3章*


「ここにも何もないか」


 荒れ果てた村を粗方捜索してみたが何も成果が無かった。食料、飲料不足が解消されないことにノドは憂いで紫色の瞳を曇らせる。どうすることも出来ない問題に行き詰まり無意識に片手で茶色の髪を掻きむしった。


 今いる民家の中を見渡しても食料はおろか、使えそうなものが何もない。せめて、何かあれば良かったものゴミしか残っておらず、ここ以外の場所も全て同じだ。仲間には悪いが手ぶらで帰るしかなさそうだ。


 民家の外を見ると容赦ない太陽の日差しが大地に降りそそいでいる。ここから自身のコロニー(集落)に戻るには遠く、危険が伴ってしまう。

 ここで朝を待つのか?いや、流石に物資が不足し始めている状態でこの場で一夜を過ごすのは不安がある。ここに来る前に寄った別グループのコロニーの方が近い。


 ノドは同盟を組んでいるコロニーで、また休憩を取れないか交渉することにした。数日前に、捜索した廃村にあった建造物の情報を提供する為訪問したばかりだが、きっと受け入れてくれるだろう。


 廃村から発つ為に、ストールを頭や顔に覆いように巻き、置いていた荷物を背負った。外の暑さに少し躊躇するも、ノドは民家を出て目的に歩を進めた。

 太陽の熱された光に刺されながらひたすら歩き続けると、周りの風景が砂しかなかった砂砂漠地帯から、巨大な岩々が連なる岩石砂漠地帯に変わった。足に絡みつく鬱陶しい砂から解放され、進む歩幅が大きくなる。


 さらに歩みを進めていくと目的のコロニーに辿り着いた。一見すると何もない岩場でしかないが、岩々の間に隠れるように扉がある。ノドは扉をノックすると、扉の小窓が少しだけ開いた。


「白い女王はいつ目覚める」


 中から低い男の声がする。コロニーに入るためには合言葉が必要なのだ。


「レイラ—夜—」


 教わっている言葉を返すと、小窓がさらに開き厳つい顔が現れ、此方を睨みつける様に確認した後、小窓のピシャッと閉められる。


 すると中から鍵が開けられる音がし、重い鉄の扉が開く。


「お前かよ」


 男は不機嫌そうにノドを扉の中に招き入れる。


「すまないアレックス、また世話になりたい」


「おめぇにはいつも世話になってるから別にいいけどよ、それよりイアンの小僧を見てねぇか?」


 アレックスの怒りに満ちた声から察するに、またか…。次は何かやらかしたのだろう、面倒な事に巻き込まれそうな予感がする。


「イアン?見ていないが、また何かしたのか」


「アイツのせいでヘンリーとカルラにどやされてよ。俺はいつも通りここでちゃんと門番してたのに、イアンの小僧が勝手に居なくなりやがって、俺はアイツの姿を見てねぇ、ここは通ってねぇって言ったら居眠りしてただろう、サボってたんだろうって勝手に決めつけやがって、クソッ俺は何も悪くねぇっての‼」


 アレックスはまくし立てるように怒りを吐き捨てる。可哀想なことに、またイアン関係の揉め事に巻き込まれたらしい。


「運が悪かったな。同情するよ」


「同情するぐらいなら、俺は悪くねぇってあの二人に言ってくれ‼このままだと俺が一週間ずっと夜間の見張りをやらされちまう。ヘンリーはともかく、カルラならお前の話は聞いてくれるだろ⁉」


 懇願するかのように訴えてくるアレックス、無理もないだろう。


 夜間の見回り……。深夜になるとミュータント—異常気象により突然変異した虫や動物—が活発に動き回るようになり、村やコロニーといった人間の集落を襲ったりする。

 そのミュータントの同行の偵察、駆除が仕事だ。時には死者が出る危険な仕事で、覚悟のある者しか出来ないし、本来なら一日ずつ交代している仕事を連続して一週間もするのは誰だった嫌がる。


 敵を侵入させた訳でもなく、勝手に外に出た子供を止められなかっただけで科せられる罰ではない。流石にやり過ぎだ。


「分かった、話しておくよ」


「恩に着る‼礼はまた今度させて貰うよ」


「まだ、許されるとは決まってないぞ。あまり期待しないでくれ」


 アレックスは「分かってる」と言いながら、なすべき門番の仕事に戻った。ノドは岩場を削り掘られた階段を下りていく。


 旧世界時代に襲った未曽有の災禍により人類は逃げるように地下に移動した。このコロニーはその時に作られた軍事シェルターの一つだ。選ばれた人間しか入る事が出来なかったこのシェルターは、今や取り残された人間達の逃げ場となっている。


 階段を下りきると、そこには仰々しい無機質なゲートが現れる。操作パネルに近づき手順通りに操作をしていき、自分自身の顔をパネルに近づける。


「認証完了」


 機械的な音声と共にゲートが開く。


 ゲートの奥には広い空間があり、十人程の人間が思い思いにくつろいでいたが、ゲートが開いたことによりその場にいた人々の視線が一斉にノドに向けられる。


「ノドだ」


「おかえりなさい」


「ノド、また来てくれたのかい」


 皆一斉に喋り出し広場は少し賑やかになると、奥の方から褐色肌のノドより年下の女性が一人近づいていた。長く艶やかな黒髪は歩くたびに魅惑的に揺れ、身にまとっている白い質素なワンピースは、彼女元来の美しさをより引き立たせていた。


「ちょうどいい所に来てくれた。聞いてよ、またイアンが居なくなったの」


「カルラ、詳しい事はアレックスから聞いてる。イアンもいい歳だし外に出たがるのは仕方ないだろう」


 カルラはノドの言葉に不満だったのだろうか、眉間にしわを寄せる。


「ただ外に出るだけじゃなくて、勝手に村を漁りに行ったり、危険な場所に一人で行ったりしているのよ。例えいい歳していても、まだまだ十六歳の子供、心配なのよ」


「まるで母親だな」


 正しくは過保護な母親だ。カルラの心配する気持ちも十分に分かるのだが、ノド自身がイアンの立場にいると息が苦しくなって逃げ出したくなるだろう。


「そうよ、姉の私が母親代わりになって守らないと……もしイアンに何かあったら天国にいる母さんに顔向けできない」


 カルラは消え入りそうな声で呟き、自分の肩を両手で抱きしめる。二人は幼い頃に母親を亡くしたと聞いた。

 父親はコロニーのリーダーとして仲間を束ねなければならなかった故に己の子供まで意識が向かなくなり、姉であるカルラがイアンの親代わりになるしかなかった。


 そして、結果がこれだ。カルラは過保護な母親になり、イアンは無関心な父親と過保護な母親から逃げるようなった。


「だからと言ってアレックスに罰を科すのは違うだろう。家族喧嘩に仲間を巻き込むな。なにより、圧制まがいなことをすると、コロニー内に不満が募って最悪な結果を招くぞ」


「確かにそうかもしれないけど、イアンがここから出るとしたら、必ずアレックスと出会う。それなのに知らない、見てないなんて……サボっていたか、イアンに口封じされているしか考えられない。そうだとすると、アレックスも同罪になっておかしくないんじゃない。勿論、イアンにも重い罰は下すわよ」


 確かにこのシェルター内には出入口は一か所しか存在しない、必然的にアレックスと出会う事になる。カルラの考えは正しい、イアンに罰を科すのは当たり前で、アレックスの職務怠慢の説を疑いたくなるのも理解できる。


 しかし、何度もコロニーを抜け出しているイアンの事を考えると、他にも抜け道を見つけている可能性が高い。


 説得をしようとしてもカルラは聞く耳を持たず、一度決めた事は変えまいと頑なに気持ちが動こうとはしない性格だ。


 そもそも、イアンに勝手に外出してはならないという教育が出来てない、ヘンリーやカルラのせいでもあると、言いたいのだが口が裂けても言えない。カルラの逆鱗に触れ、外に放り出される運命が見えている。


「お前もヘンリーに似て頑固だな」


 アレックスすまない。そう心の中で謝罪し、ノドは半分諦めていた。


「親子なんだから当たり前よ。イアンがあれじゃ父さんを支えられるのは私しかいないじゃない」


「母親役に良妻役か、少しは肩の力を抜いたらどうなんだ。」


 家族は支えあうものではあるが、今の状態だと誰がカルラを支えるのだろうか。コロニー内の人々は良い人が多く助けてくれるかもしない。だが、助けて貰う以上にカルラは色んなものを無自覚に背負ってしまっている。


「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫よ。それに私がダメになったらノドがここに来てくれたらいいじゃない。前に話した合併の話考えてくれた?」


「カルラ、話を逸らさないでくれ。取り敢えずアレックスの件は保留しろ。俺がイアンと話をするから、その内容次第で懲罰を考え直せ。あと、少しは休んで頭を冷やせ」


「話を逸らしているのは貴方の方じゃない。それに私は冷静よ」


「いいや、冷静ならもっと真面な判断を下せるはずだ」


 二人の口調が徐々に強くなっていく。このままだと喧嘩にまで発展しそうなのを周りの人々は、肝を冷やしながら見守っていた。誰かが止めに行くのを期待していたのだろうが、灼熱する人間を自ら止めようとする者は誰も居なかった。


 たった一人を除いては。


「二人共、痴話喧嘩は外でしてくれ」


 火花が散るように睨み合っていた二人を引き離すように、黒髪褐色肌の中年男性がカルラの肩を掴む。


「父さん‼口を挟まないで、それにこれは痴話喧嘩じゃない。そもそもノドと私はそういう関係じゃないし」


 予想外の言葉の驚きを隠すように、肩からヘンリーの腕を振り振り払った。


「ヘンリーお久しぶりです。丁度良かった、貴方と話がしたかったのです」


「ノド話は少しだけ聞えてきた、私の部屋で詳しく聞こう。すまないが、誰かカルラを頼む」


 そう言われると一人の金髪のガタイのいい女性がカルラの腕を掴んだ。


「カルラ、丁度人手が欲しい仕事があるの、向こうで手伝ってちょうだい」


 カルラを別の場所に連れていこうとすると、腕を掴まれ引きずられるカルラは力ずくで腕を振りほどこうとする。だが、中年女性の方が圧倒的に力強く成す術がなかった。


「父さん、ノドは私との話がまだ終わってなの‼ちょっと父さん、ノド、待ちなさい‼待ちなさーーーい‼」


 叫びなら連れていかれるカルラを見送ると、ヘンリーに案内され別の部屋に移動することになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

楽園の最果てになにを解く 鳥羽アキラ @aquila-t

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ