楽園の最果てになにを解く

鳥羽アキラ

プロローグ:憧れ


 砂……砂……砂……。どこを見渡しても砂しかない、果てしなくどこまでも続く砂漠の世界。今日も僕らはそんな世界で生きていた。



 日が沈み冷たい夜風が日中に大地へ降りそそがれた太陽の熱を徐々に下げていく。夜空の月の光は砂漠の砂をキラキラと光り照らしては、暗い闇夜を明るくしていた。僕と兄さんはひんやりと冷たくなった砂の上で寝そべり、まるで時間が止まったかのような静けさに浸っている。

 たまには夜空の星々に想いを馳せるのも悪くはない。だが、時が経てば経つほど平穏な静けさ飽きてしまうものだ。


「昼もこれぐらい涼しいといいのにね」


 僕は口を開きゆっくりと進む静寂を破る。隣で横たわる兄さんと何か雑談でもしようと問いかけてみるも、話を聞いていないのか返事は返ってこなかった。

 どうしたのだろうかと隣を見ると、兄さんは茶色い癖毛を夜風でなびかせながら紫の瞳は遥か遠くの夜空の先を見据えていた。まるで石像のようにピクリとも動かない表情は何処か憂いを感じさせるものだった。


「ねぇ、どうしたの?」


 もう一度問いかけても反応は無く、紫の瞳は上空を見据えて動こうとしない。


「兄さん聞いてる?」


 すっかり別の世界に意識が飛んでいってしまった兄さんの頬を小突くと、ようやく気がついたのかハッっと僕の方を見た。


「何すんだよ」


 不愉快そうに眉をしかめがらぶっきらぼうに答える。


「何って、さっきから話しかけてるのに全然気づいてくれないから。まるで僕が独り言を言ってるみたいで恥ずかしいじゃん」


「恥ずかしいって、別にここら辺俺ら以外の人間なんて誰一人も居ないから関係ないだろ」


 笑いながら僕の肩を小突き返す兄さんの顔には先ほどの憂いは無くなっていた。


「で、何話してた?」


「もういいよ、どうでもいい話だし。それより、ずっと上の空だった兄さんは何考えてたの?」


 兄さんは質問にどう答えるべきなのか戸惑っているが、何を考えていたのか僕には何となくわかる気がした。




    ◇




 月の光に照らされてキラキラと光るルアの紫の瞳が真っすぐこちらを見つめている。その純粋さに一瞬言葉が詰まった。言葉にしてもいいのだろうか。出来る事なら口にしたく無い。だが、答えてくれると期待しているルアの眼差しが心に刺さる。


「いつになったら行けるかなって考えてた」


 口籠りながらも答えるが、心の中ではルアには聞こえていないことを願った。


「どこに?」


 願いとは裏腹にルアは俺の言葉をはっきりと捉えていた。いや、答える前になにを言いたかったのか、分かっていたのかもしれない。


「そりゃ、言うまでもないだろ」


 言葉にしたくない苛立ちで、片手で頭をかいた。


「そうやって髪の毛むしってると将来は禿げるよ」


「いや、むしってないし、かいてるだけだし。そういうルアだって無意識にしてるぞ」


「え⁉うそ気がつかなかった。やば、禿げる」


 ルアは慌てて上半身を起こし、自分の頭が禿げていないか全体的に手探りで確認をしている。そんなすぐに禿げる訳でもないのに。


「将来禿げる事の心配より、これからどう生きていくのかの方を心配しろよ」


 思わず呆れてしまうような話に脱力感を感じ、俺は思わず笑ってしまう。ルアもくすくすと笑っている。


「アデニウムでしょ?」


 不意に出たルアの言葉に、緩んでいた顔が真顔になる。


「アデニウムにいつ行けるか、だよね」


 俺が言いたくなかった言葉を代わりにルアが言葉にする。俺たちの目標、憧れ。


「そう」


 返事をすると、ルアは唸りながら再び砂の大地へと体を預け夜空を見上げた。ほんの少しの間考えを巡らせたのか静寂が流れるも、ルアはすぐに沈黙を破いた。


「いつか?」


 拍子抜けするような間抜けな声で答えが返って来た。俺はまた声を上げ笑ってしまった。


「いつかって、ルアは大雑把だな」


 本当に能天気な奴だ。だが、そんなルアの存在があるからこそ、俺はこんな何もない世界で生きて行けるのかもしれない。


「でも、いつか絶対に行く。そうだろう、兄さん?」


 ルアの根拠のない自信にはいつも驚かされる。そんな性格が何処か羨ましくも感じた。


「まぁね、でも、それがいつになるんだろう」


「それは分からない。でも諦めなければいつかは行ける」


「なんだ、ルアの癖にそれっぽいこと言うじゃん」


「癖にって失礼だな。カイの癖に弱音はいて、らしくないじゃん」


 ルアは得意げな表情を俺に向ける。


「兄に向ってなんだその言い方は。生意気に育ってんな」


 茶色の髪をくしゃくしゃに撫でまわすと、やめてよと笑うルアの表情を見ては不安が少し消えた気がした。しかし、まだ心の中にぽっかりとあいた虚しさを感じる。これは一体何なのだろうか。分からない。

 いや、分かっている。分かっているからこそ、認めたくないのだ。心の底で感じてしまっている”諦め“を。



 同じ風景、くだらない会話、変わらない目標と憧れ、進まない時間。今日も、俺らはそんな世界で生きるしかなかった。


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