180話:九州方面・戦闘開始①


 赤い警報が鳴った。そしてコードは991――――デストロイヤー襲来を示すものだった。しかし鈴夢も、そして基地の人員で驚いている者は皆無だった。つい先日のこと、人類が撤退した半島の近くに展開している監視の艦隊、そこから報告が入ったからだ。規模は定かではないが、少なくないデストロイヤー群が入水したということ。それを、基地の人間は前もって聞かされていた。そして、海の向こうで海に入ったあいつらは一体何処に向かうというのか。軍に所属する人間で、その答えが分からない者はいなかった。


 


 そして鈴夢達の中隊は、海岸部より少し後方で待機していた。ここは防人の街。過去、同じく半島の向こうより侵略しようとする人間より日本を守ろうとした兵士たちが集った街だ。時代が変わっても、この街の役割は変わらない。


 


 ただ、敵は変わった。支配域は、人類史におけるどの英雄よりも広大な。そしてかつての元寇を彷彿とさせる大型の台風、それを逆に利にしてしまえる怪物だった。とはいえ、ここにきて逃げ出すような兵士はいなかった。


 


 必然的に、戦闘が始まるということ。


 鈴夢達のレギオンは接敵していないが、前方で戦闘音が響きはじめた。それを聞いたベテランの衛士達、鈴夢と愛花は上陸したデストロイヤーを砲火の花束で迎え撃つアーマードキャバリア部隊のはしゃぎようが分かった。


 


 突撃砲の音は、嵐の中でも聞こえうる。鈴夢は、そして愛花はその音から状況を分析していた。


「かなり、良くない」

「ええ、撃ち過ぎです。不安に思うのは分かりますが………上手くないですよ、これは」


 デストロイヤーの先陣であるミドル級とスモール級、そのどちらも大きな意味での対処方法は同じだ。それは点射による、急所への攻撃である。しかし聞こえる音からは、その戦術が上手く使われている様子は伺えなかった。暗雲と暴風、視界不良と雑音が混じる中、かすかにだが見えるマズルフラッシュの光と発砲の音。それは断続的ではなく、いくらか冗長さを感じさせる具合だった。


 鈴夢と愛花は額に皺を寄せ、それを見た葉風が口火を切った。


「ひょっとして、前では混乱とか。だったら私達が前に」

「接敵する前から血迷わないでよ、葉風ちゃん」


 


 斬って捨てるような言葉。そしてそのまま真昼は、呆れたようにため息をついた。


「自殺をしたいのならば、平時に一人で。そして誰にも迷惑をかけないようにやってね」

「な、にを………!」

「独断で無謀を行えば、多くの味方が死ぬって言ってる!」


 そして、鈴夢は言う。


「はやる気持ちは分かるが、それに流されるな。役割を無視していいほど、戦況が切羽つまっている訳じゃない。まだまだ始まったばかり、最序盤といってもいい。指揮官の駒の指しようでどうとでも変えられる」


 そんな時に、予め用意しておいた駒が勝手に動いているようではどうにもならない。その言葉を聞いた葉風が、黙りこんだ。

 鈴夢は頭の中で考える。 


(………防衛戦の初戦、そして悪環境での戦闘。弾薬の消費速度が格段に高くなるということは、基地司令部も把握しているはず)


 鈴夢は知っている。気が高まるから、引き金が軽くなる。そして風に流されて命中率が悪くなるから、斉射時間は長くなる。それは必然というもの。そして事前にそれが把握できないほど、指揮官は馬鹿ではないだろうことは鈴夢にも分かっていた。今までの戦いでそれを学んだ軍人は多い事を。


 戦況は最悪に近い。外は大型台風の猛威が。波は高く、艦隊の援護射撃はほとんどと言っていいぐらいに期待できない。そんな中での、後背すぐに市街地を背負っての迎撃戦だ。市民のほぼ全ての避難が完了しているとはいえ、衛士にかかる重圧は通常の比での戦闘の比ではないだろう。


「それでも今戦っている衛士は必死さ。日本のために、そのために命を捨てられるぐらいには」


 真昼の声の意見を、鈴夢は否定しない。九州にきてから今まで、長くはないが衛士の練度は鈴夢も把握していた。西部方面の防衛軍の総力は低くなく、衛士以外の戦闘員の士気は高い。練度も、東南アジア方面軍の精鋭部隊と同じか、それ以上だ。


《“人は国のために成すべきことを成すべ 



先陣で今も戦っている関東組の衛士達は言った。私達で終わらせる、お前ら関東組の出番はないさ、と。お先に誉を頂くさ、お前らは残飯掃除を任せるぜ、と誰もが自信に満ち溢れた顔だった。

 恐怖はあるが、それ以上の戦意が心を満たしていたように見えた。疑わず、戦うことができる戦士そのものだった。



声を発さず、形を持たない透明な“モノ”。だけれども鈴夢は、だからこそ両の手にかかる負荷を放り投げることができなかった。全てを忘れ、逃げることは許されない。許されないと思っているからこそ、戦うことを選んだ。


 黒崎鈴夢は死に、黒崎鈴夢と一ノ瀬真昼が戦う。どこもかしこも、霧がかかっているようだった。一体私はどこに向かえばいいというのか。 


 鈴夢は誰ともいわずに問いかけた後に、苦笑した。いつもの通りに答えてくれる者はいない、と。そして現実の状況は、自分が戦うことを望んでいると。


『HQよりレギオン:エクリプスへ。5分後に前線部隊が弾薬補給に後退する、そのフォローに入れ』


了解の声と共に鈴夢は戦術機を握りしめた。通信から聞こえる声は、補給用のコンテナのことを言っていた。基地周辺に保管されていたものが、市街地よりやや離れた所で展開されているようだ。先に戦っている中の、いくらかの部隊――――鈴夢の私見では練度が低い部隊――――が弾薬を補充するために戻るのだろう。残るのは練度が高い部隊。遊撃的な役割である自分たちとも、即興の連携が期待できる衛士達だ。一方で練度が低い新人を後方に下がらせ、気を落ち着かせるのだろう。



 鈴夢はいつかの大敗戦の後。練度が低い新人を多く引っ張ってこざるを得なかった戦場のことを思い出していた。損耗は激しく、防衛線を支えるに足るベテランも少ない。そしてこれからも続くであろう未来の戦闘にも思いを馳せる必要があった。


 それをまず最前線に、それも出来るだけ早くに。新人たちを、デストロイヤーの密度がまだ薄い内に戦火の最中へと叩き込むのだ。同隊にいるベテランか、あるいは別の隊からのフォローを優先する。前方で接敵するからして、無理せずに後退しながら戦闘を。そして6分が経過した後、しばらくして新人がいる部隊を後方に退避させ、補給中に同じ隊のベテランに声をかけさせる。


 薄くなった防衛線は、後方に待機させていた遊撃部隊を移動させることで補填。やがては落ち着いた新人部隊と合流して、防衛線を確保する。愚連隊の中、死の八分を人よりも多く見てきた二人が考えた方法。新人の無残な死を回避する方法を考えた結果、生まれた戦術だった。


 


 そも、最初の怪物との戦闘。その出会い頭に死なない衛士ならば、そこそこに長い間戦える。なのに8分で死ぬ衛士が多いのは、ひとえに集中力の途絶によるものだ。経験した者であれば分かるが、デストロイヤーとの戦闘においては特に初陣の初接敵時に脳内に発生する混乱が大きい。


 それでも頑張って、気張って、踏ん張って―――プツンとくるのが大体7、8分前後である。死の八分という言葉が出来てからは、それを越えた途端に油断する者も少なくなかった。だからこその、接敵して間もなくの小休憩である。


 深呼吸をさせる時間を取る。生きていることを実感させた上で自分たちは戦えるんだと実感させるのだ。これだけで新人の損耗率は3割減少した。ベテランの負担も大きいため、そう何度も使えるものでもないが、有効な策である。


 ここでのレギオン:エクリプスの役割は、遊撃。他にもいくらかの部隊は待機しているが、彼らも同じ目的でここに留まっているのだろう。やがて5分が経過し、レーダーに映る。前方のいくつかの部隊が後退しはじめた。


 青の光点の総数は、戦闘開始前より明らかに減っていたが、それでも整然と移動できている。鈴夢の目から見ても大幅に乱れた動きをする部隊はなかった。


『出番だよ、いくよ!』


隊長である黒崎鈴夢の号令に、了解の返事が飛んだ。そして体も前へと飛翔する。後背部にある跳躍ユニットに火が入り、車には出せないだろう速度で空を駆けた。


高く飛べばレーザーに貫かれるので、匍匐飛行に努めた。高度が低いせいか、台風による強風で倒れかかっていた鉄塔が揺らぎ、部材から鉄の軋む音が聞こえてくる。



『黒崎隊長! 前方の――――あの広場の奥が限界です、そこから短距離跳躍を繰り返して接敵した方が!』

『分かった! 全機、後に続け!』



上陸してまだ数分、デストロイヤーの総数は当然に多くなく、ギガント級の数は更に少ないだろう。それでも、一体いるだけで空中での危険度は桁違いに跳ね上がるのだ。その脅威の程度が確認できない内から、高度を上げるのは自殺行為に等しい。本来ならば、特別に注意する必要もない、衛士としては基本中の基本だ。自殺志願者でもいなければ、そんな事をする者はいない。


「いないはずなんだけど、な………っくそ!」


遠く、やや前方でレーザーの光が煌めき、直後に爆音が聞こえた。


急ぎすぎた遊撃部隊の一部が、撃墜されたのだろう。

それも、もしかしたらここ数週間で模擬戦を行ったかもしれない誰かが。鈴夢は歯ぎしりをしながら、それでも拾うべき情報を拾っていった

 


『黒崎鈴夢より各機へ、ギガント級の数は少ないだろうが、絶対に飛ばないで! あと体間の距離と間合いのマージンはいつもの2倍は取って!』


光ったのは一度きり。他の部隊も慌てて高度を下げているようだが、追撃はない。となれば、光線級の数は多くない。それでも、ギガント級は用意されている群れらしいから、高く飛ぶことはできない。そして高度ごとに異なる風のきつさと、体のコントロールのブレがいかほどであるか。


さっきまでの匍匐飛行と現在形で行なっている短距離跳躍からその感触をつかみ、全機へ通達する。


『まだ地上の方が風は弱い! ただ、間合いによっては弾も流される強さだ、外れても冷静に対処しろ!』

『ああ、当たらないからと言って、焦るな―――悪環境だからこそ地道に仕事をこなせ!』


鈴夢は教導官の真似をしながら、このあとに起こるであろう問題の解決に奔った。やや薄くなった防衛線の中、近場で入り乱れるレーダーの動きと入り乱れる通信を把握しながら、進路を誘導する。


到着した先には、多くのミドル級が。向うには、さらなる大群が見えた


 鈴夢は足元に感じる。小刻みに、大地に伝う震動―――デストロイヤーの軍靴ご大地を揺らしているのだ。


それを噛み締めながら、鈴夢は深呼吸をした。


口の中に血の味が広がっていく。そして小刻みに揺れる足元を押さえながら、思う。感情に震えているのか、それともこの震動に揺らされているのか。どちらであるか、その判断もつかないまま歯を食いしばり、叫ぶ。


『行きます!!』


 

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剣と銃がついたデカい武器を振り回す女の子は好きですか!?〜 フリーダム @hsshsbshsb

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