2話


 エリナの言う通り、離れた場所にそれらしき建造物があったが一見すると周りと同じデザインの民家だった。しかし、異なる点が一つだけあった。周りの建物は風化で崩れてしまっているのにも関わらず、そこだけ四角いレンガ造りに見える建造物は崩れることは無く綺麗に残っていた。

 以前来た時にはこんなものあったか?疑問が浮かぶが考えられる事は一つ。元々ボロボロだった建物は一年の月日により風化が進み、紛れていた物がひっそりと浮き出てきたのかもしれない。


 不自然な建造物は一体なんなのだろう、と疑問に思いつつもイアンは扉を開けた。ギィ……と鈍い音を立てながら扉は開く。開いた感じだと普通の扉と変わりがない。   

 中もごく普通の家として使われていたような内装が広がっていた。長年使われていなかった為、埃が深く積もっているが、それ以外中が荒れている様子は見受けられない。


「こんな綺麗に残っているなんて」


「奥の部屋に扉があるそうです。このまま進んで下さい」


 言われるがまま奥へと進むと、更に部屋が広がる。部屋を見渡しても先ほどと同じように特に変わった様子はなかった、ただ一か所を除いては。


「調べた跡が残っているな」


 埃が深く積もった部屋に不自然に埃を掃った箇所があった。そこには既に薄く埃が積もっているが、数日前に誰かが調べた痕跡だろう。

 おそらくエリナが盗み見た情報の提供者が残したものだろうが、ここ付近に何かがあるに違いない。注意深く探してみるも、これといって目ぼしいものが見当たらない。


「スキャンをしてみますか?」


「あぁ、頼んだ」


 イアンは首にかけていたペンダントを胸元から取り出した。一見するとごく普通の太陽を模したペンダントで、中心に球体の緋色の丸い石があり、その石を中心に複数のリングが施されている。


 緋色の石がエリナの本体だ。


 石の中に埋め込まれている器機にゴーグルに連動することによりエリナからの情報を得ることが出来るらしい。


 エリナを手からぶら下げた状態にすると「スキャン開始」というエリナの声と同時に石の中から青い光が波紋のようが部屋中に広がる。その光が二、三度部屋に広がると「スキャン完了」という声と共に光は消えた。


「目の前に仕掛け扉があります。スイッチですが、どうやら情報提供者が誰にも見つからないように隠したようですね」


「ふーん。で、そのスイッチはどこにある?」


「隣にある戸棚の中です。下段右側の扉を開けて下さい」


「変な場所にあるんだな」


「隠し扉のスイッチです。分かり易い場所にあっては隠している意味が無くなってしまいます」


 確かに正論ではあるが、いざという時にいち早く起動できないのではないか、と反論しようとしたが止めることにした。言い返すと新たな反論を考えつき問い掛けてくるだろう。


 以前、エリナと実現の可能性を抜きにした『安定した水の確保方法』について討論をしたことがあるが、永遠と反論を言い合い二日は揉めていた。結果としてはイアンが折れた形となったが、何故か議論が終わった後もエリナは話を蒸し返しては議論を始めようとした。

 AIとして、知能を上げるための必要な行動だと思えば仕方ないのだが、数日間も同じ話をされたては、鬱陶しいの一言でしかない。


「扉を開けた。ここからどうすればいい?」


「下段部分の棚右側に覆い被さっているものを除けば、側面にタイル製の飾りがあります。その飾りのどこかを弄れば扉が開きます」


「いや、どこかって……どこだよ」


 エリナはイアンの問い掛けに不自然な押し堪えた笑い声で答える。


 また始まった。


 時折、こうして人間らしい行動をしてくる。本人はジョークと思ってやっているのだが、時と場合……空気を読むことがまだしっかりと出来ない。


「エリナ、今は冗談を言っている場合じゃない」


 愚痴をこぼしつつも言われた通りに下段部分に覆われている古い布を取り除くと棚の側面部分にモザイクタイルで出来た幾何学模様きかがくもようの飾りが現れる。


 大体こういったものは中央を押せば開くだろう。そう思い、飾りの中央部分を押してみると—何も起こらなかった。


 扉が開くどころか、押したタイルにスイッチを押したような押し込まれる感触がせず、試しに他のタイルを押してみたがどれも同じだ。エレナは何も言わずにずっと笑いを押し殺しているだけで、訳が分からない状態のままイアンは試行錯誤をしていると、飾りの周りの戸棚の板に擦り傷があることに気がついた。


 もしや。


 イアンは飾りを掴みひねってみた。すると飾りはぐるりと百八十度回転し、重い壁が動く音がすると、一体が小刻みに振動する。


「ようやく気がつきましたね」


 さぞかし人間の滑稽な姿に満足したのだろうか、感情が無いにも関わらずどこか満足そうな声色で話しかけてくる。


「エレナ、勘弁してよ……急いでるんだから」


「私はイアンの真似をしただけですよ?」


 エレンの言葉に心が刺さる。普段からはイアン自身が周りの人達にイタズラをする側だ。そんな姿を見ては、エレナは真似するようになってしまったのだ。咎めようにも言い返す言葉が無い。


「変なところだけ知恵をつけやがって……。もっと身に着けるべきものがあるんじゃない?」


「そういわれましても、ユーザーがイアンですので、こうなるのは仕方ないことです」


「ユーザーが俺で悪かったな」


 イアンは拗ねた様子で空いた扉の様子を覗く。扉の向こうには地下に続く土レンガの階段がのびている。奥まで続いており、何があるのかは分からないが微かに光が漏れている。


「エリナ、中には何かあった?」


「先ほどのスキャンでは検知することは出来ませんでした。奥まで調べるにはもう少し近づく必要があります」


「分かった」


 警戒しながら階段を下っていく。エリナの言う通り何も無かったが、それでも油断は出来ない。流石に無いとは思うが、またイタズラをされている可能性を考えてしまう。


「ここから先は未知の空間です」


「スキャンを頼む」


「了解しました。スキャン開始」


 エリナの声と共にまた空間に青い光が波紋のように広がる。薄暗くよく見えなかった空間が照らされる。一瞬ではあったが、近くの壁にはランタンが掛けられているのが見えた。使えるかもしれない、手に取ってみて灯りを点けられるか試してみたが、どうやらバッテリーが切れてしまっているようだった。


「スキャン完了。この先に恐らく扉らしきものがあります。電子的なものが必要とするものですね。あと、手に持っているランタンは旧世代の物でソーラーパネルが搭載されています。まだ使えると思うで、外に出た時に充電してみてはいかがでしょうか」


「ありがとう、ランタンは使えるなら持って帰ろうか、いくつあっても困らないだろうし。で、扉か……実際に見てみなきゃ分からないな。危険なものとかは?」


「検知されませんでした」


「本当に?」


「はい、今回はジョークは言っていません」


 エリナの口ぶりからすると本気のようだ、時間も迫っている。先を急ぐことにした。


 警戒をしつつも薄暗い階段を足早に降りていく。光は段々と大きくなっていき、そして一つの空間に辿り着いた。光に照らされた空間は扉が一つあるだけで、先ほどまで土やレンガで出来ていた建物とは違い、白い無機質な造りとなっている。扉も見るからに電子ロックされていそうな見た目をしており、扉というよりゲートといった方があっているのかもしれない。


「開けられそう?」


 エリナに問いかけると、少し考えているかのように黙り込んだ。


「私を扉の右側にある操作パネルに近づけて下さい」


「操作パネル?そんなもの見当たらないけど」


 言われた通りに操作パネルを探すも見当たらない。あるのは無機質な白い壁だけだ。


「イアン、私を手に持ったまま手を前に突き出してください。その状態のまま壁伝いに少しずつ下に手を下におろして下さい」


 イアンはエリナの指示通りの動作を行うと「止まってください」とエリナが言った。少し下部分で止まった手にあるペンダントから微かに震える振動が伝わる。


 十数秒経つと電子音と共に扉が開いた。


「簡単に開くんだ」


「はい。私は優秀なのでこれぐらいは簡単に出来ますよ」


 確かにエリナは優秀であるが、それを自らの口で言ってしまうのは、控えめに言ってムカつく。


 開いた扉の先は光がなく暗闇が広がっている。


「この中はどうやら非常時の食糧庫だったそうです。先ほどハッキングした際に保管リストを見ましたが、どれも期間が過ぎた物ばかりですので、食べられるものは一部しかありません。もう少ししたら食べられなくなる物も混じっていますので早めに食べる事お勧めします」


「俺一人だと探すのに時間がかかりそうだな」


「誰か応援を呼ぶのが得策です。ここは一度戻って立て直しましょう」


「そうした方がいいかもな。食料見つけたって言ったら誰かしら手伝ってくれるだろうし」


 だが、問題点がある。それは、ここを勝手に捜索したことがばれてしまう事だ。誰か口の堅い、もしくは深く考えない奴に声をかけなければならない。しかも、イアン以外にこの場所を捜しに来る人物が現れる前にだ。


「今日はもう帰ろう。エリナ扉を閉めて、また来るからロックはしなくていいよ」


「了解しました」


 開いた扉が電子音と共に閉まり、白く無機質な空間からイアンは立ち去った。


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