたようです。
よかったと安心するミハルに、おばあさんは無理やり丸いものを押しつけました。
右手にひとつ。
左手にひとつ。
ふたつの夏みかんは、汗ばんだ手のなかで、甘酸っぱい南国の香を放っています。
おばあさんの精いっぱいの厚意を、ミハルは気持ちよくいただくことにしました。
あとで同僚にこの幸せをお福分けしよう。
そして、明日もまた元気に現場で働こう!
夏みかん 🍊 上月くるを @kurutan
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