第11話 主婦とシスターは記憶喪失なあの子の事を考える
「あらマリーさん、いらしてたんですね」
「う、うん。じゃ、帰るから」
孤児院に着いた私はそっと中を覗くと、そこには青白い顔をした見知らぬ女の子が一人いた…看破なんてするんじゃなかった。世の中には知らなければ良い事が沢山ある事を私は忘れていた!
そして帰ろうとする私の肩をガシっと掴んでくるのはこの孤児院の院長であるシスターちゃんだ。
彼女に関しては特記すべきステータスは無い。ごくごく普通の聖人であり、ごくごく普通のカワイ子ちゃんで、ごくごく普通の私のアイドルちゃんだ。
そんな彼女は私の正体を知っている。それは叔父さんが自分から離れて他の町で暮らすのなら、私の事を知る人間が一人二人はいた方が良いという事で、叔父さんがこのシスターちゃんを選んである程度の事を暴露したからだ。
最初は私に対して怯えるような、一介のシスターなんかが神と対話をしても良いのかと随分悩んでいた様だけど、この町でボッチの私が友人の様に気軽に接し続けた事で、今では何かあれば遠慮なく肩を掴んで奥の部屋に連れて行かれるまでの仲になった。
「で、何か知りましたね。いえ、知ってしまいましたね」
ニコっと私に笑顔を向けるシスターちゃん。その笑顔は綺麗と美人と可愛いを足しただけのこの世界で私の次にイケてる女の子、それがシスターちゃんだ。栗色の髪の毛がまた実に良い!
「し、知らないよ」
「私、マリーさんの事…好きですよ」
「はい、色々知ってます」
私は可愛い女の子に弱かった!でも、私が知った事を聞いても後悔しないだろうか。私だったら聞かなければ良かったって思う内容だけど。
「知りたい?」
「ええ、あの子…記憶喪失で自分の名前も年齢も忘れているのですもの。それに鑑定でも見抜けない状態をそのままにしておくのも良くないと思いますし。マリーさんもそれが心配で此処へ来てくれたのでしょう?」
「まぁね…あの子の名前はミネア。年齢は14よ」
「他には?」
「ダリオラ王国の貴族の娘ね」
「まあ!それが分かればあの子を帰してあげられますね」
「実の兄に奴隷として売られて、その兄は自国の王女をお金で雇った盗賊に誘拐させたわ…昨日の話だけど」
「………私、薬師のお婆ちゃんの所に行く用事を思い出したのでこの話は無かった事に。それでは」
「ちょっと待たんかいワレェ!!!」
「マリーさん離してください。む、胸を揉まないでください!元はと言えば最初にウィルさんが保護をしたのですから、この問題は私よりその妻であるマリーさんが責任を持つべきです!ちょっと!優しくしてくれるのは嬉しいですが揉み過ぎですってば!」
「ぐふふふ、そんな屁理屈は通用しませんなぁ聖人様よ~」
「や、止めてください!それ以上は禁忌です!ゆ、百合は禁忌ですよ!いくらマリーさんが尊き存在だとしてもですよ!」
「バレなきゃ良いんだよそんなもんはさぁ~」
▽▼▽
馬鹿やって十分ほど現実逃避した私達。それから十分ほどの沈黙。先に口を開いた方が何とかしろと言わんばかりに視線をぶつけ合う…こんな事を続けても埒が明かないから会話を再開。
「ミネアの家はどうなるのでしょうか」
「良くて降格。普通に考えて取り潰しとかじゃないかな。だって王女を誘拐だよ?息子を勘当した所で責任は免れないでしょ」
「その誘拐ですが、何故マリーさんは知ってるのですか?」
「昨日の夜たまたま知って、洞窟で捕らえられてる所を助けたのよね~」
「そうでしたか…鑑定不良が起きている原因って」
「鑑定で名前が伏されれるという事は解離性同一症とか…かも。私の看破で見るとただの記憶喪失なんだけどね。でも、ただの記憶喪失ならそんな事にはならないと思う。でも、名前が伏さられるという事は元の人格が引きこもっている可能性は大きいわね」
「どうしたら良いのでしょうか」
「詳しくは分からないけど、あの子は駄兄に反発していたみたいなのよ。その結果、あんな怖い目にあってるんだけど、まずはシスターちゃんの優しさで癒してあげることね。その内あの子自身の力で色んな物を取り戻すか、それが無理なら私がやってあげても良いけど、今すぐにそれをやるのは可哀そうかもしれない」
隷属魔法の失敗が原因かもとウィルは言っていたけど、私はそうは思っていないんだよね。隷属魔法なんてものを掛けられる恐怖が原因で記憶喪失になったと私は考えている。
そんな恐怖を感じた心を無理にでも表側に引き出したらあの子の心がどうなってしまうか。だから、それをやるのは今じゃない。
ただ、時間をかけた所でその恐怖を感じた心が無くなる訳でもない。
面倒な事に関わってしまった。一言で言えばそれだ。
「出来る限りの事はしてみます」
言いたい事に声にすることは立派だと思う。ただ、自分を守る力もないのにそれをするリスクを考えなくてはならない。
きっとあの子は言いたい事を言えなかった私とは真逆なんだろうな。
言わないで失敗し、言っても失敗する。立ち回りの大切さってやつなんだろうか。
「あーやだやだ。
まあまあそこそこ強いウィル・ダクソンは妻の本当の強さを知らない Nick @hoppen
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