【旧版(5分で読書)】今さら、「好き」なんて言えるわけない。

マクスウェルの仔猫

第1話 今さら、「好き」なんて言えるわけない。

 朝、うなされて目がめた。

 こわい夢を見たのかもしれないけど、内容はまったく思い出せない。


 ただ、頭に残るような重さとザワザワした感じが気持ち悪い。

 1日の出だしから、最悪だ。


 どよーん、とした気分で学校の駐輪場に自転車を止めると、香菜かなが歩きで近づいてきた。


こころ、おっはよー!……ひっ?!」

「おはよ……変な夢見たらしいのと、何か落ち着かない」

「心かと思って挨拶したらユーレイだったからビックリしたよ!……大丈夫?」


 心配はうれしいけど、幽霊ゆうれいは取り消せ。


「わかんない。大人しくしてるよ」

「そういうのって何かさ、虫の知らせとかじゃない?虫よけ買ってこようか?」

「それ虫の知らせじゃなくて……虫がいっぱい来るだけ?」

「えーやだー」

「自分が言ったんじゃん!」


 ありがとう、親友よ。

 思わず笑っちゃったよ。


 ●



 席に座って、腕を枕にして机の上で目を閉じる。

 香菜のおかげで、少し気持ちが回復した。


 だけど、もし。

 香菜が言っていた、虫の知らせだとしたら。


 元気が出ない分、悪いほうに考えが行ってしまう。


 田舎のお爺ちゃんお婆ちゃんとか大丈夫かな、お父さん、お母さん、弟の友也ともやは大丈夫かな、帰り道、気をつけて帰ろうかな、とか回らない頭で考える。


 赤崎あかさきは、まだ教室に来ていない。


 いつものバカ話でもすれば、気が晴れるかもしれないのにな。


 そんな事を考えていると、チョンチョンと頭をつつかれた。


「心、お客さんだよー」


 香菜の視線を追うと、その先には美優みゆがいた。


 どくん。


 自分の心臓の音が聞こえた気がした。


 虫の知らせはこの事だったのかと、根拠もないのに確信をした私は美優の所へと向かった。



 ●



 それからしばらくして、赤崎が教室に駆け込んできた。


「間に合ったぜ!あっぶねー!」


 赤崎は朝練の時はいつもこんな感じでギリギリにやってくる。


 そして、頭をポン、と叩かれた。


「よっす」

「うん」


「……?元気ねーな。体調でも悪いのか?ポカリいるか?」


 こんな時に不意打ちで優しくしてこないでよ!と思いつつ、顔を上げて私は赤崎に聞いた。


「赤崎。……放課後、時間ある?」



 ●




 結局、私は昼前に体調不良で早退した。


 そう。


 自分で思った以上に、美優の話でショックを受けた私は気分が悪くなり、赤崎に「部活が終わったら絶対屋上に行ってね」と告げた後、しばらくして学校から逃げる様に帰宅してしまった。


 うちに戻るとお母さんに病院に連れて行かれそうになったけれど、少し落ち着いてきたから横になりたいと言うと、お母さんは私の様子を見てから階下に降りていった。


 でも。


 私の心は荒れていた。


 美優が赤崎に告白する。


 それは一ヶ月前から、いつかその日が来るとわかっていた事だった。


 他のクラスの美優に初めて声をかけられた日、『もし神崎さんが赤崎君と付き合ってないのなら、赤崎君の事を教えてほしい。決心がついたら告白したい』そう言われたのだ。


 私は、バカだ。


 美優に協力を求められるまで赤崎への気持ちに、ちゃんと気付いてなかった。


 それだけじゃない。

 私は、自分の気持ちにフタをしてしまったのだ。


 そのくせ、赤崎から好みのタイプとか彼女が欲しいかとか、少しでもヒントを聞き出した日には、どこかしら近付けようと毎日努力していた。


 今さら、私も赤崎が好き、なんて言えるはずないのに。


 赤崎の言った言葉が、頭の中をくるくる回る。


 "彼女?そりゃ欲しいだろ!"

 "理想りそうの彼女?うーん……髪がサラッサラしてて、できれば長くてな?"

 "笑顔が、ヤバいくらい可愛くて、優しくて"

 "俺のバカ話を含めて、話してて一緒に盛り上がれる彼女とか最高だな!"

 "剣道部の試合の時に、弁当持参で応援とかしてもらえたら俺、絶対燃える!"


 そんな言葉を聞いた私はその日から。


 長いとは言えない髪をサラサラにしようと頑張った。

 髪留かみどめを赤崎の好きな色に変えた。

 少しずつ、言葉が優しく聞こえるように、話し方を変えていった。


 スカートの長さ。

 好みの香り。

 メイク。

 ネイル

 趣味の話。

 テレビや映画の話。

 好きな食べ物。

 料理の勉強。

 笑顔の練習。

 楽しい話題探し。


 もう本当に、今さらなのに。

 

 そして、何よりも。


 赤崎の理想の彼女の姿は、どんどん美優の姿と重なっていくだけだった。


 赤崎は、絶対に美優と付き合う。

 明日には……彼女募集中のアイツはもういないんだ。


 そんな事を考えたら鼻の奥が、ツン、となって。

 胸が、きゅうぅ、となって。

 我慢していた涙が、あふれだした。


 自分への怒りと、赤崎が他人の彼氏になるという現実と、赤崎の笑顔とか色々な何かが私の中で重なって重なって、私は悲しくて声を上げて、泣き続けた。



 ●



 泣き疲れて寝てしまったらしく、窓の外は夕焼け空だった。


 目の周りがヒリヒリして、視界がせまい。

 ベッドから起き上がって、部屋のかがみを見た。


 (ひっどい顔…)


 泣きに泣いた人間の顔がそこにあった。

 だけど、ほんの少しだけスッキリして。


 明日までに目のれ引くかな、でも学校行きたくないな、と思っていると、買い物から帰ってきたお母さんがやってきた。


「心、体調はどう……その顔はどうしたの?!」

「……めちゃめちゃ泣いただけ。もう多分大丈夫」

「大丈夫、じゃないわよ!何があったの?!」

「失恋しただけ、超特大の」

「……だったら、話は後!まずは顔を冷やしなさい!!」


 お母さんは慌てて階段を降りていった。ごめんね。



 ●



 その後リビングで顔を冷やしつつ、お母さんの事情聴取じじょうちょうしゅに仕方なく付き合っていると、呼び鈴が鳴った。


 モニター越しに話をしていたお母さんが、困り顔で私にげる。


「心にお客さんよ。赤崎君って男の子と戸倉さんって女の子。この子達って……」


 赤崎と美優!

 なんで?!


 まさか、付き合う事の報告ほうこくとか…?


「どうする?今日は申し訳ないけど帰ってもらう?」


 お母さんが、私を気遣きづかって声をかけてくる。


「…………………………会う」


 私は声を振りしぼって、お母さんに告げた。


 別に「会いたくない」でもいいのかもしれない。


 もうこれ以上は出ないと思っていた涙。

 なのに、鼻の奥がまた、ツン、としてくる。


 でも、赤崎との"さよなら"をここで、キチンと受け止めなければいけない気がしたから、会うことに決めた。


 美優は優しくて可愛くて、すっごくいい子で。

 赤崎は大好きで、大好きだった人。


 頑張れ、頑張ろ?私。

 毎日練習した、顔いっぱいの笑顔、だよ?



 そして挨拶をしてリビングに入って来た二人は、私の顔を見ておどろく。

 

 そうだった。

 この泣きはらした顔を、まず何とかしておくべきだったのに。

 

 は、恥ずかしい。


 ●


 お母さんが席を外した後も、無言むごんの時間が続いた。

 そして、先に話し始めたのは、少し目をうるませた美優だった。


「赤崎君の話を聞いて、絶対に心をひっぱたいてやる!と思って来たけど、その泣いたあとを見たら何も言えないよ。ごめんね、協力してくれて……ありがとう」


 ありがとうはわかるけど、何でひっぱたかれなきゃいけないの?


「詳しい事は、赤崎君から聞いて?あと……よかったら、これからも友達でいてね」

「う、うん」


 よくわからないまま、美優はお母さんに挨拶あいさつをして帰っていった。


 そしてずっと黙ったままだった赤崎は、少しの沈黙ちんもくの後、話し始めた。


神崎かんざきがここんとこ、彼女が欲しいかとか好みのタイプとか聞いてきた理由が今日やっとわかったよ」


 赤崎はジト目で私をにらんでくる。

 私は言葉が出ない。


「放課後、戸倉さんに告白された」

「……うん」

「好きな人がいるからって断った」

「は?」


 まさかの発言に、自分でも驚くくらいの大声が出た。


 お母さんが、何事?とキッチンから覗いてくるのを、両手を突き出して抑える。


 ああ、それを私が知らないはずがないと思って、美優は怒ってたのか。

 それは怒るよ。


「だったら、好きな人がいるって話してくれてたらよかったのに。初耳だよ」


 今度はこちらから赤崎をジト目でにらむ。


「本人に?」

「本人?」


 何いってんだコイツと腹が立ち、私はさらにらんだ。


「はぁ、ここまで言ってもダメか。……うっしゃ!」


 赤崎は謎の気合を入れて。

 キッチンの方をチラリと見た後、真っすぐに私の顔を見た。


「神崎、好きだ。付き合ってくれ」

「は?……はあああああああああ?!」


 私の大絶叫に、お母さんも今度はけよってきた。


「神崎……さんのお母さんも聞いてください。ここ一ヶ月の間、神崎さんに好みのタイプや彼女が欲しいかとか聞かれて、俺が思ってる神崎さんのいい所や自分の気持ちを頑張って伝えてたんですけど……」

「だってだって……!髪長くないし女の子女の子してないし!他の事も私にあてはまってないじゃん!」


 想定外の言葉にパニックになった私は、とてつもないエネルギーをもらったように心臓がドキドキして。


「俺から見た神崎さんのイメージと、後は自分の理想も言ってた。さすがに恥ずかしいからそのまま告白なんてできなかったけど、失敗だった。戸倉さんや神崎さんに悪い事した、すまん」

「あらあらあらあら!まぁまぁまぁまぁ!」


 お母さん、ドラマを見るような目やめて!ホントやめて!


「そ・れ・でぇ〜……心は赤崎君の事、どお思ってる・の・か・なあ〜?」


 さっき話したでしょ?!わかってるでしょ?!

 答えのわかってるクイズを見てるような顔してる!

 んで、その言い方もすっごい腹立つ……!!


 でも……でも。

 もうダメ。


 ココで言わなきゃ、答えなきゃ。


 自分の気持ちをかくして、大切なものをあきらめて泣くのは、さっきまでで終わり。


「私も……私……赤崎が好き。付き合いたいです」

「よっっっっっ……しゃー!!!!」

「きゃーーーーーーー!!」


 赤崎とお母さんのさけびは、ほぼ同時だった。

 私は手で顔を隠して、下を向くしかなかった。

 後で聞いたら、私は耳まで赤いでダコだったそうだ。


 その夜、神崎家では赤崎とお母さんと、帰宅したニヤニヤ顔のお父さん、ニコニコ顔の弟を巻きこんだ夕食会が開催かいさいされた、です。はい。



 ●



 私達は、赤崎の応援おうえんで剣道部の大会の会場に来ている。


 おどろくことに、赤崎とうちの高校は個人戦団体戦ともにベスト8まで勝ち残り、準々決勝にそなえてお昼ご飯を一緒に食べるところ。


「いやー!彼女の応援!彼女の手作り弁当!勝ち残り!最高だわこりゃ!!」

「赤崎!声!声ぇ!おっきいよ!!」


 私は必死で赤崎を止めようとする。

 しかし赤崎は止まらない。


「おにぎりうっま!唐揚げうっま!」

「聞ーいーてーよおおおぉぉぉ……!(涙)」


 私は赤崎の剣道着を両手でつかんでゆさぶるが、赤崎はうれしそうに笑うだけ。

 バカップルっぽいやり取りに顔が熱くなった私はあわてて手を離す。


 そして、お弁当を美味しいと言われてうれしくなってしまった私は、たくさんの気持ちを込めて赤崎に言った。


「赤崎、たくさん食べて午後も頑張ってね。いっぱい、応援するから。でも、ケガしたらやだよ?」


 そう言った私に、赤崎はいたずらっぽく笑って。


「ん?赤崎?」

「……」

「あ〜か〜さ〜きぃ?」


 私は、伝えたい事や気持ちを、言葉にすると決めた。


 だから。


「頑張ってね!さ、さとりゅ……」


 そして私は、慣れない名前呼びを照れと緊張で噛んだ。


「二度美味しい!よっしゃー!!!」

「あああぁ!(涙)」


 照れと恥ずかしさで熱くなった顔を両手で隠す私と、「これで大会はいただきだぜー!」と叫ぶ悟を見て、「さとりゅ〜、さとりゅ〜!」とからかう香菜、美優、剣道部員達…今から残りのご飯をカラシの当たり付きにしてもいいんだぞ!


 ●

 

 私、香菜、美優の声援効果があったかどうかは別として、何と。

 うちの高校と悟はこの日、団体戦と個人戦の両方で関東大会出場を決めた。


 これからも私をもっともっとドキドキさせてくれそうな、そんな予感がした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

【旧版(5分で読書)】今さら、「好き」なんて言えるわけない。 マクスウェルの仔猫 @majikaru1124

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ