1話


 旧西暦二〇××年、太陽より発生したスーパーフレアによって地球の生物はほとんど滅亡した。発生の可能性は極めて低いと謳われたスーパーフレアは無慈悲にも発生し、まるで狙いを定めたかのように地球に直撃したのだ。

 それに伴い、地球を覆っていたオゾン層は高エネルギー粒子とぶつかり消失。地球は宇宙から降り注がれる有害な紫外線や放射線により、生物が住める場所は奪われていった。


 人類は高度な宇宙技術により火星移住計画を可能にしていた。少しずつではあったが人々の移住を進めている最中に悲劇が起こったのだ。火星はスーパーフレアの到達する軌道上には居なかった為に悲劇を免れたが、磁気嵐により地球との連絡手段を失い、地獄と化した地球の状況を知るすべはない。


 地球に残された人々の一握りは幾つかの大規模な収容施設に逃げることができ、その中で生き残ることは出来た。しかし、その他大勢は外の世界に取り残され降り注ぐ光によって命が焼かれた。


 宇宙より飛来したスーパーフレアによって地球環境は大幅に変化し、古来より水の惑星と謳われ、多種多様な気候、地域を彩っていた美しい姿を失われてしまった。

 未曽有みぞうの災禍から約六百年が過ぎた現在、地球上に残っていると地域は三つに分かれている。



 一つ目は強い嵐が吹き荒れ、海が荒れ狂う水害地『ヒュドール』。


 二つ目は強い日照りが続き、大地や水、命をも渇かす干ばつ地『エリモス』。


 三つ目はミュータントの巣窟となり、酸性雨が降りそそぐヒュドールとエリモスの狭間の地『カサルティリオ』。


 

 三つの地域に唯一、人間がまともに生活している地域はエリモスのみであり、砂漠の厳しい環境で苦しい生活を送っていた。そんな生活の中で、人々の間にある希望があった。旧西暦にスーパーフレアによる災害から選ばれた人間、生物、文明を守るべく建設された、砂漠の地に鎮座する楽園『人工都市アデニウム』の存在が。




   ◇




 新西暦六七五年、空高く昇りきった太陽は容赦なく荒廃した町に灼熱の光を振りそそいだ。気温が上がりきり、生命が削られる感覚に襲われながらも少年イアンは砂に覆われた町の中を一人ふらふらと歩いていた。


 もう少しで辿り着く、その言葉を支えにおぼつかない足取りで一歩一歩と前に足を踏みしめていく。すると、視界に目的の建物が見えてきた。

 建物は風化が進んだおり、レンガの壁はボロボロに崩れ去り、雨風を防ぐことが出来ない程まで劣化していた。ここで本当にあっているだろうか、不安が一瞬よぎるも、今はどうでも良かった。それよりも身体を休める場所が欲しい、その一心が強かったのだ。


 やっとの思いで目的の建物の残骸に辿り着くと、幸いなことに壁際に日影が出来ていた。イアンは日陰に腰を掛けると、降り注ぐ光や風で舞い散る砂から顔を守るために付けていたストールを少しだけずらした。口元に籠っていた熱が一気に散り、生暖かい風がイアンの白い肌を撫で、新鮮な空気が肺の中に満ちる。心地良い感覚に身体の力が抜ける。


 日差しから身を守る為、肌の露出が殆どない衣類は通気性がいいものの、やはり熱が籠ってしまう。いっその事すべてを脱ぎ捨ててしまいたい衝動に駆られも、我慢する。


「イアン今すぐにストールを装着してください。皮膚に悪影響が出てしまいます。あともう一つ、あの灼熱の中を歩くのは無謀です。少しは人間としての自覚を持っておいた方が良いと思います」


 一息ついている最中、たしなめる女性の声が聞こえてくる。しかし、イアンの周りに誰もいない。それもそのはずだ、ゴーグルに取り付けられている骨伝導機器から女性の声が聞こえてくるのだ。


「エリナが思うほど人間はやわじゃない。短時間ぐらいなら肌を出しても大丈夫だし、暑さだってこれぐらいまだ耐えられる。夜の方がミュータントがうじゃうじゃ居て危ないじゃないか」


 イアンの口から発せられた声は灼熱の中の移動で疲弊しており、覇気がなく擦れていた。喉の渇きが限界だったイアンは鞄の中に入っている水筒を取り出し、口に含ませる。口の中に広がる潤いが喉を通り、身体に染み渡っていく。

 その間、水を飲み終わるのを待っているのか、エリナは気を聞かせて黙っていた。

口から水筒を離し、水を飲み込むと深く息を吐き捨て鞄の中に水筒を押し込む。もう少し飲んでいたいが、貴重な水を無駄にすることが出来ない。


「現在の私にはメディカルシステムが搭載されておりせん。イアンの身体異常を発見することが出来ませんので、あまり自信過剰にならず、無謀な真似はしないで下さいね」


 飲み終わったのを確認すると、エリナは説教の続きを始める。


「分かってる、分かってる。エリナは心配性だな」


「私はイアンをサポートし、守る義務があります。当然の“感情”です」


 エリナは凛とした態度で心配をしており、声に感情がこもっていない。姿の見えないエリナはサポートAIであり、彼女の淡々とした口調からは感情というものを持ち合わせているようには思えない。しかし、サポートする人間の“感情”というものを汲み取ることもAIの仕事であり、理解しなければならなかった。

 それ故に、エリナは“感情”というものに敏感になり、固執してしまっている。


「それより、これからどうすればいい?確か一年前にもこの町には皆と来たけど、特に何もなかった」


 荒廃した町には以前来た時よりも更に荒廃が進み、今では瓦礫しか残っていない。そんな場所に何かがあるとは到底思えなかった。


「ここより南に進んだ場所に未確認の建造物がございます。ここ付近にあるレンガなどの物とは違う建造物があったと、三日前に報告があったとの事です」


「へえ、それは何処の情報?」


「リーダーへの報告データーです。僭越せんえつながらも閲覧させて頂いた際に見つけました」


「お前……僭越せんえつながらって、どうせ勝手に見たんだろ」


 報告データーはリーダー以外の人間は普通そう簡単に見られるものではない、エリナの口ぶりからして、また勝手に盗み見でもしたのだろう。


「セキュリティーが緩く、簡単に閲覧可能でしたので問題はないかと思います。それに、イアンに喜んで頂けるかと思いまして、いかがでしたでしょうか」


 全くもって悪びれる事のないエリナは、むしろ褒めてもらえるとでも思っているような口振りだ。以前も勝手に盗み見をし、勝手に調査に行って、結果その事がバレてしまい約半日の説教に三カ月の外出禁止令を喰らわされたことがある。

 それも一度きりではなく二度……いや、三度程はしているかもしれない。恐らく次、バレてしまったら永久的に外に出ることが出来なくなってしまうかもしれない。  


 それでもエリナが同じことを繰り返すのは、イアンが拒否することなく現在も現地調査におもむいており、怒られた後には「楽しかった」と口にしている為である。こうすればイアンが喜ぶと覚えてしまったからだろう。


 イアンもイアンで、勝手に外に出るのは危険だと分かっていても好奇心に勝つことが出来ないのだ。


「明日の朝までには戻らないと怪しまれそうだし、さっさと目的地に行こう」


 イアンはエリナの質問を無視し、外していたストールを付け直すと正体不明の建造物へと歩みを進めた。

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